◆
昼休みになると、いつものメンバーが私の席に集まった。
みんな今朝の出来事に目を瞑り、今まで通りに過ごそうと努めていたんだと思う。
私も、そのひとりだ。遥香のことを気にしないようにして。昨日保健室で休んでいた理由も笑って誤魔化して。
そうしていつも通り振る舞うことによって、“Y”の存在を忘れようとしていた。
だけど、そんな私を許さないかのように、Story Nowの通知は届いた。弁当を食べ終え、鈴ちゃんがお手洗いに行ったときのことだった。
“Y”のことを知らないクラスメイトたちは、楽しそうにそれぞれの日常を切り取っている。
そんな中で、私は遥香に視線をやった。遥香が“Y”だとは信じていないけれど、夢奏の言葉が頭に残り、つい見てしまった。
遥香は、誰と交流することなく、静かにスマホを触っている。
遥香がStory Nowで投稿をしているのかわからない。でも、もし本当に、遥香が“Y”なら。またなにか、新たに投稿したのかもしれない。
見たくない気持ちと、確かめたい気持ちが入り混じり、私はスマホに手を伸ばした。
「なに、これ……」
すると、私がスマホを手にするより先に、夢奏が呟いた。
私とゆきちゃんはその声に反応するかのように、夢奏のほうを見る。その視線に気付くと、夢奏は私たちにスマホの画面を見せてくれた。
――藍川莉々愛は友達の好きな人を奪った裏切り者。織田鈴菜は藍川莉々愛を許さないってさ。友達ごっこ、お疲れ様。
それは、“Y”の新たな投稿だった。
多くの目につくようになっても、通報されても、“Y”は変わらず投稿してきた。それも、私だけでなく、鈴ちゃんまで巻き込んで。“Y”の悪意がここまでとは思ってもいなかった。
これを今、本当に遥香が投稿したの?
そう思うと、怒りよりも悲しみが勝った。
――裏切り者。
改めて“Y”の投稿を目で辿ると、そのワードだけ鈴ちゃんの声で再生された。
私が初めて“Y”の投稿を見たときと同様に、容赦ない言葉の刃なはずなのに、私は妙に落ち着いていた。
それはきっと、心のどこかで、私もそう思っていたからだろう。
私と鈴ちゃんの間にある、透明な壁。私とは交わらない視線。
――唯人さんの相手が莉々愛でよかった。めちゃくちゃお似合いだよ。
あれはやっぱり、本心ではなかった。鈴ちゃんの強がりだったんだ。
「……夢奏、ちょっと」
私が固まっていると、ゆきちゃんの声が聞こえてきた。その表情を見ると、動揺が隠せていない。“Y”の悪意を目の当たりにして、言葉が出てこないのかもしれない。
それでもゆきちゃんは夢奏の手首を掴み、夢奏のスマホの画面と机が平行になるように動かした。そして、“Y”の投稿を自分のスマホに収める。スクショができないなら実際に写真を撮ればいいという発想がなかった。
「これで凍結されればいいけど……」
ゆきちゃんがそう零したとき、鈴ちゃんが戻ってきた。
鼻歌でも歌っていそうなくらいご機嫌なところを見ると、鈴ちゃんは“Y”の投稿を見ていないらしい。
「ね、唯人さんがさっきストナウで……」
そこまで言ってから、私たちとの温度差を感じたのか、すっと笑顔が消える。
「……なに、この空気」
鈴ちゃんは、Story Nowで吉良さんの投稿は見ても、“Y”の投稿は気にも留めなかったらしい。
あくまで“Y”のアカウントをフォローしただけで、それを見張るつもりはなかったのかもしれない。
鈴ちゃんが私の味方でいてくれるなんて、私の都合のいい妄想だったんだと、今思い知った。
「……スズ、これ」
戸惑いを見せる鈴ちゃんに、ゆきちゃんはスマホの画面を見せた。鈴ちゃんは固まって、画面を見つめている。
ほんの数秒が、やけに長い沈黙のように感じた。なにも知らないクラスメイトの笑い声が残酷な音に聞こえてしまう。
鈴ちゃんはスマホから私へと視線を動かした。その鋭い視線は、身に覚えがあった。吉良さんと出かけた次の日に見た表情だ。あのときよりも明確に憎しみが込められていて、息を呑む。
「スズちゃん、これ、嘘だよね……?」
鈴ちゃんに声をかけた夢奏は、私よりも動揺しているように見えた。私以上に、夢奏は鈴ちゃんのことを信じていたらしい。
「だって、スズちゃん、莉々愛のこと好きって」
「なにそれ」
夢奏の必死な訴えを遮った鈴ちゃんは、鼻で笑う。
