ひとりじめ

   ◇

 昔から、私は周りに好かれるタイプだった。

「夢奏ちゃんは世界一、可愛いね」
「仕方ないなあ……今回だけだからな?」

 お母さんも、お父さんも、お兄ちゃんも、友達も、先生も。みんな私のことを可愛いって言ってくれて、たくさん私のお願いを聞いてくれた。
 だから私はこう思った。

 夢奏が好きな人は、夢奏のことが一番好きなんだ、と。

 まるで私が世界の中心かのように錯覚した。
 それが崩れ始めたのは、保育園、小学校と、集団に属すようになってからだ。じわじわと、私の知っている世界ではなくなり始めた。
 夢奏が「好きだよ」って伝えても、みんな夢奏だけを見てはくれなくて。みんなが夢奏以外の人と遊ぶことが、面白くなかった。

 もっと夢奏を見てよ。夢奏だけって言って。みんな、夢奏のことが好きなんじゃないの?

「夢奏ちゃんって、わがままだよね」

 返ってきた言葉は、それだった。
 いつ言われたのか、もう覚えていない。誰が言ったのかも、忘れてしまった。
 だけど、それを言われたことだけは、今でも忘れられない。

 と言っても、あのころの私は“わがまま”をよく理解していなかった。ただ、夢奏はその子のことがキライだから、夢奏のところにいなくてもいい人だって思っていた。

 夢奏が一番かわいい。夢奏は、みんなのことが好き。だから。みんなも、夢奏のことが好き。夢奏を見てくれる。

 そう思っていたのに、学年が上がるにつれて、ひとり、またひとりと私の傍から離れていった。

「付き合ってられない」
「夢奏といると、疲れる」

 呆れた表情でそんな言葉を残して。
 いいもん。夢奏を一番にしないなら、夢奏だって、みんなのこと好きじゃない。夢奏は、夢奏のことを好きだって言ってくれる人といるもん。だから、みんながいなくなっても、平気だもん。

 そうやって、中学に上がるころには、私は周りに対して壁を作るようになった。
 みんなに囲まれることが当たり前だったはずの世界は、いつしか独りになっていた。

「西野さん、一緒にやらない?」

 すっかりひとりでいることに慣れてしまったころ、体育の授業で、ゆっきーが私に声をかけてくれた。準備運動でのペアを組むときのことだった。

「夢奏?」

 誰かから声をかけられたのは久しぶりで、初めは少し警戒した。

「うん! 嫌?」

 でも、ゆっきーはまっすぐ夢奏を見てくれてるんだってわかった。それが嬉しくて、私はあっさりとゆっきーに心を開いた。
 だって、ゆっきーから声をかけてきてくれたから。ゆっきーは私のことが好きで、ほかのみんなみたいに、私から離れていくことはないんだって思った。

 ゆっきーと仲良くなってから、学校が楽しくなった。誰かといることがこんなにも楽しかったなんて知らなかったってくらい。

 ゆっきーは私のすべてを許してくれるわけではなかったけれど、私はそれを不快だとは思わなかった。むしろ、新しいお姉ちゃんができたみたいで、嬉しかった。
 でも、ゆっきーの幼馴染というだけで一緒にいることが増えたスズちゃんのことは、苦手だった。

「そんなことより、後輩で超かっこいい子が入学してきたんだけど!」

 スズちゃんは恋愛体質で、私のことを一番にはしなかった。私が話していても、そんなこと扱い。いつもそれが嫌だった。
 もちろん、その不満をゆっきーに伝えた。夢奏のことが好きなゆっきーなら、なんとかしてくれると思って。

「どうにかって言われても、スズはずっとあんな感じだし……」

 正直、期待外れだった。
 ゆっきーなら、私のお願いを聞いてくれると思ったのに。結局、ゆっきーは夢奏とスズちゃんだったら、スズちゃんを優先するんだ。それが、幼馴染なんだ。
 そう思った。

