ひとりじめ

 “Y”のアカウントは、もともと作っているものだった。
 私のフォロー数も増えていて、莉々愛の投稿を見逃してしまう可能性があったから、絶対に見逃さないようにするために、莉々愛だけをフォローするアカウントとして作った。

 フォローしたタイミングは、莉々愛がストナウでアカウントを作ったとき。みんながフォローしていったのに紛れて、私も莉々愛をフォローした。
 莉々愛からフォロバされたときは気付かれたのかと思ってびっくりした。でも、莉々愛のフォロー数を見たら、みんなにフォローを返しているだけで、あのアカウントはそのうちのひとつにすぎないんだって、すぐにわかった。

 最初は夕焼け空のアイコンで、有名人の名前を借りて“ナナ”というアカウント名にして、莉々愛の目にも留まらないような投稿していた。
 このアカウントは見る専だし、見つからなくてもいい。そう思っていたけど、莉々愛がこのアカと同じような投稿をしたときは、隠していても夢奏に気付いてくれるんだって、嬉しかった。やっぱり私たちは相思相愛なんだって。

 でも、莉々愛が吉良唯人と付き合ったって知ってから、それは幻だったんだって思い知らされた。
 スズちゃんが好きだと言っていた吉良唯人は、写真から遊んでいそうなタイプに見えた。チャラそうで、全然莉々愛のこと大切に思っていなさそうで。

 こんな人を、莉々愛は好きになったって言うの?
 私が、夢奏が、こんなにも近くで莉々愛のことを好きだって言っているのに?

 許せない。

 吉良唯人が莉々愛を奪ったことも、莉々愛が私に気付いてくれないことも。
 だから私は、莉々愛に気付いてもらえるように、アイコンもアカウント名も変えて、あの投稿をした。


――今日は藍川莉々愛とその取り巻きが鬱陶しかった。誰も藍川莉々愛のこと好きじゃないのにね。自分が好かれてるって勘違いしてる、可哀想な人。


 閲覧者に莉々愛のアイコンが表示されたとき、私の心はぐちゃぐちゃだった。

 莉々愛が見てくれた。
 莉々愛に見られた。
 これで莉々愛が夢奏に気付いてくれる。
 これのせいで莉々愛を傷付けてしまった。

 ……でも、傷付いた莉々愛を慰めたら、莉々愛は、味方は夢奏だけって思ってくれるかな。

 次の日の莉々愛は、見るからに弱っていた。
 いつもの笑顔も明るさもなくて、それは夢奏のせいなんだって思うと、つらいって思っているはずなのに、喜んでいる私がいた。

 だって、莉々愛の心に、強く夢奏が残ったって証拠でしょ?
 だから、嬉しかったの。

 でも、莉々愛が“Y”のことを打ち明けてくれたとき、大好きだよって伝えたことで、莉々愛が少し安心したような顔をしてくれたことが、なによりも嬉しかった。
 やっと、莉々愛に夢奏の思いが伝わった。これで、莉々愛は夢奏を見てくれる。

 そう思ったのに、莉々愛は夢奏よりもゆっきーとスズちゃんのほうを信頼しているように見えた。
 ゆっきーを強く信じるのはわかる。私もそうだったから。

 だけど、スズちゃんにもその目を向けるのは、許さない。
 スズちゃんは、莉々愛を信頼していないんだよ? それに気付いてよ。

「夢奏、あの子だと思う」

 私は“Y”の正体を知ってる。

「山内さん」

 だから、夢奏を信じて。

 そう思って、もうひとりの邪魔者の名前を口にした。
 そのときの莉々愛は、今までで一番ショックを受けた顔をしていた。

 それが、貴方を思っているからこその顔なのだと思うと、ますます憎く感じた。
 夢奏の大好きな莉々愛を返して。吉良唯人にも、貴方にもあげない。全部、夢奏のもの。

 だけど、私が行動すればするほど、莉々愛は笑ってくれなくなった。それどころか、悲しそうな顔ばかり。
 夢奏の言葉を信じてくれる様子もないし、このまま山内さんを犯人だと言い張れば、夢奏が嫌われてしまう。

