◆
――――遥香と話してきたよ。
――どうだった?
――――遥香は、Yじゃなかった。
――そっか……じゃあ、山内さんには本当に悪いことをしたね……
――山内さん、なにか言ってた?
――――イニシャルだけで責められるなんてって言ってたかな。あと、学校を休んでるのは、周りからの視線がうっとうしいからって。
――すごい注目度だもんね。
――じゃあ、はやくYの正体を暴かないと、山内さんは学校に来れないわけだ。
――――うん……
――――でも、手がかりがないよね……
――私、ちょっと心当たりがあるかも。
――――心当たりって?
◆
昨夜、ゆきちゃんとのメッセージのやり取りは、それで終わった。
ゆきちゃんの言う心当たりがどんなものか気になって、目が覚めてすぐにスマホを確認したけれど、返事はまだない。
学校で直接話すつもりなのかもしれないと思いながら、私は学校に行く準備を進めた。
ひとりで学校に途中、いくつかの視線を感じた。それは、藍川莉々愛がそこにいるとわかってから向けられる視線。だけど、ほんの少し前に向けられていた視線とは違う。羨望よりも、軽蔑に近い。
そんな視線を向けられるようになってから結構経つけれど、いまだに慣れない。慣れたくもないけれど。
私も、遥香みたいに休めばよかったと思ってしまう。
でも、今日は休めない理由がある。ゆきちゃんに話を聞きたいし、夢奏の様子も気になる。
それなのに、二人とも登校中に出会うどころか、教室にもいなかった。そのうち登校してくるかもしれないと思ったけれど、ホームルームが始まっても、ゆきちゃんと夢奏は現れなかった。
「今日のお休みは、山内さんと……西野さん」
「先生、ユキもいない」
先生が確認していると、鈴ちゃんが続けた。
「篠崎さんも?」
先生はどこか不思議そうに言った。
ということは、先生はゆきちゃんが休むという連絡をもらっていないということだろう。
ゆきちゃんは昨日、“Y”について心当たりがあると言っていた。そして、無断欠席。正直、嫌な予感しかしない。
そう思っているのは鈴ちゃんも同じようで、不安そうにゆきちゃんの席を見つめていた。
ホームルームが終わると、私は夢奏とゆきちゃんにメッセージを送った。
――――夢奏、大丈夫?
――――ゆきちゃん、今日はお休み?
だけど、その返事が来るよりも先に、Story Nowの通知が届いた。いつものあの言葉を見た瞬間、悪寒が走った。
“Y”は今、ゆきちゃんといないよね……?
はやく、なんでもいいから投稿しないと。
みんなが和気あいあいと今を切り取っている横で、私は「おはよう」と打って投稿した。
フォローしている人たちの投稿が見れるようになっても、私はそれらに目を通すことなく、“Y”のアカウントに飛んだ。
相変わらず初期アイコンで、フォロー数もフォロワー数も四人のままという、不気味なアカウントだ。
そのアカウントが、新規投稿をした。コメントもなく、たった一枚の写真。
はやく確認しなければという気持ちと、夢奏のときのように、誰かを傷付けている写真だったらどうしようという不安が入り混じる。
でも、私が目を逸らすわけにはいかない。
恐る恐る写真を確認すると、そこには、花壇の傍で血を流して倒れるゆきちゃんが写っていた。
「嘘……」
思わず声が漏れたと同時に、盛大に椅子が倒れる音がした。その音により、教室内は一瞬静まり返る。
椅子を倒したのは、鈴ちゃんだった。
鈴ちゃんはスマホを片手に、顔を青くして立っている。
きっと、“Y”の投稿を見たのだろう。そして、一直線に教室を飛び出していった。
なにも知らないクラスメイトたちが、不思議そうに鈴ちゃんが出ていったドアを見つめている中で、私は鈴ちゃんを追うように教室を出た。
呼吸がままならないのは、走っているからなのか、動揺しているからなのか。
回らない頭で考えながら、ただ鈴ちゃんの背中を追いかけていく。
鈴ちゃんは、階段を駆け下りると渡り廊下から花壇のある校舎裏に向かっていった。中履きであることなんて気にいていられないという姿を見ていると、躊躇いなどなくなった。
はやく。はやく、ゆきちゃんのところへ。
花壇は、もう、すぐ。
「ゆっきー!」
校舎の角を曲がったと同時に、夢奏の泣き叫ぶ声が耳をつんざいた。
花壇の前で、夢奏は倒れるゆきちゃんの傍でゆきちゃんの身体を揺さぶっている。
