ひとりじめ

   ◆

 吉良さんと別れてから、一週間が経った。
 穏やかな日常は戻ってきたように見せかけて、鈴ちゃんとは会話なし、遥香に“Y”のことを確かめられないままで、“Y”の新たな投稿もなしという冷戦状態を保っていた。

 太陽から容赦なく照らされる中、私はその日差しから逃げるように、道の端を歩く。
 ずっと、なにも気にしないで歩いていられた道も、歩くことすら許されていないような気分になってくる。

「莉々愛、おはよ」

 誰もが気付かないふりをして私の横を通り過ぎていく中、唐突に背後から声をかけられ、肩をびくつかせた。
 今や、そんなふうに明るく声をかけてくれるのは、ひとりしかいない。

「……おはよう、夢奏」

 こんな状況に陥っても、夢奏は変わらず私の隣に立ってくれる。それどころか、夢奏は向日葵のように笑う。少し前は夢奏の活発さに感心するだけだったけど、今はその明るさに救われていた。

 そして私たちは並んで学校へ向かう。
 その途中にゆきちゃんたちと出会うことはない。出会ったとしても、お互いに見て見ぬふりをするようになってしまったけれど。

 鈴ちゃんとはそうなるのは予想していた。でもまさか、ゆきちゃんともそうなってしまうとは思っていなかった。といっても、ゆきちゃんは鈴ちゃんの傍にいることが増えたから、無理のない話なのかもしれない。

 だけど、私が他人の声に怯えるようになったのは、それだけが原因ではない。
 他のクラスメイトたちも私と距離を置くようになったから。
 あの一件以来、私と鈴ちゃんのことは面白おかしく脚色され、学年中に話が広まった。今では、藍川莉々愛は人の好きな人を奪う最低な人間だ、なんて根拠もない噂がひとり歩きしている。

 私が築いてきた人間関係は、完全に壊されてしまった。

 最初は、それを取り戻そうとした。そんなこと私はしてないって、否定しようって。
 だけど、私を敵視するような目に身体はすくみ、なにもできなかった。
 私が築いてきたものはこの程度のものなんだと、思い知らされてしまった。
 せめて、鈴ちゃんとは和解したかったけれど……

「莉々愛、はやく行こ」

 学校に着き、靴を脱いでいると、夢奏に腕を引っ張られた。どうして急にそんな慌てたことを言うのだろうと思ったけど、すぐにその理由はわかった。振り向けば、鈴ちゃんの姿がそこにあった。
 鈴ちゃんを許せていないのは、私よりも夢奏だった。だから、私たちはより一層、関わり合うことがなくなっていた。

 そのまま夢奏に手を引かれ、教室に入ると、そこにいたみんなの視線が私のほうを向いた。だけどそれは一瞬のことで、それぞれの雑談に戻っていく。
 その中で、私の話をしていない人は、何人いるのだろうか。考えてしまうと、小声で話されているそれが、やけに大きな音に聞こえ、耳を塞ぎたくなる。

「……莉々愛、大丈夫?」

 私が足を止めてしまったことで、夢奏は心配そうに顔を覗きこんできた。

「大丈夫だよ」

 きっと、作り笑いであることは気付かれている。
 それでも、私はそうして自分に言い聞かせなければ、ここにいることができなかった。
 本当は、大丈夫なんかじゃない。居心地が悪くなってしまったここから、今すぐにでも逃げ出したい。

 だけど、できなかった。
 自分の席でスマホを触っているふりをしながら、私はひとつの席に視線をやる。始業のチャイムが鳴っても、埋まらない席。
 この騒動の黒幕にされてしまった遥香の姿は、一週間で一度も見ていない。
 今日は来るかもしれない。
 そんな淡い期待を抱いて、私は今日も教室に留まった。

   ◆

 遥香の席は、一日経っても空席のままだった。

「山内さん、来なくなっちゃったね」
「いや、普通に来れないでしょ」
「ネットで誹謗中傷だもんね……」

 クラスメイトたちがそう話しながら、遥香の席の前を通っているのが目に入った。
 まだ、遥香が“Y”だって確定していないのに。そもそも、みんなは“Y”の投稿も見れていないのに。夢奏の話だけで遥香を悪人にしている。
 それはきっと、遥香はもちろん、他の誰も違うと声を上げないからだろう。

