あの写真が薄暗かった情報を頼りに、体育館倉庫とかを探した。だけど、鍵は開いていなくて、夢奏を見つけられないでいた。先生に言えば協力してもらえたのかもしれないけれど、あの投稿の写真を残していなくて、頼れなかった。
もはや手詰まりか、そもそも学校にいないのかもしれないと思い始めたとき、ゆきちゃんから連絡がきた。
――夢奏、生物準備室にいるって!
そのメッセージを見て、生物準備室の鍵の調子が悪かったことを思い出した。あそこはたしかに薄暗く、こっそり潜むには最適な場所だろう。
どうしてその可能性に気付けなかったんだろうとほんの少し自分を責めながら、私は生物準備室に向かう。
「莉々愛!」
向かい側から名前を呼ばれると、ゆきちゃんと鈴ちゃんが走ってきていることに気付いた。
鈴ちゃんは私の顔を見ると、気まずそうに顔を逸らした。
こんなときでも、私たちの冷戦状態は変わらないらしい。
だけど、夢奏が心配な気持ちは同じで、今はそれを気にしていられない。
ゆきちゃんがドアに手をかけ、深呼吸をする。その背中からは、どうか無事でいますようにという願いが感じ取れる。私も願いを込めて、ドアが開く瞬間に息を呑んだ。
中を覗くと、夢奏は左手首を繋がれたまま、部屋の隅に座り込んでいた。ここから見ても、夢奏はぐったりとしているのがわかる。
「ゆ、めか……?」
「夢奏!」
戸惑う私とは違って、ゆきちゃんは声を上げて夢奏に駆け寄った。
ゆきちゃんが夢奏の肩を揺らすと、夢奏は「んん……」と小さな声を漏らした。
よかった、生きてた……
その確認ができてから、私は生物準備室に足を踏み入れることができた。
夢奏はゆっくり目を開けると、一瞬身体を強ばらせた。身体を縮ませると、僅かに震えているのがわかった。
「ゆっきー……?」
だけど、すぐに目の前にいるのがゆきちゃんだとわかると、全身から力が抜けていったように見えた。
「莉々愛……スズちゃんも」
それから私と鈴ちゃんに視線をやると、夢奏は弱々しく笑う。
夢奏が無事でいたことに安心しているはずなのに、その笑顔を見ていると、胸が締め付けられて涙が込み上げてきた。
「今、縄を解くから……」
ゆきちゃんはそう言って夢奏の左手首のほうへ手を伸ばしたけれど、それがピタッと止まった。
「夢奏、それ……」
ゆきちゃんの反応につられて、私は夢奏の左手首を見る。
ひとつ。いや、まだたくさん。
擦り傷のような細い傷跡が、そこにあった。
「あ……えっと……」
夢奏は困惑した声を漏らし、足をスカートに隠すように動かした。その動きが気になって足のほうを見ると、足にも似たような傷があった。血が滲んだ肌は痛々しく、目を背けたくなってしまう。
「……それ、“Y”にやられたの?」
ゆきちゃんの声は怒りで震えていた。
すると、さっきまで安心そうに表情を和らげていた夢奏だけど、その声を聞いて表情を歪めた。そして大粒の涙が頬を伝っていく。
「怖かったよお……」
まるで子供のように泣きじゃくる夢奏を、ゆきちゃんは夢奏を強く抱きしめた。その声につられて、堪えていたはずの涙がこぼれ落ちる。
鈴ちゃんは静かに泣きながら、夢奏の縄を解いた。
「……ねえ、夢奏。犯人は見た?」
夢奏が落ち着いたころ、ゆきちゃんは静かに尋ねた。
犯人。あんな写真を投稿したのだから、間違いなく“Y”だ。
その、正体。
夢奏が口を開く時間が、やけに遅く感じた。
「えっとね……」
どうか、違っていて。
私は強く願った。
「……山内さん、だったと思う」
夢奏は少し躊躇いながら告げた。
嘘だ。そんなの、私は信じない。だって私が知っている遥香は、そんなことをするような子じゃない。
「だったと思うって……」
「夢奏を傷付けた犯人、見たんだよね?」
夢奏の曖昧な物言いに、鈴ちゃんとゆきちゃんは問い詰めるように言う。
「だ、だって、フードで顔を隠してたから、よく見えなかったんだもん……でも、声が山内さんだった」
「声?」
ゆきちゃんが繰り返すと、夢奏はコクンと頷いた。
夢奏が遥香と話したことなんて、ないはずなのに。
いや、あのときか。夢奏が遥香に突撃したとき。私が見たときには夢奏が一方的に遥香を問い詰めていたけれど、その前にやり取りがあったのかもしれない。
「山内さんね……夢奏が莉々愛の隣にいることが許せないって……」
夢奏は俯きがちに言った。鈴ちゃんが「なにそれ、嫉妬?」と声を漏らしているのを聞きながら、私は、明確に遥香は“Y”ではないと思った。
私の知っている遥香は、そんなことを言わない。
――高校では距離を置きたいんだけど。
そう言って、遥香は私の隣から離れていった。戸惑う私の答えも聞かずに。
それなのに、高校生になってから一緒にいるようになった夢奏たちに嫉妬?