「ゆ、き、ちゃん……?」
状況が飲み込めない中で、それが“Y”の投稿した写真と同じ光景であることだけを理解した。
「ユキ!」
私が動けないでいると、鈴ちゃんはゆきちゃんの名前を叫んで駆け寄った。
「ねえ、嘘でしょ! 起きてよ! ユキ!」
鈴ちゃんが叫び続けているうちに、騒ぎを聞きつけたように、人が集まり始めた。みんな、校舎の中から私たちの様子を伺っている。
「え、やばくない……?」
「めっちゃ血が出てんじゃん……」
「貴方たち、そこでなにしてるの!」
その中で、私たちを叱るような女性の声が聞こえた。校舎の中からこちらを見ているその声の主は、私の知っている先生ではなかった。
「先生、ユキが!」
鈴ちゃんは先生がやって来たことに気付いて叫んだ。涙を隠さない表情に、先生は戸惑いを見せる。だけど、すぐに異変に気付いたみたいだ。
「誰か、職員室に行って、救急車を呼ぶように言ってきて!」
先生は慌てた野次馬をしている生徒に指示を出すと、渡り廊下から外に出てきた。
「貴方たちは離れなさい」
「でも!」
「頭を打っているかもしれない。触らないのが最善なの」
冷静に言われて、夢奏と鈴ちゃんは一歩下がった。そのとき、夢奏と目が合った。
「莉々愛……」
夢奏は今にも泣き出しそうな表情で私に抱きついてきた。私も、この不安をひとりでは抱えきれなくて、夢奏と強く手を繋いだ。
今は、昨日の険悪なムードなんて気にしていられなかった。
それからすぐに救急車のサイレンの音が遠くから聞こえてきた。
これで、ゆきちゃんが助かる。
そう思うと、その音が救いの音のように思えた。
別の先生の案内により、救急隊員の人がやって来た。そして、ゆきちゃんの様子を見ている中で、小さく首を振ったのが見えた。
それは、つまり。
「そん、な……」
「ゆっきー……?」
「……嫌! 私は信じない! ねえ、ユキ! 起きてよ! ユキ!」
鈴ちゃんはゆきちゃんのもとに近寄ろうとしたけれど、先生たちに止められてしまった。その悲痛な叫びに、胸が締め付けられる。
ゆきちゃんは、救急隊員の人たちによって運ばれていく。
“Y”は、なにがしたいの? 私が大切にしたいものを全部奪って。なにが目的なの?
――莉々愛。
ふと、ゆきちゃんの優しい表情が脳裏によぎる。その瞬間、一粒の涙が頬に落ちた。
どうして。どうして、ゆきちゃんが、奪われなければならなかったの?
胸が張り裂けそうな悲しみと頭が焼ききれてしまいそうな怒りが混ざっていく。
そのときだった。
私は、鈴ちゃんに胸ぐらを掴まれた。大粒の涙を浮かべた鈴ちゃんは、私を睨みつけている。
「なんなの、あんた! そんなに私のことが憎いわけ!?」
「え……」
「スズちゃん」
「とぼけんな!」
鈴ちゃんは夢奏の手を払い、再び強く私を睨む。堪えきれなくなった涙が頬を伝っていく。
私には、抵抗なんてできなかった。
「私の好きな人も親友も奪ってさあ! 友達ごっこって言ったのがそんなに許せなかったわけ!? あんただって、私のこと、友達だって思ってなかったくせに!」
声が出なかった。いや、なんて言っていいのかわからなかった。
そんなつもりはなくとも、鈴ちゃんの大切な人を奪ったのは事実で。友達だと思えていなかったのも、本当のことだ。
でも、鈴ちゃんのことが許せないとか、そんなことは微塵も思っていない。
「……よかったね。復讐ができて。これで満足?」
気持ちを落ち着かせた鈴ちゃんは、冷たく笑う。
違う。復讐しようなんて思っていないし、満足なんて、絶対に思わない。
そもそも、私だって、ゆきちゃんにいなくなってほしくなかった。
だけど、それを言ったところで鈴ちゃんには言い訳にしか受け取ってもらえなさそうで、私は無言でいることしかできなかった。
「スズちゃん……莉々愛はなにも悪くないよ……」
夢奏がそう言うと、鈴ちゃんは舌打ちをして私から手を離した。
すると、鈴ちゃんは呆れたと言わんばかりに口角を上げ、夢奏のほうを向く。
「ユメさあ……昨日、ユキたちのことを裏切り者って言ってたのに、もう手のひら返し?」
「そ、れは……」
夢奏はわかりやすく視線を泳がせる。言い淀んでその続きを言わないということは、それが本当だということなのだろう。
味方になってあげられなくて悪いことをしたと思っていたけれど、まさか、そこまで言っていたなんて思っていなかった。