 だけど、私は二人と距離を置かなかった。
 スズちゃんのことは好きになれなかったけど、ここでゆっきーと離れてしまったら、またつまらない学校生活を送ることになる。もうゆっきーみたいな人とは出会えないだろうし、私はそのお願いをなかったことにするしかなかった。

 高校受験をするときは迷った。
 望んでいないのに、また新しい出会い。もう、うんざりだった。そのうち、夢奏の世界を大人たちに奪われているようにも思えてきた。そんなに夢奏のことが嫌いなら、はっきり言ってくれればいいのに、とすら思った。

 でも、新しい出会いが嫌なら、ゆっきーたちと同じ高校に行けばいいんだって気付いた。そうすれば、夢奏の世界はなにも変わらない。
 といっても、周りの環境が変われば、嫌でも世界は塗り替えられていくって、すぐに知るんだけど。

 高校生になってから、私は莉々愛と出会った。
 廊下側の一番前に座る莉々愛から、目が離せなかった。莉々愛の消えてしまいそうな雰囲気とか、その顔立ちとか、全部が素敵に見えた。
 そして私は、この子の一番になりたいって思った。

「ね、あなた、お名前はなんていうの?」

 声をかけると、莉々愛の大きな目が私に向いて、ますます莉々愛がほしくなった。

 この子に好かれたい。この子の一番になりたい。この子の一番になれたら、最高に幸せだろう。

 心からそう思った。

「……藍川莉々愛、です」
「夢奏は、西野夢奏! よろしくね」

 すぐに莉々愛の一番になれるなんて思っていない。だから、少しずつ。夢奏が莉々愛のことを一番好きだって思ってるって知ってもらえるように頑張った。
 だって、夢奏が好きになったら、みんな夢奏を一番にしてくれるから。
 まずは莉々愛のことが好きなんだって全力で伝えて、莉々愛の言うことは絶対に否定しなかった。

 そのうち、莉々愛はクラスのみんなからも人気を集め始めた。みんなが、莉々愛を囲むようになっていった。
 夢奏が一番最初に声をかけたのに。莉々愛を横取りしないでよ。

 ……でも、それくらい人気な莉々愛の一番に慣れたらきっと、今まで以上に幸せになれそう。

 莉々愛の隣は、夢奏。誰にも譲らない。
 莉々愛も同じように思ってくれてるんだと思った。だって、どれだけみんなに慕われても、莉々愛は夢奏から離れていかなかったから。きっと、莉々愛も夢奏のことを好きでいてくれてるんだ。そう思うと、嬉しくてたまらなかった。

 でも、ひとつだけ気に入らないことがあった。
 山内遥香。貴方だよ。
 莉々愛のことをずっと見てたから、莉々愛の視線が、ときどき誰かに向けられていることに気付いた。
 それが、貴方だった。

 入学してから一度も話したところを見たことがないのに、どうして莉々愛がそんなに気にしているんだろうって、ずっと不思議で、ずっと気に入らなかった。
 こんなに夢奏がそばにいるのに、どうしてよそ見するの?って。

 だけど、莉々愛は一向に山内さんに話しかけにいかないし、気にしすぎなのかもって思った。ただクラスメイトとして、独りでいる山内遥香のことが気になっているだけかもしれないって。
 でも警戒しておいたほうがいいかなって、ずっと見張ってた。
 それなのに。

「唯人さんとのデートは楽しかった?」

 莉々愛は、思わぬところから奪われてしまった。
 見たことのないくらい静かな怒りを抱えたスズちゃんが告げたそれは、夢奏の世界も壊していった。

 どうして? どうして、私の大きな愛に気付いてくれないの? 受け取ってくれないの? 私は、こんなにも莉々愛のことが好きなのに。

 もういい。
 莉々愛の一番になれないなら。
 莉々愛の一番になれるようにすればいい。
 邪魔な人たち、みんな消してしまおう。

 そうすれば、莉々愛は夢奏だけを見てくれるでしょう?