◆
「ストナウの通知、全然来ないね」
放課後、夢奏は私が帰り支度するのを待ちながら、つまらなさそうにスマホを操作している。
「学校にいる間に通知来ても、みんな同じような投稿するだけでしょ」
「そうだけど……」
鈴ちゃんに言われてもなお、夢奏は口を尖らせている。
私としては、藍川莉々愛でいる今のうちに、通知が届いてほしい。ひとりでいる時間さえも気が抜けない状態というのは、窮屈でしかないから。
そんなことを思っているときだった。
私たちのスマホがピロン、と一斉に鳴った。それは、最近夢奏たちといるときによく聞く通知音だった。
「来た!」
一番に反応したのは、夢奏。どうやら、今の音がStory Nowの通知音らしい。
夢奏は慣れたように自撮りを始める。横には、すでにスマホで文字を打ち込んでいる鈴ちゃんがいた。
私もなにか、投稿しなければならないような気がして、スマホを手にする。画面をつけると、“Story Now : 今を投稿しよう!”という通知が届いていた。
そっと教室内を見渡すと、夢奏たちと同じようにさっと投稿内容を決め、スマホを操作している人がたくさんいた。
みんな、自然と“今”を、ありのままの姿を切り取っている。そして、共有している。
だけど私は、どんな投稿をするのが正解なのかを考えてしまって、なかなか決められない。とりあえずアプリを開いてみるけど、手が動かなかった。
「莉々愛、一緒に写真撮ろうよ」
すると、そんな私に気付いたのか、ゆきちゃんが提案してくれた。でも、私のではなくゆきちゃんのスマホで撮影するらしく、ゆきちゃんは手を伸ばして私とのツーショットをカメラに収める。
私も同じような投稿をしてもいいだろうか。もしかしたら、迷惑かもしれない。
そんなことを思いながら、私はつい、ゆきちゃんを見つめてしまった。
「ん? あ、莉々愛のでも撮ろうか?」
私の視線に気付いたゆきちゃんはそう言って、手を差し出した。
ゆきちゃんとの一枚なら、藍川莉々愛の投稿として変じゃない気がする。だから私は、ゆきちゃんにスマホを渡した。
「あ、ゆっきーズルい! 夢奏も一緒に写る!」
「私も」
さっきと同じようにゆきちゃんが手を伸ばしていると、夢奏と鈴ちゃんが入ってきた。
結果、私の初投稿は四人の写真になった。私の現在の日常が切り取られた一枚。きっと、藍川莉々愛の最初の投稿としてふさわしい。つまり、これが正解なんだ。
そんなことを思いながら、えい、と投稿ボタンを押した。
そして、自分の投稿をしたことで、夢奏たちの投稿も見れるようになった。夢奏のは、自分が一番盛れる角度で撮られた、自撮り写真。鈴ちゃんのは、『今日も推しに会えて幸せ』という文。それ以外にも、今朝フォローを返したクラスメイトたちの“今”が、タイムラインに流れていく。みんなの、自然体の今。それを眺めていると、ふと、気になった。
私は、取り繕うことなく、日常を切り取っただろうか?
画面をスクロールする手は止まる。
藍川莉々愛でいるために正解を探した私は、きっと、このSNSを使うにふさわしくない。
その瞬間、アプリを閉じてしまいたくなった。
だけど、私にはひとつの仕事がある。みんなの投稿にいいねを押すという、大切な仕事。たとえ心から素敵だと思えずとも、藍川莉々愛がいいねを押すことに意味がある。みんな平等に。
そう思ったけど、いいねボタンが見当たらない。それどころか、メッセージを送ることも共有もできない。
「これ、いいねとかはないの?」
「ストナウは見るだけだからね。誰が見てくれたのかは、わかるようになってるよ」
ゆきちゃんに聞くと、ゆきちゃんは右手の人差し指を出し、私のスマホを操作した。閲覧者というボタンをタップすると、夢奏たちのアイコンがそこに並んだ。足跡を残す方法は、これしかないらしい。これなら、少し楽に過ごせそうだ。
新しいアプリに対して多少の不安は残っているものの、そのことに安心しながら、私はみんなと教室を出た。
「ね、クレープ食べに行こ!」
昇降口でローファーに履き替えていると、夢奏が前置きもなく、唐突に行き先を提案してきた。あまりにも脈絡がなさすぎて驚くけれど、これは今に始まった話ではない。
「いいね。私、今日はいちごの気分だな」
鈴ちゃんとゆきちゃんはとうの昔に慣れていて、よく便乗するのはゆきちゃんだ。
ここまでが、ワンセット。つまりいつものことだけど、ときどきそれが窮屈に感じてしまうときがある。
新品のローファーに足を入れているような感覚に似ている。いつか、このローファーのように履き慣れる日が来るのだろうか。
……来ない気がする。
そんなことを思いながら、私は踵を押し入れた。
「莉々愛は? なに食べたい?」
夢奏は弾んだ声で私に尋ねる。ここでクレープの気分じゃない、なんて言えるはずもなく。
「うーん……やっぱりチョコかな」
「それもいいね!」
きっと、夢奏は私がどんな答えを言っても、そう返してくれる。否定的なことを言わない限り。
だから私は、夢奏と話すときは模範解答を探す必要がなかった。それは楽だけど、やっぱり、ひとりの時間を過ごしたいと思う私もいた。
早く“藍川莉々愛”から解放されたい、と。
私はその本音を胸の奥底にしまい込んで、笑顔の仮面を浮かべながら、校舎を後にした。