でも、もしかしたら、勢いで言ってしまったのかもしれない。動揺している夢奏を見ていると、そんなふうに感じた。
すると、鈴ちゃんはもう一度舌打ちをして私を睨みつけると、校舎に戻っていった。
「莉々愛……あのね、夢奏、今はあんなこと思ってないからね」
私を見あげるその瞳は必死に訴えている。
それを見ていると、ますます勢い任せで口から出てしまったとしか思えない。
「……うん、わかってるよ」
私がそう返すと、夢奏は安心したように表情を緩めた。
「それにしても……山内さん、ここまでするなんて、怖いよね……」
夢奏は校舎に戻るために、回れ右をしながら言った。
……そうだ。どうして気付かなかったんだろう。
私は遥香が“Y”ではないと明確にわかっている。だけど、夢奏はもちろん、学校中の人たちの間にはまだ間違った情報が広まったままだ。
そこに今の事件が加わってしまったら。
遥香の居場所は完全になくなってしまう。
「夢奏、そのことなんだけど」
慌てて呼び止めると、夢奏はこちらを振り返った。私の言葉を待つ表情はいつも通りに見える。
ここで「遥香は“Y”じゃないんだよ」と言ったら、昨日を繰り返すことにならない?
それがわかっていて夢奏の言葉を否定するのは、正直気が引ける。でも、このままというわけにもいかない。
そうして考えているうちに、夢奏はコテンと首を傾げた。
「……やっぱり、“Y”は別の人だと思う」
すると、夢奏の表情から感情が消えていった。
“また、夢奏を否定するの?”
その眼はそう語っているように見えた。
「ごめん……」
「……どうして謝るの?」
「えっと……」
たしかに、謝る必要はないのかもしれない。
だけど、夢奏の目が笑っていないから。なんだか、悪いことをしているような気持ちになってしまう。
「貴方たち、早く教室に戻りなさい」
重たい空気に耐えられないと思ったと同時に、さっきの先生に声をかけられた。気付けば、校舎から様子を伺っていた生徒の姿がひとりも見当たらない。
私たちは返事をし、教室に向かう。その途中、私たちが言葉を交わすことはなかった。
――――遥香と話してきたよ。
――どうだった?
――――遥香は、Yじゃなかった。
――そっか……じゃあ、山内さんには本当に悪いことをしたね……
――山内さん、なにか言ってた?
――――イニシャルだけで責められるなんてって言ってたかな。あと、学校を休んでるのは、周りからの視線がうっとうしいからって。
――すごい注目度だもんね。
――じゃあ、はやくYの正体を暴かないと、山内さんは学校に来れないわけだ。
――――うん……
――――でも、手がかりがないよね……
――私、ちょっと心当たりがあるかも。
――――心当たりって?
◆
昨夜、ゆきちゃんとのメッセージのやり取りは、それで終わった。
ゆきちゃんの言う心当たりがどんなものか気になって、目が覚めてすぐにスマホを確認したけれど、返事はまだない。
学校で直接話すつもりなのかもしれないと思いながら、私は学校に行く準備を進めた。
ひとりで学校に途中、いくつかの視線を感じた。それは、藍川莉々愛がそこにいるとわかってから向けられる視線。だけど、ほんの少し前に向けられていた視線とは違う。羨望よりも、軽蔑に近い。
そんな視線を向けられるようになってから結構経つけれど、いまだに慣れない。慣れたくもないけれど。
私も、遥香みたいに休めばよかったと思ってしまう。
でも、今日は休めない理由がある。ゆきちゃんに話を聞きたいし、夢奏の様子も気になる。
それなのに、二人とも登校中に出会うどころか、教室にもいなかった。そのうち登校してくるかもしれないと思ったけれど、ホームルームが始まっても、ゆきちゃんと夢奏は現れなかった。
「今日のお休みは、山内さんと……西野さん」
「先生、ユキもいない」
先生が確認していると、鈴ちゃんが続けた。
「篠崎さんも?」
先生はどこか不思議そうに言った。
ということは、先生はゆきちゃんが休むという連絡をもらっていないということだろう。
ゆきちゃんは昨日、“Y”について心当たりがあると言っていた。そして、無断欠席。正直、嫌な予感しかしない。
そう思っているのは鈴ちゃんも同じようで、不安そうにゆきちゃんの席を見つめていた。
ホームルームが終わると、私は夢奏とゆきちゃんにメッセージを送った。
――――夢奏、大丈夫?