 なんで、夢奏がこんなにも疑われてるの? スズちゃんなんて、莉々愛の味方のフリをしてるだけなのに。それに気付いてよ。

 ……気付かないなら、いいよ。夢奏が教えてあげる。


――藍川莉々愛は友達の好きな人を奪った裏切り者。織田鈴菜は藍川莉々愛を許さないってさ。友達ごっこ、お疲れ様。


 それは保健室にいる莉々愛を迎えに行ったときのことだった。
 スズちゃんはゆっきーといるときが一番正直になる。それを知っていたから、あえて二人にした。

「あー……もう、ホント信じらんない。こうなると思ってたから、唯人さんのこと言わなかったのに」

 こっそり後ろをつけていると、早速、スズちゃんの不満一杯の声が聞こえてきた。

「でも、莉々愛はスズの好きな人のことを知らなかったんだし、そんなに責めるのも違うんじゃない?」
「……だとしても。そう簡単には割り切れないから」
「まあ……気持ちはわからんでもないけどさ……あの反応的に、莉々愛も悪いと思ってるだろうし……」
「だから余計ムカつくんじゃん。莉々愛のことを知るために私は利用されたのかなとか、選ばれなかった私のことを見下してるのかなとか、いろいろ考えて。……こんなことなら、友達のフリもするんじゃなかった」
「……それは言いすぎだよ」

 そんなふうに思っているって知って、私こそスズちゃんのことが許せなかった。
 嘘ばっかりなスズちゃんは、莉々愛の傍にいらない。だから、いなくなればいい。
 そう思って、私はあの投稿をした。

 結果は大成功。スズちゃんは完全に莉々愛の近くに寄らなくなった。
 でも、まだ終われない。
 莉々愛の隣にいるのは、私だけでいい。私以外、いらない。

 次に狙いを定めたのは、吉良唯人。
 スズちゃんにアカウントを見せてもらったことで、あの人の大学は知ることができたから。莉々愛と別れてって直談判するために、私はその大学に向かった。

「唯人、彼女ができたんじゃなかった?」

 大学に着いてすぐ、私は吉良唯人を見つけることができた。
 あまりにもタイミングがいいから、なんだか神様に味方されているようで、気分がよかった。

「は? お前リア充なのに合コンに来る気かよ」
「いいだろ、別に。お飾りの彼女だし」
「うわ、サイテー」

 吉良唯人を囲む人たちの笑い声が、私の怒りを増大させていった。

「SNS映えする子だからさ。こういう子が彼女って言えたら気分いいだろうなって思ったんだよ」

 ねえ、莉々愛。本当にこんな奴のことが好きなの? 莉々愛のことをまったく見てなくて、大切にしてくれない人だよ?

 私は、許せないよ。

「莉々愛のことを一番好きじゃないなら別れてよ!」

 返せ。私の莉々愛を返して。
 その一心で、気付けば私は吉良唯人の胸倉を掴んでいた。

 といってもすぐに引き離されてしまったけど。
 吉良唯人に莉々愛と別れるって約束させられなくて、どうしようかと思ったけど、私の知らないところで二人の関係は終わっていた。

 なんだか、どんどん莉々愛が夢奏のものになっていってるみたいで、すごく嬉しかった。

 それなのに、莉々愛は夢奏を見てくれなかった。
 一番近くにいるのは、夢奏なのに。莉々愛はどうして、学校に来なくなった山内遥香とか、嘘をつき続けていたスズちゃんのことばかり気にするの?
 もっと、夢奏を見てよ。夢奏はなにがあっても、莉々愛の隣にいるんだよ?

 ……わかった。莉々愛がこっちを見てくれないなら、まだ手段はあるから。

 夢奏が怪我をしたら、莉々愛はほかのことなんて気にしないで、夢奏の心配をしてくれるでしょ?