まさか、ありえない。
――見かけても、声掛けないでね。あの人たちに目をつけられたくないし。
吉良さんと出かけた日の朝は、そう言っていた。あのときの会話が演技だったとは、私には思えない。
つまり、遥香は夢奏たちに私との関係を知られたくないと思っていたはずだ。
そんな遥香が、こんな派手なことをするだろうか。
でもそうなると、夢奏の今の話が嘘ということになる。夢奏が怪我をしているのは事実なのに。それに、“Y”が投稿した、夢奏が誰かに襲われそうになっている写真は? あんな短時間でフェイク画像が作れる? Story Nowでの画像投稿は、アプリを開いてから撮った写真や動画しか投稿できないのに?
もしかして、遥香に襲われたということだけが嘘? でも、なんのために?
「莉々愛?」
ゆきちゃんに名前を呼ばれたことで、私は思考の迷路から現実に引き戻された。
みんなはいつの間にか出入口のほうに移動していて、動きもしなかった私を不思議そうに見ている。
「どうかした?」
そう言って私を見るゆきちゃんの傍には、ゆきちゃんに支えられながら立つ夢奏がいる。
夢奏が怖い目に遭ったことは事実なのに、私はなんてことを考えてしまっていたのだろう。
「……ううん、なんでもない」
私はそう言って、生物準備室を後にする。
だけど、保健室に向かう途中、ずっと遥香のことが頭から離れなかった。
遥香と、ちゃんと話そう。
考えてもわからないなら、そうするしかない。取り合ってもらえるかわからないし、私が望まない真実が待っているかもしれない。でも、夢奏が襲われてしまった今、いつまでもしり込みしていられない。遥香が“Y”なのか、そうではないのか。ちゃんと会って、直接確かめよう。
静かに、そう誓った。
もはや手詰まりか、そもそも学校にいないのかもしれないと思い始めたとき、ゆきちゃんから連絡がきた。
――夢奏、生物準備室にいるって!
そのメッセージを見て、生物準備室の鍵の調子が悪かったことを思い出した。あそこはたしかに薄暗く、こっそり潜むには最適な場所だろう。
どうしてその可能性に気付けなかったんだろうとほんの少し自分を責めながら、私は生物準備室に向かう。
「莉々愛!」
向かい側から名前を呼ばれると、ゆきちゃんと鈴ちゃんが走ってきていることに気付いた。
鈴ちゃんは私の顔を見ると、気まずそうに顔を逸らした。
こんなときでも、私たちの冷戦状態は変わらないらしい。
だけど、夢奏が心配な気持ちは同じで、今はそれを気にしていられない。
ゆきちゃんがドアに手をかけ、深呼吸をする。その背中からは、どうか無事でいますようにという願いが感じ取れる。私も願いを込めて、ドアが開く瞬間に息を呑んだ。
中を覗くと、夢奏は左手首を繋がれたまま、部屋の隅に座り込んでいた。ここから見ても、夢奏はぐったりとしているのがわかる。
「ゆ、めか……?」
「夢奏!」
戸惑う私とは違って、ゆきちゃんは声を上げて夢奏に駆け寄った。
ゆきちゃんが夢奏の肩を揺らすと、夢奏は「んん……」と小さな声を漏らした。
よかった、生きてた……
その確認ができてから、私は生物準備室に足を踏み入れることができた。
夢奏はゆっくり目を開けると、一瞬身体を強ばらせた。身体を縮ませると、僅かに震えているのがわかった。
「ゆっきー……?」
だけど、すぐに目の前にいるのがゆきちゃんだとわかると、全身から力が抜けていったように見えた。
「莉々愛……スズちゃんも」
それから私と鈴ちゃんに視線をやると、夢奏は弱々しく笑う。
夢奏が無事でいたことに安心しているはずなのに、その笑顔を見ていると、胸が締め付けられて涙が込み上げてきた。
「今、縄を解くから……」
ゆきちゃんはそう言って夢奏の左手首のほうへ手を伸ばしたけれど、それがピタッと止まった。
「夢奏、それ……」
ゆきちゃんの反応につられて、私は夢奏の左手首を見る。
ひとつ。いや、まだたくさん。
擦り傷のような細い傷跡が、そこにあった。
「あ……えっと……」