――――ゆきちゃん、今日はお休み?
だけど、その返事が来るよりも先に、Story Nowの通知が届いた。いつものあの言葉を見た瞬間、悪寒が走った。
“Y”は今、ゆきちゃんといないよね……?
はやく、なんでもいいから投稿しないと。
みんなが和気あいあいと今を切り取っている横で、私は「おはよう」と打って投稿した。
フォローしている人たちの投稿が見れるようになっても、私はそれらに目を通すことなく、“Y”のアカウントに飛んだ。
相変わらず初期アイコンで、フォロー数もフォロワー数も四人のままという、不気味なアカウントだ。
そのアカウントが、新規投稿をした。コメントもなく、たった一枚の写真。
はやく確認しなければという気持ちと、夢奏のときのように、誰かを傷付けている写真だったらどうしようという不安が入り混じる。
でも、私が目を逸らすわけにはいかない。
恐る恐る写真を確認すると、そこには、花壇の傍で血を流して倒れるゆきちゃんが写っていた。
「嘘……」
思わず声が漏れたと同時に、盛大に椅子が倒れる音がした。その音により、教室内は一瞬静まり返る。
椅子を倒したのは、鈴ちゃんだった。
鈴ちゃんはスマホを片手に、顔を青くして立っている。
きっと、“Y”の投稿を見たのだろう。そして、一直線に教室を飛び出していった。
なにも知らないクラスメイトたちが、不思議そうに鈴ちゃんが出ていったドアを見つめている中で、私は鈴ちゃんを追うように教室を出た。
呼吸がままならないのは、走っているからなのか、動揺しているからなのか。
回らない頭で考えながら、ただ鈴ちゃんの背中を追いかけていく。
鈴ちゃんは、階段を駆け下りると渡り廊下から花壇のある校舎裏に向かっていった。中履きであることなんて気にいていられないという姿を見ていると、躊躇いなどなくなった。
はやく。はやく、ゆきちゃんのところへ。
花壇は、もう、すぐ。
「ゆっきー!」
校舎の角を曲がったと同時に、夢奏の泣き叫ぶ声が耳をつんざいた。
花壇の前で、夢奏は倒れるゆきちゃんの傍でゆきちゃんの身体を揺さぶっている。
「ゆ、き、ちゃん……?」
状況が飲み込めない中で、それが“Y”の投稿した写真と同じ光景であることだけを理解した。
「ユキ!」
私が動けないでいると、鈴ちゃんはゆきちゃんの名前を叫んで駆け寄った。
「ねえ、嘘でしょ! 起きてよ! ユキ!」
鈴ちゃんが叫び続けているうちに、騒ぎを聞きつけたように、人が集まり始めた。みんな、校舎の中から私たちの様子を伺っている。
「え、やばくない……?」
「めっちゃ血が出てんじゃん……」
「貴方たち、そこでなにしてるの!」
その中で、私たちを叱るような女性の声が聞こえた。校舎の中からこちらを見ているその声の主は、私の知っている先生ではなかった。
「先生、ユキが!」
鈴ちゃんは先生がやって来たことに気付いて叫んだ。涙を隠さない表情に、先生は戸惑いを見せる。だけど、すぐに異変に気付いたみたいだ。
「誰か、職員室に行って、救急車を呼ぶように言ってきて!」
先生は慌てた野次馬をしている生徒に指示を出すと、渡り廊下から外に出てきた。
「貴方たちは離れなさい」
「でも!」
「頭を打っているかもしれない。触らないのが最善なの」
冷静に言われて、夢奏と鈴ちゃんは一歩下がった。そのとき、夢奏と目が合った。
「莉々愛……」
夢奏は今にも泣き出しそうな表情で私に抱きついてきた。私も、この不安をひとりでは抱えきれなくて、夢奏と強く手を繋いだ。
今は、昨日の険悪なムードなんて気にしていられなかった。
それからすぐに救急車のサイレンの音が遠くから聞こえてきた。
これで、ゆきちゃんが助かる。
そう思うと、その音が救いの音のように思えた。
別の先生の案内により、救急隊員の人がやって来た。そして、ゆきちゃんの様子を見ている中で、小さく首を振ったのが見えた。
それは、つまり。
「そん、な……」
「ゆっきー……?」
「……嫌! 私は信じない! ねえ、ユキ! 起きてよ! ユキ!」
鈴ちゃんはゆきちゃんのもとに近寄ろうとしたけれど、先生たちに止められてしまった。その悲痛な叫びに、胸が締め付けられる。
ゆきちゃんは、救急隊員の人たちによって運ばれていく。
“Y”は、なにがしたいの? 私が大切にしたいものを全部奪って。なにが目的なの?