その笑みは今までに見てきた明るい笑顔とは真逆で、不気味さが漂っている。
そう感じたのは私だけではないようで、夢奏は驚きで言葉を引っ込めた。
「私がいつ、莉々愛のこと好きって言った?」
鈴ちゃんは、一度だってそう言ったことはない。むしろ、こうして憎しみを向けられているほうがしっくりくるくらいだ。
だって、私はそれだけのことをしたのだから。
鈴ちゃんは改めて、ゆきちゃんのスマホを見つめる。
「これ、山内さんなんだっけ?」
鈴ちゃんが遥香の名前を口にしたからか、室内から音が消えていった気がした。
今朝のことも合わせると、もう、適当に誤魔化すことはできないだろう。それくらい、私たちの間に流れる空気は殺伐としていた。
そんな中で、遥香は自分が注目されるだけでなく、こそこそと話題の的になっていることに気付いたのか、居心地悪そうにイヤホンで耳を塞いでいる。
その反応が余計に周りを刺激するが、今は気にしていられない。
「なんで山内さんがこれを知ってるのかわかんないけど……これは紛れもなく、私の本心だよ」
鈴ちゃんがはっきり言ったことで、夢奏は納得していなさそうな様子で鈴ちゃんを見つめている。
私は、腑に落ちたくらいなのに。
「……じゃあ、なんで莉々愛の味方したの」
夢奏の声には、悲しみよりも怒りが込められていた。
鈴ちゃんこそ、裏切り者だ。
なんだか、そう言っているように聞こえた。
「それはもちろん、唯人さんに告げ口されたら困るからだよ。勝手に私の印象を下げられて、唯人さんに嫌われたくなかったし」
それを聞いて、腑に落ちた。
誰かに好きでいてもらうために、自分をいいように見せる。
私と同じだ。
だから、鈴ちゃんを責める気持ちが芽生えてこないのかもしれない。
「でも、スズちゃんは王子のこと好きじゃないって……」
この状況下で、夢奏ひとりだけが、納得いっていないようだった。
あの言葉が偽りだったことは、私でも気付いているのに。それくらい、夢奏は純粋ということなのだろうか。
「あれは、莉々愛に取られたくなくて、嘘ついただけ。ユキは知ってるよ。私が唯人さんと付き合いたいって思ってたこと」
鈴ちゃんがそう言ったことで、夢奏がゆきちゃんを見た。すると、ゆきちゃんはその視線から逃げる。
やっぱり、ゆきちゃんは全部知っていたんだ。だから夢奏から私と吉良さんの関係を聞かされたとき、戸惑った顔をしていたんだ。
どうしてそのことが話題に上がっているのって、驚いていたんだろう。
「……私、誰かの好きな人を取るようなこと、しないよ。吉良さんのことは、本当に知らなくて……」
どうか、それだけは信じてほしい。
そう思って言ったけれど、鈴ちゃんは鼻で笑って返した。
もう私の言葉は聞いてもらえない。そう思い知らされるには十分な反応だ。
「友達ごっこ、だっけ?」
鈴ちゃんは“Y”の投稿した言葉をなぞる。
「……大正解だよ」
感情のない表情で告げられたそれは、私の心を静かに抉っていった。
でも、私だけが傷付けられたみたいな反応はできなかった。
友情ごっこをしていたのは、お互い様だ。
お互いに一歩引いた関係性は、きっと友達とは言わないだろうから。
つまり私たちは、ともに友達だとは思っていなかったということになる。
「もう友達のフリしなくていいと思うと、清々する」
鈴ちゃんはそう言い捨てると、自分の弁当箱を手にし、席に戻って行った。
ゆきちゃんは、鈴ちゃんと私を交互に見て、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、鈴ちゃんの元へ向かう。
いつか、こういうことが起きると思っていた。
私と鈴ちゃんは、一番言葉を交わしていなかったから。
それでも、実際に起きてしまうと、ショックを受けている私がいた。
これは、私が虚構を作り上げた当然の報いなのに。
「莉々愛……」
すると、夢奏が困惑したような声を漏らした。
その声に反応する気力がなく、私はただ、机の上に置かれた弁当箱を見つめる。
「莉々愛!」
耳をつんざくような声がしたと思えば、私は夢奏に両頬を挟まれた。そして、ぐいっと夢奏のほうに顔を向けさせられた。
「夢奏は莉々愛のこと、本当に好きだからね!」
その強い言葉に「ありがとう」と返したけれど、それを素直に信じることはできなかった。