 その結果、言わない否定は肯定の意として捉えられた。
 私が遥香は違うと言えないのは、総意に逆らう勇気がないから。
 誰も信じてくれないかもしれない。「根拠は?」って言われても、答えられる自信がない。私が信じたいから、なんて理由でみんなは聞き入れてくれるだろうか。
 考えれば考えるほど、そんなわけはないという結論に至る。

 だから私は、当事者なのに、傍観者になってしまった。
 今日もまた、人の気配が減ってから帰ろう。
 そう思って教室で時間を潰しているときのことだった。
 Story Nowの通知だけが、今までと変わらず届いた。


―――Story Now : 今を投稿しよう!


 今の私に、切り取るものなんてなにもない。藍川莉々愛らしくいることも難しい。
 それでも私は、“Y”の投稿を見るためだけに、窓枠で切り取られた青空を写真に収め、投稿した。
 こんなにも当たり障りのない投稿を、いろんな人が見て去る。前ほど注目されなくなったように見せかけて、騒ぎが起きたことによって、私は監視されるようになっていた。
 この状況で私が日常を楽しんでいるような投稿をすれば、盛大に避難されることになりそうだ。なんでもない投稿をするのは、それもあるかもしれない。
 私とは違い、眩しい日常を過ごしているみんなの投稿を見ていく中で、私は“Y”の投稿を探した。

 今日もなにも投稿しないのかも。いや、いつも“Y”は時間制限ぎりぎりで投稿してくる。だから、まだ気を抜けない。

 そう警戒し直した瞬間だった。
 ひとつ、新たな投稿がされたお知らせが表示される。

 “Y”だ。

 まだ見ていないのに、そんな予感がした。

「え……」

 その投稿を見た私は、思わず声を漏らした。
 “Y”が投稿したのは、一枚の写真。コメントもなにもない。

 その写真に写っていたのは、左手首を縄で縛られ、その先が鉄柱のようなものに繋がれている光景。

 私が驚いたのは、それだけではない。
 手首にあるシュシュで、縛られているのが夢奏だとわかった。
 それは、私たちが最後に四人で出かけたときに買っていたピンク色のシュシュ。夢奏が一目惚れして即決していたから、よく覚えている。
 そのシュシュが、刃物のようなものでボロボロにされている。

「な……なんで……」

 “Y”の標的は、私だと思っていたのに。どうして、夢奏がこんな目に遭っているのか。混乱している私の頭では、答えが出なかった。
 ひとまず夢奏に電話をかけてみるけれど、夢奏は電話に出ない。

 夢奏を探すしかない。でも、どこにいるのだろう。いや、わからなくても、手遅れになる前に動かないと。あのシュシュみたいに、夢奏が傷付けられてしまう前に。

 カバンを手にし、席を立ったとき、電話が鳴った。夢奏かと思ってスマホを確認すると、それはゆきちゃんからだった。

「莉々愛! “Y”の投稿見た!?」

 応答してスマホを耳に当てたと同時に、ゆきちゃんの慌てた声が聞こえてきた。

「見た……どうしよう、夢奏が……」
「とりあえず夢奏を探そう! あれ、たぶん学校の中だから!」

 ゆきちゃん言い切った。そう言えるくらい物が、あの写真に写っていただろうか。思い返そうにも、夢奏が傷付けられそうな状況に動揺して、周りの物まで見ていなかったせいで思い出せない。

「莉々愛、今どこ!?」
「まだ学校にいる……」
「わかった! 私たちもすぐに戻るから!」

 ゆきちゃんはそう言って、電話を切った。
 夢奏を、探さないと。
 どうして夢奏が襲われているのか、私にはまったくもってわからない。だけど、その理由を考えるよりも、夢奏を見つけることが先だ。
 私は教室を飛び出した。薄暗く、鉄柱がありそうな場所を手当たり次第に見て回る。
 その途中、私はこの事態が起きた理由を考えずにはいられなかった。

 私に恨みを抱いているはずの“Y”が、どうして夢奏を狙ったんだろう? ずっと、私のそばにいたから? 周りを巻き込んでしまうくらい、私のことを憎んでいるの?

 あなたは、一体誰なの?

 混乱したまま、私は校内を走り回った。