業を煮やした穂香がクッキーをもう一つ袋から取り出して言った。奏は何を言われているのかピンと来ていない様子で、首を傾げた。

「そうだけど?」
「他には? 他に何か言ってなかっの?」

 穂香の問いに奏は首を振った。なんだー、と言いながら英語のノートの上に穂香は突っ伏した。

「どんな人だったの?」

 真紀はコンビニで買ったチョコレート菓子の袋を開封しながら、奏に訊く。真紀はいつもと同じチョコレート菓子を選んでいた。味もパッケージも代わり映えはしないが、これはこれで安心感をくれる。真紀の言葉を聞いて、奏は不思議そうに真紀を見た。

「真紀、興味あるんだ?」
「え?」
「いや、こっちの話。えっとね、確かどっかの高校の男子だったよ、制服着てた」

 制服を着て、LRTの両替機で大量に両替する男子高校生。
 珍しいのか、珍しくないのか、微妙に判断つかない。

「その人、現金派だったんじゃない?」
「LRT降りるときにICカード使ってたよ。現金派じゃない。見間違いもないよ、その人の後に私が出たから」
「なるほどー」

 高校生の大半はきっとICカードを持っているだろうし、なんならカードがなくても、スマホ決済もできる。すぐに両替機を使う理由が見つからなくなってしまった。

 それにしても。

「現金使うのってどんな時なのかな?」

 チョコレート菓子を口元まで運ぼうとして、真紀は手を止めた。お小遣いもスマホ決済アプリ経由でもらっているし、現金を使う機会が少なすぎる。

「確かにあんまり使わないよね、現金」

 同意してくれた穂香を見るとクッキーを頬張り、ハムスターのようになっている。彼女が開けた袋を見ると、いつの間にかぺちゃんこになっていた。パッケージを見ると、十枚入りと書かれているのに、すでに食べ終えるとは相変わらずの早食いだ。

「学校の購買くらい?」
 奏が赤色のラムネを一つ口に入れて、ガリガリ食べている。お菓子をあまり食べることがないはずなのに、奏がラムネを食べるスピードはいつもより早い気がする。

 確かに、学校というのは意外とアナログな生活を求められる。

 ユーザー数が多そうなスマホ決済すら導入してくれない。おかげで、お弁当を忘れて、現金がない時には地獄のお昼休み時間と化す。

 あとは、自販機とか?
 校内はともかく、外はスマホ決済できそうな気もするけど。

「使う場面少ないのにわざわざ両替するの、怪しくない?」

 ハムスターになっていた穂香が、クッキーを食べ終えて水筒をカバンから取り出して言った。全国展開されているコーヒーショップで売られているステンレスボトルで、かわいいもの好きな穂香らしく黒猫柄のカワイイボトルだった。

「話を整理すると、LRTでジャラジャラ両替していた男子高校生にとっては百円が足りないって話、だよね?」

 包装の中をごそごそとあさりながら、言った真紀の言葉に奏も穂香も頷いた。

「いつ必要なんだろうね?」