「……山内さん、だったと思う」

 これでもう、あの人のことは気にしなくなよね? 憎いって思ってくれるよね? ここまでしたら、夢奏を信じてくれるでしょう?

「山内さんね……夢奏が莉々愛の隣にいることが許せないって……」

 だけど、それを聞いた莉々愛はなにか腑に落ちたような表情を浮かべていた。
 私の言葉を信じてくれた顔じゃないように見えて、それも面白くなかった。

 そして怪我をした夢奏とは帰ってくれなかった。
 なんで、あの人だけ上手く排除できないんだろう。そもそも、なんで莉々愛は関わりの薄いような人を、あんなに信頼してるの?
 私には一ミリも理解できなかった。

 どうやって莉々愛から山内さんに向いた矢印を消すことができるんだろう。
 それを考えながら登校した翌日、私はゆっきーに呼び出された。

「山内さん、“Y”じゃなかったって」

 そんなこと、夢奏が一番知ってる。問題は、どうしてゆっきーがそんなふうに言ってきたのか。

「……でも、私は山内さんに襲われたんだよ」

 ゆっきーだって見たくせに。
 あの怪我、痛かったんだよ。疑わないでよ。

「……じゃあ昨日、どうやって生物準備室に捕まったの?」

 答えられなかった。いや、答えられるわけがなかった。

「ねえ、夢奏」

 ゆっきーのまっすぐな眼。
 やめて。その正義感で染まった眼で私を見ないで。

「夢奏が“Y”なんでしょ」

 どこで気付いたのか、今ではもうわからない。
 でも、ゆっきーには気付かれるかもしれないって心のどこかで思っていたから、案外冷静でいられた。

「なんでこんなことしたの」

 ……うるさい。

「夢奏が一番、莉々愛のこと好きだって言ってたのに」

 うるさい、うるさい。
 そんなに夢奏ばっかり責めないでよ。
 悪いのは夢奏じゃない。夢奏に気付いてくれない莉々愛がいけないんだよ。

「……夢奏じゃないもん。山内さんが、莉々愛のこと嫌いだから」
「山内さんと莉々愛、幼馴染なんだって」

 私の言葉を遮らるように告げられた事実。
 莉々愛が山内さんを気にしていた理由は、もうそれ以上聞かなくてもわかった。

 ああ、まただ。
 なんなの、もう。
 どうして夢奏を見てって思う人ほど、夢奏よりも大切な存在がいるの?

 もう、絶対に夢奏は莉々愛の一番になれない。勝てない。
 幼馴染って、それくらい特別なものなんでしょ。

「ねえ、夢奏。まだ取り戻せるうちに、謝ろう?」

 途端に、ゆっきーの上から目線が気に入らなくなった。
 昔はお姉ちゃんができたみたいって、嬉しかったはずなのに。

 私を憐れんでるの? こうまでしても、誰の一番にもなれない私を。
 ゆっきーだって、私を心配してくれてても、夢奏を一番にはしてくれないもんね。

「夢奏?」

 ゆっきーに名前を呼ばれることすらも嫌になって、私は顔を覗きこんできたゆっきーを押し返した。

「ゆっきーにはわかんないでしょ!」

 私の力が強かったのか、ゆっきーはバランスを崩して、倒れてしまった。その近くにあったレンガに頭をぶつけてしまったのだと、すぐに気付いた。

「ゆっきー……?」

 声をかけても、ゆっきーは反応しない。
 そのうち血が流れ始めて。
 違う、私は、こんなことするつもりなんて……

「救急車……」

 でも、このままにしておけば、私が“Y”だって知ってる人はいなくなる。

 全部山内さんのせいにして、山内さんも奪ってしまったら、莉々愛の傍にいるのは夢奏だけになる。
 そんな考えがよぎった瞬間、スマホを操作する手は止まった。

 そして私は、ストナウの投稿時間を待って、その写真をスマホに収めた。