それからすぐに、全校生徒に下校するように指示が出た。
 だけど、私と夢奏、鈴ちゃんは教室に残された。教室の前方に夢奏、廊下側の後ろに鈴ちゃん、そして窓際の後方に私と、離れて座っていることで、会話なんて一切なかった。

 沈黙に支配された空間で、思い出すのはゆきちゃんのことばかり。
 ゆきちゃんの笑顔や起こった表情、呆れた顔。いろんな表情やその声が、容易に思い出せるのに。
 もう、ゆきちゃんがどこにもいないという事実が、受け止められそうになかった。

 するとそこへ、担任の先生とあのとき駆けつけてくれた先生が教室にやってきた。それだけでなく、若い男性が二人、先生たちと一緒に入ってきた。スーツ姿というのはあまり校内で見かけない装いで、変に警戒してしまう。
 男性二人の動きを目で追っていると、二人は教卓の前に立った。

「初めまして。刑事の木崎(きさき)です」

 すると、ひとりが私たちの警戒心を解くかのように、笑顔を見せながら名乗った。もう一人の、眼鏡をかけた男性が「赤城(あかぎ)です」と不愛想に続ける。

 警察。
 いや、あんなことが起こってしまったのだから、当然と言えば当然なのかもしれないけれど。
 実際に目の前にすると、今までに感じたことのない緊張感に襲われる。

「君たちは篠崎優希音さんの第一発見者であり、一番の仲良しらしいから、ちょっと話を聞きたいなって思って残ってもらったんだ」

 木崎さんの物言いは、ドラマとかで見る威圧的な刑事とは大きく異なり、近所のお兄さんと話しているように錯覚してしまいそうになる。

「彼女を最初に発見したのは?」

 でも、それを尋ねた瞬間からスイッチが入ったように目の色が変わり、目の前にいるのは刑事なんだと感じた。
 その問いかけに、夢奏がゆっくり手を挙げて反応する。

「君だけ? 二人は?」

 木崎さんは鈴ちゃんから私へと視線を動かして言った。

「ストナウで“Y”ってアカウントがユキのことを投稿したので、あとから駆け付けました」
「ストナウ?」
「Story Now。一日に一回だけ投稿することができるアプリ」

 赤城さんが不思議そうに反応したことで、鈴ちゃんは呆れた様子で答える。

「見せてもらっても?」

 木崎さんに言われて、鈴ちゃんはスマホを操作しながら教卓の前まで歩いて行った。

「今見ても、“Y”の投稿は見れないけど」

 スマホを渡しながら言うと、木崎さんは少し驚いた表情を見せ、スマホを受け取った。

「そうなんだ? あ、削除してるから?」
「削除してなくても、誰の投稿も見れない。ストナウはそういう仕組みだから」
「へえ」

 その相槌は、空返事のように聞こえた。

「本当だ、なにも見れない」

 木崎さんは「ありがとう」と、鈴ちゃんにスマホを返す。

「その“Y”ってのは、今回初めて投稿した……ってわけじゃなさそうだ」

 言いながら私たちの反応を見て、木崎さんはそう続けた。

「もともとなにか問題が起きていた延長で、今回の事件が発生したって感じか」

 木崎さんは鋭かった。
 それを聞いて、夢奏は私のほうを見てきたから、木崎さんたちもなにか説明を求めるような表情で私のほうを向く。

「……最初は、私への誹謗中傷だったんです。だから、私を狙って嫌がらせをしてくるのかなって、アカウントを通報して様子見していたんですけど……」

 そこまで言って、私は鈴ちゃんに視線をやった。

「“Y”は、私のことも投稿した」
「ゆ……私は、襲われました」

 鈴ちゃんと夢奏が続けると、木崎さんの表情は「どうしてその時点で相談しなかったんだ」と言っているように見えた。

 今さら後悔したところで襲いことはわかっているけれど、私もそう思わずにはいられない。
 もっとはやく大人を頼っていたら、こんな最悪な事態は起こらなかったかもしれない、と。

「……そうだ。ユメが襲われたときの投稿ならあるかも」

 ふと、鈴ちゃんが思い出したように独り言ちた。
 きっと、ゆきちゃんが“Y”の投稿を写真に撮ったみたいに、鈴ちゃんもそうしてあの投稿を残していたのだろう。
 その画像と夢奏の怪我を見て、二人は“Y”の酷さに気付いたらしい。二人の表情には、怒りが滲んだように見えた。

「君が襲われたのは、いつのこと?」
「昨日の放課後です」
「そのとき、犯人の顔は見なかった?」

 木崎さんにそう問われて、夢奏は一瞬固まった。
 まさか、遥香の名前を言うつもりなのだろうか。
 ここで遥香の名前を出されたら、終わりだ。警察は遥香を犯人として捜査を始めてしまう。絶対に、遥香ではないのに。でも、違うと言い切れる根拠がない。私の感情と勘で説得するなんて、無理に決まっている。
 だけど、夢奏は意外にも首を横に振った。

「……そっか」

 木崎さんは、私たちの違和感に気付いていながら、追求してこなかった。

「ほかにも、彼女が誰かに恨まれてるとか、そういったことはなかった?」

 私たちは揃って首を横に振る。

「ユキが恨まれるなんて、絶対にありえない」

 鈴ちゃんがきっぱりと言い切った。木崎さんは腕を組み、「なるほど……」と呟く。

「君を襲った犯人と篠崎優希音を殺した犯人は、恐らく同一人物だ。なにか思い出したことがあったら、すぐに連絡してほしい。“Y”の正体に繋がりそうなこととかでもいいから」

 木崎さんがそう言うと、私たちはもう一度頷いて応える。そして、二人は教室を出て行った。

「貴方たちもはやく下校しなさいね」

 担任の先生は心配そうな表情で言い、教室には私たち三人だけが残った。
 再び、私たちは沈黙に包まれながら、帰り支度を始める。

「……山内さんが“Y”だって言わなくてよかったの」

 それを破ったのは、鈴ちゃんの冷たい声。
 私も夢奏がその理由が気になって、つい手が止まる。

「……もう、莉々愛とケンカしたくないもん」

 夢奏の声は小さく、落ち込んでいるのか、拗ねているのか、判断がつかない。
 鈴ちゃんは「ふうん」とどうでもよさそうな声で答えた。
 私たちの衝突は、ケンカと言えるのだろうか。
 私には、わからなかった。