平野啓太は三十年前に突如失踪し、今も妻恵子はSNSなどを使い、夫を探していた。警察もこの三十年捜索し続けてきたが、未だ見つけられていなかった。三人はこの事件のことを思い出した。平川舞の家を出てから、三人はこのことを確認しあった。
「大嶋さん、奥さんの言っていたあの事件って、あの失踪事件のことですよね?」
有田は、大嶋に尋ねた。
「あー、そのようだ」
大嶋は短く答えた。
「やっぱりあの事件のことだったのか」
大田は独り言のように言った。
「二人とも、今回の事件が、あの失踪事件と何らかの関わりがあるかもしれない」
大嶋は言った。
「え、どういうことですか?」
有田は大嶋に聞いた。
「直感だ。俺の直感だ」
大嶋は珍しく、そのように言った。
「有田君、何でもデータ、理論だけじゃ計り知れない物がある。大嶋さん、そういうことですよね?」
大田は大嶋に尋ねた。
「まあ、そんなところだ」
大嶋は答えた。
「そしたら、平野啓太さんの奥さんの、恵子さんに会いに行ってみませんか?」
有田は提案した。
「そうだな。何か分かるかもしれない」
大嶋は答えた。
「じゃあ決まり。行きましょう!」
大田も賛同して言った。

 移動の車中、大嶋はアイルランドの歌手、エンヤの曲を流していた。
「大嶋さん、運転中この曲眠くなりませんか? いえ、趣味が悪いとか言っているわけではなく、ヒーリングミュージックって、全般的に眠くなりません?」
有田は大嶋に尋ねた。
「勝負事があるときは、エンヤの曲をかけるようにしている。あまり集中しすぎて、周りのことが見えなくならないようにしたいだけさ」
大嶋は、有田に丁寧に説明した。
「そういうことですか。納得です。でも運転には気をつけてくださいね」
有田は付け足して言った。
「おう、分かっている」
大嶋は答えた。有田は少し安堵した。その間、大田は眠りについていたが、急に車が停車した。
「あ、着きましたか?」
大田は起きて言った。
「住宅街で、少し過ぎてしまったが、車を一時的に停車させるには、ここがいいだろう?」
大嶋は聞いた。
「そうですね。ここなら少し道が広くなっているので、いいと思います」
有田は答えた。

車を降りるなり、三人は、少し歩いた。しばらくすると、平野啓太の妻、恵子の家があった。インターフォンを鳴らすと、恵子が出てきた。
「あら、警察の方ですよね? 今頃になってどういうことですか?」
恵子は怒っていた。警察は、努力したものの、未だ平野啓太を発見できていない。そのうち捜査も打ち切りになっていたからだ。
「奥様のお気持ちは、お察しします」
大嶋は申し訳なさそうに言った。恵子は舞が嫉妬するのもよく分かるくらいの透明感のある女性だった。怒っている姿も、約五十代にしては、かわいらしかった。
「それで今日はどうなされましたか?」
恵子がそう言うなり、犬の鳴き声が聞こえた。ワンワンワン! 部屋の奥からである。
「あ、ワンちゃんですね? いいですよ、奥さん」
大嶋は恵子をフォローした。
「ごめんなさい。お散歩の時間で。それで吠えています」
恵子は謝った。
「それなら散歩しながら、お話を聞かせてもらってもいいですか?」
大嶋がこう提案するなり、犬は喜んだかのようにまた吠えた。ワンワンワン!
「そうですか? それで良ければそうさせてもらいましょう」
恵子は言った。
「ええ、どうぞ」
大嶋は答えたが、大田だけは怖がっていた。大田は犬が苦手だったのだが、大嶋はそれを知らなかった。出てきたのは、ゴールデンレトリーバーの雄で、名前は五郎だった。大型犬ではあるが、まだ約二歳なので甘えてくるらしい。人懐っこく、三人の前で、腹を出してゴロンとなった。警戒感ゼロである。有田は、大嶋と恵子に事情を説明して、大田から距離を離して五郎を連れ出すことにした。
「それで散歩道は山道になるのですが、よろしいですか?」
恵子は三人に尋ねた。
「私は犬から距離さえ置ければ、どこへでも付いていきます」
大田は怯えながら言った。
「僕は虫とか好きなので、構いません」
有田は言った。
「そっか、虫か! まあ、いいでしょう! ははは」
大嶋はそう言うなり、一人で笑っていた。大嶋は笑いの壺が人と違うらしい。しばらく歩くと、あの雑木林に入った。
「奥さん、怖くないですか、山道は?」
有田が恵子に尋ねた。
「五郎がいるから、大丈夫ですよ。それに五郎が山道のほうが喜ぶので」
恵子は答えた。そしてこの前の事件の現場近くを通りかかったときだった。現場はブルーシートで覆われていたが、五郎は吠えだした。そして恵子のリードが外れ、よりによって大田のほうへと飛びかかった。
「わー!」
大田は声を上げ、逃げ回った。有田は五郎をなだめようとしたが、余計に興奮するだけだった。
「やっぱりここに来るといつも吠えるのよ」
恵子は言った。
「そうなのですか、奥さん?」
大嶋は静かに聞いた。
「えー、きっと蜂さんが怖くて吠えるのね」
恵子は答えた。
「奥さん、この前あった事件の前からですか? 五郎が吠えだしたのは?」
有田は恵子に尋ねた。
「はい、この前あった事件の前からですけど、それが何か?」
恵子は不思議そうに言った。
「あのー、五郎はいつからここを通ると吠え出しましたか?」
有田はなおも恵子に尋ねた。
「五郎が、物心が付いたときからだと思います」
恵子は答えた。
「やはりそうでしたか?」
有田は確信を得た。
「どういうことですか?」
恵子は有田にまた尋ねた。
「奥さん、ありがとうございます。それに五郎、偉いぞ! よく吠え続けてくれたね! ありがとう! 君は名犬だ!」
有田は恵子と五郎に感謝した。
「何が吠え続けてくれてありがとうかい、有田君? 僕は困っているのだよ!」
大田は困惑気味に言った。
「そういう意味じゃないよ、大田君!」
有田は大田に言った。
「じゃあ、どういう意味なの?」
大田は怒気を含めて言った。
「有田、何が分かった?」
大嶋は有田に聞いた。