――莉々愛。
ふと、ゆきちゃんの優しい表情が脳裏によぎる。その瞬間、一粒の涙が頬に落ちた。
どうして。どうして、ゆきちゃんが、奪われなければならなかったの?
胸が張り裂けそうな悲しみと頭が焼ききれてしまいそうな怒りが混ざっていく。
そのときだった。
私は、鈴ちゃんに胸ぐらを掴まれた。大粒の涙を浮かべた鈴ちゃんは、私を睨みつけている。
「なんなの、あんた! そんなに私のことが憎いわけ!?」
「え……」
「スズちゃん」
「とぼけんな!」
鈴ちゃんは夢奏の手を払い、再び強く私を睨む。堪えきれなくなった涙が頬を伝っていく。
私には、抵抗なんてできなかった。
「私の好きな人も親友も奪ってさあ! 友達ごっこって言ったのがそんなに許せなかったわけ!? あんただって、私のこと、友達だって思ってなかったくせに!」
声が出なかった。いや、なんて言っていいのかわからなかった。
そんなつもりはなくとも、鈴ちゃんの大切な人を奪ったのは事実で。友達だと思えていなかったのも、本当のことだ。
でも、鈴ちゃんのことが許せないとか、そんなことは微塵も思っていない。
「……よかったね。復讐ができて。これで満足?」
気持ちを落ち着かせた鈴ちゃんは、冷たく笑う。
違う。復讐しようなんて思っていないし、満足なんて、絶対に思わない。
そもそも、私だって、ゆきちゃんにいなくなってほしくなかった。
だけど、それを言ったところで鈴ちゃんには言い訳にしか受け取ってもらえなさそうで、私は無言でいることしかできなかった。
「スズちゃん……莉々愛はなにも悪くないよ……」
夢奏がそう言うと、鈴ちゃんは舌打ちをして私から手を離した。
すると、鈴ちゃんは呆れたと言わんばかりに口角を上げ、夢奏のほうを向く。
「ユメさあ……昨日、ユキたちのことを裏切り者って言ってたのに、もう手のひら返し?」
「そ、れは……」
夢奏はわかりやすく視線を泳がせる。言い淀んでその続きを言わないということは、それが本当だということなのだろう。
味方になってあげられなくて悪いことをしたと思っていたけれど、まさか、そこまで言っていたなんて思っていなかった。
でも、もしかしたら、勢いで言ってしまったのかもしれない。動揺している夢奏を見ていると、そんなふうに感じた。
すると、鈴ちゃんはもう一度舌打ちをして私を睨みつけると、校舎に戻っていった。
「莉々愛……あのね、夢奏、今はあんなこと思ってないからね」
私を見あげるその瞳は必死に訴えている。
それを見ていると、ますます勢い任せで口から出てしまったとしか思えない。
「……うん、わかってるよ」
私がそう返すと、夢奏は安心したように表情を緩めた。
「それにしても……山内さん、ここまでするなんて、怖いよね……」
夢奏は校舎に戻るために、回れ右をしながら言った。
……そうだ。どうして気付かなかったんだろう。
私は遥香が“Y”ではないと明確にわかっている。だけど、夢奏はもちろん、学校中の人たちの間にはまだ間違った情報が広まったままだ。
そこに今の事件が加わってしまったら。
遥香の居場所は完全になくなってしまう。
「夢奏、そのことなんだけど」
慌てて呼び止めると、夢奏はこちらを振り返った。私の言葉を待つ表情はいつも通りに見える。
ここで「遥香は“Y”じゃないんだよ」と言ったら、昨日を繰り返すことにならない?
それがわかっていて夢奏の言葉を否定するのは、正直気が引ける。でも、このままというわけにもいかない。
そうして考えているうちに、夢奏はコテンと首を傾げた。
「……やっぱり、“Y”は別の人だと思う」
すると、夢奏の表情から感情が消えていった。
“また、夢奏を否定するの?”
その眼はそう語っているように見えた。
「ごめん……」
「……どうして謝るの?」
「えっと……」
たしかに、謝る必要はないのかもしれない。
だけど、夢奏の目が笑っていないから。なんだか、悪いことをしているような気持ちになってしまう。
「貴方たち、早く教室に戻りなさい」
重たい空気に耐えられないと思ったと同時に、さっきの先生に声をかけられた。気付けば、校舎から様子を伺っていた生徒の姿がひとりも見当たらない。
私たちは返事をし、教室に向かう。その途中、私たちが言葉を交わすことはなかった。