夢奏は困惑した声を漏らし、足をスカートに隠すように動かした。その動きが気になって足のほうを見ると、足にも似たような傷があった。血が滲んだ肌は痛々しく、目を背けたくなってしまう。
「……それ、“Y”にやられたの?」
ゆきちゃんの声は怒りで震えていた。
すると、さっきまで安心そうに表情を和らげていた夢奏だけど、その声を聞いて表情を歪めた。そして大粒の涙が頬を伝っていく。
「怖かったよお……」
まるで子供のように泣きじゃくる夢奏を、ゆきちゃんは夢奏を強く抱きしめた。その声につられて、堪えていたはずの涙がこぼれ落ちる。
鈴ちゃんは静かに泣きながら、夢奏の縄を解いた。
「……ねえ、夢奏。犯人は見た?」
夢奏が落ち着いたころ、ゆきちゃんは静かに尋ねた。
犯人。あんな写真を投稿したのだから、間違いなく“Y”だ。
その、正体。
夢奏が口を開く時間が、やけに遅く感じた。
「えっとね……」
どうか、違っていて。
私は強く願った。
「……山内さん、だったと思う」
夢奏は少し躊躇いながら告げた。
嘘だ。そんなの、私は信じない。だって私が知っている遥香は、そんなことをするような子じゃない。
「だったと思うって……」
「夢奏を傷付けた犯人、見たんだよね?」
夢奏の曖昧な物言いに、鈴ちゃんとゆきちゃんは問い詰めるように言う。
「だ、だって、フードで顔を隠してたから、よく見えなかったんだもん……でも、声が山内さんだった」
「声?」
ゆきちゃんが繰り返すと、夢奏はコクンと頷いた。
夢奏が遥香と話したことなんて、ないはずなのに。
いや、あのときか。夢奏が遥香に突撃したとき。私が見たときには夢奏が一方的に遥香を問い詰めていたけれど、その前にやり取りがあったのかもしれない。
「山内さんね……夢奏が莉々愛の隣にいることが許せないって……」
夢奏は俯きがちに言った。鈴ちゃんが「なにそれ、嫉妬?」と声を漏らしているのを聞きながら、私は、明確に遥香は“Y”ではないと思った。
私の知っている遥香は、そんなことを言わない。
――高校では距離を置きたいんだけど。
そう言って、遥香は私の隣から離れていった。戸惑う私の答えも聞かずに。
それなのに、高校生になってから一緒にいるようになった夢奏たちに嫉妬?
まさか、ありえない。
――見かけても、声掛けないでね。あの人たちに目をつけられたくないし。
吉良さんと出かけた日の朝は、そう言っていた。あのときの会話が演技だったとは、私には思えない。
つまり、遥香は夢奏たちに私との関係を知られたくないと思っていたはずだ。
そんな遥香が、こんな派手なことをするだろうか。
でもそうなると、夢奏の今の話が嘘ということになる。夢奏が怪我をしているのは事実なのに。それに、“Y”が投稿した、夢奏が誰かに襲われそうになっている写真は? あんな短時間でフェイク画像が作れる? Story Nowでの画像投稿は、アプリを開いてから撮った写真や動画しか投稿できないのに?
もしかして、遥香に襲われたということだけが嘘? でも、なんのために?
「莉々愛?」
ゆきちゃんに名前を呼ばれたことで、私は思考の迷路から現実に引き戻された。
みんなはいつの間にか出入口のほうに移動していて、動きもしなかった私を不思議そうに見ている。
「どうかした?」
そう言って私を見るゆきちゃんの傍には、ゆきちゃんに支えられながら立つ夢奏がいる。
夢奏が怖い目に遭ったことは事実なのに、私はなんてことを考えてしまっていたのだろう。
「……ううん、なんでもない」
私はそう言って、生物準備室を後にする。
だけど、保健室に向かう途中、ずっと遥香のことが頭から離れなかった。
遥香と、ちゃんと話そう。
考えてもわからないなら、そうするしかない。取り合ってもらえるかわからないし、私が望まない真実が待っているかもしれない。でも、夢奏が襲われてしまった今、いつまでもしり込みしていられない。遥香が“Y”なのか、そうではないのか。ちゃんと会って、直接確かめよう。
静かに、そう誓った。



