受験生に夏休みは無い。
 これは大学受験生も高校受験生も変わらない真理なのかもしれない。
 
 校舎の外で元気に運動している生徒たちの声を聞きながら、溝口真紀、村上奏、目黒穂香は自分たちが通う高校の食堂で額を寄せ合って勉強にいそしんでいた。
 
 七月も終わり、八月に入った最初の土曜日。
 
 もちろん夏休み真っだ中だが、受験生には休みなんぞないことは、真紀自身わかっている。
 
 ノートには苦手な世界史の問題集の回答を並べている。手元の問題集は何周しただろうか。正の字が三画目で止まっているところを見ると、三周目だったと思い出した。いくらやっても苦手なままの教科を真紀はコツコツと知識を積み重ねていた。
 
 本当ならば、予備校の自習室で勉強に励むことが集中力をより高められるのだけど、こうやって学校の食堂に来ているのは、予備校の空調点検で急遽追い出されたからに他ならない。三人とも同じ予備校、同じ学校が幸いし、勉強の場所を求めて、ここに流れ着いたのだ。

「今日もLRT混んでたよね、さすが夏休み」

 集中が切れたのか、穂香がテーブルに突っ伏した。

「ちらほら浴衣来ている女子とかいたね」

 真紀は頬杖をついて、記述式の問題の解を考えながら言った。うん、なかなか難しい。

 LRTは、宇都宮市に新しく誕生した、路面電車。正式名称は確か、宇都宮ライトレール。だけど、真紀たちは、開通当初から耳にしていたLRTという呼び名を使っている。理由は簡単だ。なんとなく可愛いのだ、呼び方が。まるっこい感じがするのは、Rが呼び名に入っているからかもしれない。

「穂香、集中」

 テキストとノートから目を離さないで奏は、端的に言った。手元には数学の問題集が開かれている。文系の真紀では少しばかり眩暈がするような内容にもかかわらず、回答を出すために奏の手は動き続けていた。

「でも、奏、さすがに疲れたよ。朝から予備校で講義受けて、午後は自習室の予定だったのに、炎天下の中外に追い出されて、LRTに乗ってここまでやってきて、勉強とか。さすがに偉すぎでしょ、私たち」

「受験生だからね」
「でもさー、少し休憩しない? 真紀もそー思うでしょー」

 どこかおざなりになっていた手を止めて、真紀は困ったように笑いながら顔を上げた。東アジアとか複雑すぎる。

「少しだけ、お菓子タイムにしよっか。奏はキリが良さそう?」
「······少しだけ、なら」

 少し眉根を寄せ、不服そうにしているが、それは奏のポーズだ。高校1年生の時から一緒に過ごしている三人だからか、なんとなくわかる。

「今日はね、クッキーと」
「穂香、ストップ」

 穂香がカバンからお菓子を出そうとして、奏が止めた。珍しい。甘いものが好きな奏がこのお菓子タイムを止めるとは。
真紀と穂香に注目されている奏は頬杖をしながら言う。

「ねぇ、頭を使うお菓子タイムとか、どう?」