「ストナウの通知、全然来ないね」
放課後、夢奏は私が帰り支度するのを待ちながら、つまらなさそうにスマホを操作している。
「学校にいる間に通知来ても、みんな同じような投稿するだけでしょ」
「そうだけど……」
鈴ちゃんに言われてもなお、夢奏は口を尖らせている。
私としては、藍川莉々愛でいる今のうちに、通知が届いてほしい。ひとりでいる時間さえも気が抜けない状態というのは、窮屈でしかないから。
そんなことを思っているときだった。
私たちのスマホがピロン、と一斉に鳴った。それは、最近夢奏たちといるときによく聞く通知音だった。
「来た!」
一番に反応したのは、夢奏。どうやら、今の音がStory Nowの通知音らしい。
夢奏は慣れたように自撮りを始める。横には、すでにスマホで文字を打ち込んでいる鈴ちゃんがいた。
私もなにか、投稿しなければならないような気がして、スマホを手にする。画面をつけると、“Story Now : 今を投稿しよう!”という通知が届いていた。
そっと教室内を見渡すと、夢奏たちと同じようにさっと投稿内容を決め、スマホを操作している人がたくさんいた。
みんな、自然と“今”を、ありのままの姿を切り取っている。そして、共有している。
だけど私は、どんな投稿をするのが正解なのかを考えてしまって、なかなか決められない。とりあえずアプリを開いてみるけど、手が動かなかった。
「莉々愛、一緒に写真撮ろうよ」
すると、そんな私に気付いたのか、ゆきちゃんが提案してくれた。でも、私のではなくゆきちゃんのスマホで撮影するらしく、ゆきちゃんは手を伸ばして私とのツーショットをカメラに収める。
私も同じような投稿をしてもいいだろうか。もしかしたら、迷惑かもしれない。
そんなことを思いながら、私はつい、ゆきちゃんを見つめてしまった。
「ん? あ、莉々愛のでも撮ろうか?」
私の視線に気付いたゆきちゃんはそう言って、手を差し出した。
ゆきちゃんとの一枚なら、藍川莉々愛の投稿として変じゃない気がする。だから私は、ゆきちゃんにスマホを渡した。
「あ、ゆっきーズルい! 夢奏も一緒に写る!」
「私も」
さっきと同じようにゆきちゃんが手を伸ばしていると、夢奏と鈴ちゃんが入ってきた。
結果、私の初投稿は四人の写真になった。私の現在の日常が切り取られた一枚。きっと、藍川莉々愛の最初の投稿としてふさわしい。つまり、これが正解なんだ。
そんなことを思いながら、えい、と投稿ボタンを押した。
そして、自分の投稿をしたことで、夢奏たちの投稿も見れるようになった。夢奏のは、自分が一番盛れる角度で撮られた、自撮り写真。鈴ちゃんのは、『今日も推しに会えて幸せ』という文。それ以外にも、今朝フォローを返したクラスメイトたちの“今”が、タイムラインに流れていく。みんなの、自然体の今。それを眺めていると、ふと、気になった。
私は、取り繕うことなく、日常を切り取っただろうか?
画面をスクロールする手は止まる。
藍川莉々愛でいるために正解を探した私は、きっと、このSNSを使うにふさわしくない。
その瞬間、アプリを閉じてしまいたくなった。
だけど、私にはひとつの仕事がある。みんなの投稿にいいねを押すという、大切な仕事。たとえ心から素敵だと思えずとも、藍川莉々愛がいいねを押すことに意味がある。みんな平等に。
そう思ったけど、いいねボタンが見当たらない。それどころか、メッセージを送ることも共有もできない。
「これ、いいねとかはないの?」
「ストナウは見るだけだからね。誰が見てくれたのかは、わかるようになってるよ」
ゆきちゃんに聞くと、ゆきちゃんは右手の人差し指を出し、私のスマホを操作した。閲覧者というボタンをタップすると、夢奏たちのアイコンがそこに並んだ。足跡を残す方法は、これしかないらしい。これなら、少し楽に過ごせそうだ。
新しいアプリに対して多少の不安は残っているものの、そのことに安心しながら、私はみんなと教室を出た。
「ね、クレープ食べに行こ!」
昇降口でローファーに履き替えていると、夢奏が前置きもなく、唐突に行き先を提案してきた。あまりにも脈絡がなさすぎて驚くけれど、これは今に始まった話ではない。
「いいね。私、今日はいちごの気分だな」
鈴ちゃんとゆきちゃんはとうの昔に慣れていて、よく便乗するのはゆきちゃんだ。
ここまでが、ワンセット。つまりいつものことだけど、ときどきそれが窮屈に感じてしまうときがある。
新品のローファーに足を入れているような感覚に似ている。いつか、このローファーのように履き慣れる日が来るのだろうか。
……来ない気がする。
そんなことを思いながら、私は踵を押し入れた。
「莉々愛は? なに食べたい?」
夢奏は弾んだ声で私に尋ねる。ここでクレープの気分じゃない、なんて言えるはずもなく。
「うーん……やっぱりチョコかな」
「それもいいね!」
きっと、夢奏は私がどんな答えを言っても、そう返してくれる。否定的なことを言わない限り。
だから私は、夢奏と話すときは模範解答を探す必要がなかった。それは楽だけど、やっぱり、ひとりの時間を過ごしたいと思う私もいた。
早く“藍川莉々愛”から解放されたい、と。
私はその本音を胸の奥底にしまい込んで、笑顔の仮面を浮かべながら、校舎を後にした。