昼休みになると、いつものメンバーが私の席に集まった。
みんな今朝の出来事に目を瞑り、今まで通りに過ごそうと努めていたんだと思う。
私も、そのひとりだ。遥香のことを気にしないようにして。昨日保健室で休んでいた理由も笑って誤魔化して。
そうしていつも通り振る舞うことによって、“Y”の存在を忘れようとしていた。
だけど、そんな私を許さないかのように、Story Nowの通知は届いた。弁当を食べ終え、鈴ちゃんがお手洗いに行ったときのことだった。
“Y”のことを知らないクラスメイトたちは、楽しそうにそれぞれの日常を切り取っている。
そんな中で、私は遥香に視線をやった。遥香が“Y”だとは信じていないけれど、夢奏の言葉が頭に残り、つい見てしまった。
遥香は、誰と交流することなく、静かにスマホを触っている。
遥香がStory Nowで投稿をしているのかわからない。でも、もし本当に、遥香が“Y”なら。またなにか、新たに投稿したのかもしれない。
見たくない気持ちと、確かめたい気持ちが入り混じり、私はスマホに手を伸ばした。
「なに、これ……」
すると、私がスマホを手にするより先に、夢奏が呟いた。
私とゆきちゃんはその声に反応するかのように、夢奏のほうを見る。その視線に気付くと、夢奏は私たちにスマホの画面を見せてくれた。
――藍川莉々愛は友達の好きな人を奪った裏切り者。織田鈴菜は藍川莉々愛を許さないってさ。友達ごっこ、お疲れ様。
それは、“Y”の新たな投稿だった。
多くの目につくようになっても、通報されても、“Y”は変わらず投稿してきた。それも、私だけでなく、鈴ちゃんまで巻き込んで。“Y”の悪意がここまでとは思ってもいなかった。
これを今、本当に遥香が投稿したの?
そう思うと、怒りよりも悲しみが勝った。
――裏切り者。
改めて“Y”の投稿を目で辿ると、そのワードだけ鈴ちゃんの声で再生された。
私が初めて“Y”の投稿を見たときと同様に、容赦ない言葉の刃なはずなのに、私は妙に落ち着いていた。
それはきっと、心のどこかで、私もそう思っていたからだろう。
私と鈴ちゃんの間にある、透明な壁。私とは交わらない視線。
――唯人さんの相手が莉々愛でよかった。めちゃくちゃお似合いだよ。
あれはやっぱり、本心ではなかった。鈴ちゃんの強がりだったんだ。
「……夢奏、ちょっと」
私が固まっていると、ゆきちゃんの声が聞こえてきた。その表情を見ると、動揺が隠せていない。“Y”の悪意を目の当たりにして、言葉が出てこないのかもしれない。
それでもゆきちゃんは夢奏の手首を掴み、夢奏のスマホの画面と机が平行になるように動かした。そして、“Y”の投稿を自分のスマホに収める。スクショができないなら実際に写真を撮ればいいという発想がなかった。
「これで凍結されればいいけど……」
ゆきちゃんがそう零したとき、鈴ちゃんが戻ってきた。
鼻歌でも歌っていそうなくらいご機嫌なところを見ると、鈴ちゃんは“Y”の投稿を見ていないらしい。
「ね、唯人さんがさっきストナウで……」
そこまで言ってから、私たちとの温度差を感じたのか、すっと笑顔が消える。
「……なに、この空気」
鈴ちゃんは、Story Nowで吉良さんの投稿は見ても、“Y”の投稿は気にも留めなかったらしい。
あくまで“Y”のアカウントをフォローしただけで、それを見張るつもりはなかったのかもしれない。
鈴ちゃんが私の味方でいてくれるなんて、私の都合のいい妄想だったんだと、今思い知った。
「……スズ、これ」
戸惑いを見せる鈴ちゃんに、ゆきちゃんはスマホの画面を見せた。鈴ちゃんは固まって、画面を見つめている。
ほんの数秒が、やけに長い沈黙のように感じた。なにも知らないクラスメイトの笑い声が残酷な音に聞こえてしまう。
鈴ちゃんはスマホから私へと視線を動かした。その鋭い視線は、身に覚えがあった。吉良さんと出かけた次の日に見た表情だ。あのときよりも明確に憎しみが込められていて、息を呑む。
「スズちゃん、これ、嘘だよね……?」
鈴ちゃんに声をかけた夢奏は、私よりも動揺しているように見えた。私以上に、夢奏は鈴ちゃんのことを信じていたらしい。
「だって、スズちゃん、莉々愛のこと好きって」
「なにそれ」
夢奏の必死な訴えを遮った鈴ちゃんは、鼻で笑う。
