三日後、声紋分析の結果が分かった。春野(はるの)宏(こう)太(た)副理事長であった。だが肝心の三澤がコロナウイルス陽性と、自宅の検査キットで判明したため、この日は病院に行くことになった。よって久しぶりに大嶋元上司と、有田、大田の三人で春野宏太に事情を聞きに行くことになった。

 大嶋の運転で、有田、大田が乗った。有田も大田も、大嶋に謝罪した。
「大嶋さん、私は勘違いしていました。大嶋さんが私たちを嫌いでいつもそういう態度をとられていたのかと、誤解していました」
大田は、申し訳なさそうに言った。
「僕も同じことを考えていました。本当にすいませんでした」
有田がそう言うなり、二人は深々と大嶋に頭を下げた。それを聞いていた大嶋は、二人に言った。
「いや、謝らなければならないのは私のほうだ。君たちの世代は、就職氷河期世代だったな。だからこそ、時代に負けないくらい二人には強くなってもらいたかった。もし警察を辞めても、仕事なんてそうはなかっただろ? あの時代? だから厳しく育てようとした。だがそういう育て方は、今の子にはしない。いやしてはいけない。そういう時代になってしまった。だから俺のやり方は、間違っていたのかもしれない。そんな中、よく辞めずに付いてきてくれたな。感謝しかないよ!」
大嶋は本音を吐露した。有田と大田は、さらに深々と頭を下げるのだった。そうこうしているうちに、声の主、春野宏太の家の近くに着いた。
「よし、行くぞ!」
大嶋は、有田と大田に言った。ピーン・ポーン。有田が家のインターフォンを鳴らした。
「はい」
しわがれた声は、あの録音レコーダーで聞いた声だった。
「こちら神奈川県警です。少しお話を伺えませんか?」
大田が尋ねた。すると声の主は、こう言った。
「任意の事情聴取か何かですか? それならお帰りくださいと言いたくなるが、私は菅沼弘和じゃない。今開けます。どうぞお入りください」

門が開かれた。すると中には、日本庭園のような素晴らしい景色があった。
「春野宏太です。今日はどうされましたかな?」
春野が和服姿で出てきて言った。
「素晴らしい庭園ですね」
大嶋は言った。
「ありがとうございます」
春野は礼を言った。三人は春野の書斎に通された。大きな本棚が有田の目に入った。
「立派な本棚ですね? 羨ましいです。私はこの前、2Kの間取りの団地に引っ越したため、本棚を持って行けずに処分しました。今は電子書籍で、本を読んでいます。これなら数千冊も、この端末に入りますから!」
有田は端末を見せながら、どこか楽しげに言った。
「そうなのですね? 今はそういう時代なのですね! こらたまげた。ははは!」
春野も愉快そうだった。どうもこれから尋問される人間の態度には見えなかった。
「春野さん、ところで本題に入りますが、あなたが菅沼弘和さんに電話で指示したのですよね?」
大嶋は切り出した。
「あー、確かにあの電話は私だ」
春野は、あっさりと認めた。予想外の展開に、三人は拍子抜けした。
「では、犯行を認められるのですね?」
大田は聞いた。
「電話で指示したことは認める。だが私は真犯人ではない」
春野は言い切った。
「どういうことですか?」
有田が尋ねた。
「私は多田智弘君に頼まれて、やっただけだ。彼の理科の先生としの情熱には参ったよ。日本ミツバチで、スズメバチを退治する。素晴らしいアイディアだと思ったのだ。ただどういうわけかあの日に限り、西洋ミツバチの養蜂を依頼してきた。それで私が許可しただけの話だよ」
春野は答えた。
「それでは、春野さんは、多田智弘先生のことを直接ご存知だったということですね?」
大嶋は尋ねた。
「いかにも。だが役所の許可は必要だ。だから私が菅沼にお願いした。頭の固い役所の人間だからな。つい、かっとなってしまった。それがあの時の電話だ」
春野は素直に答えた。三人とも、誰かが嘘をついている。そう思った。捜査は振り出しに戻るかに思えた。だが次の報告を春野宏太にしたところ、彼の顔色が悪くなった。
「亡くなった平川和正理事長は、今回がスズメバチに刺されたのが、二回目だそうですよ」
大嶋は何気なく言った。しかし明らかに春野の顔色は悪くなった。