その笑みは今までに見てきた明るい笑顔とは真逆で、不気味さが漂っている。
そう感じたのは私だけではないようで、夢奏は驚きで言葉を引っ込めた。
「私がいつ、莉々愛のこと好きって言った?」
鈴ちゃんは、一度だってそう言ったことはない。むしろ、こうして憎しみを向けられているほうがしっくりくるくらいだ。
だって、私はそれだけのことをしたのだから。
鈴ちゃんは改めて、ゆきちゃんのスマホを見つめる。
「これ、山内さんなんだっけ?」
鈴ちゃんが遥香の名前を口にしたからか、室内から音が消えていった気がした。
今朝のことも合わせると、もう、適当に誤魔化すことはできないだろう。それくらい、私たちの間に流れる空気は殺伐としていた。
そんな中で、遥香は自分が注目されるだけでなく、こそこそと話題の的になっていることに気付いたのか、居心地悪そうにイヤホンで耳を塞いでいる。
その反応が余計に周りを刺激するが、今は気にしていられない。
「なんで山内さんがこれを知ってるのかわかんないけど……これは紛れもなく、私の本心だよ」
鈴ちゃんがはっきり言ったことで、夢奏は納得していなさそうな様子で鈴ちゃんを見つめている。
私は、腑に落ちたくらいなのに。
「……じゃあ、なんで莉々愛の味方したの」
夢奏の声には、悲しみよりも怒りが込められていた。
鈴ちゃんこそ、裏切り者だ。
なんだか、そう言っているように聞こえた。
「それはもちろん、唯人さんに告げ口されたら困るからだよ。勝手に私の印象を下げられて、唯人さんに嫌われたくなかったし」
それを聞いて、腑に落ちた。
誰かに好きでいてもらうために、自分をいいように見せる。
私と同じだ。
だから、鈴ちゃんを責める気持ちが芽生えてこないのかもしれない。
「でも、スズちゃんは王子のこと好きじゃないって……」
この状況下で、夢奏ひとりだけが、納得いっていないようだった。
あの言葉が偽りだったことは、私でも気付いているのに。それくらい、夢奏は純粋ということなのだろうか。
「あれは、莉々愛に取られたくなくて、嘘ついただけ。ユキは知ってるよ。私が唯人さんと付き合いたいって思ってたこと」
鈴ちゃんがそう言ったことで、夢奏がゆきちゃんを見た。すると、ゆきちゃんはその視線から逃げる。
やっぱり、ゆきちゃんは全部知っていたんだ。だから夢奏から私と吉良さんの関係を聞かされたとき、戸惑った顔をしていたんだ。
どうしてそのことが話題に上がっているのって、驚いていたんだろう。
「……私、誰かの好きな人を取るようなこと、しないよ。吉良さんのことは、本当に知らなくて……」
どうか、それだけは信じてほしい。
そう思って言ったけれど、鈴ちゃんは鼻で笑って返した。
もう私の言葉は聞いてもらえない。そう思い知らされるには十分な反応だ。
「友達ごっこ、だっけ?」
鈴ちゃんは“Y”の投稿した言葉をなぞる。
「……大正解だよ」
感情のない表情で告げられたそれは、私の心を静かに抉っていった。
でも、私だけが傷付けられたみたいな反応はできなかった。
友情ごっこをしていたのは、お互い様だ。
お互いに一歩引いた関係性は、きっと友達とは言わないだろうから。
つまり私たちは、ともに友達だとは思っていなかったということになる。
「もう友達のフリしなくていいと思うと、清々する」
鈴ちゃんはそう言い捨てると、自分の弁当箱を手にし、席に戻って行った。
ゆきちゃんは、鈴ちゃんと私を交互に見て、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、鈴ちゃんの元へ向かう。
いつか、こういうことが起きると思っていた。
私と鈴ちゃんは、一番言葉を交わしていなかったから。
それでも、実際に起きてしまうと、ショックを受けている私がいた。
これは、私が虚構を作り上げた当然の報いなのに。
「莉々愛……」
すると、夢奏が困惑したような声を漏らした。
その声に反応する気力がなく、私はただ、机の上に置かれた弁当箱を見つめる。
「莉々愛!」
耳をつんざくような声がしたと思えば、私は夢奏に両頬を挟まれた。そして、ぐいっと夢奏のほうに顔を向けさせられた。
「夢奏は莉々愛のこと、本当に好きだからね!」
その強い言葉に「ありがとう」と返したけれど、それを素直に信じることはできなかった。



