横浜市旭区役所は、いつも人でいっぱいだった。突然警察服を着た大嶋が入ってくると、皆何事かと不安げな顔になった。そこに菅沼弘和が現れた。
「菅沼さん、捜査令状を持ってきました。これでしゃべってもらえますね?」
強面の大嶋は、どす黒い声で言った。
「まあとりあえず、執事室へどうぞ」
菅沼は冷静に言った。四人は彼の執事室に通された。小綺麗に片付いた部屋は、菅沼の性格を表しているようだった。だが菅沼が冷静さを装えば装うほど、この清潔な空間がライトアップされるかのようだった。菅沼という男は、いつも顔は笑っていても、口元は笑っていない。清潔に部屋を保っているのは、後者を隠すためでさえ思えた。時は、九月のシルバーウイークが近づいていた。
「それで菅沼さん、多田先生に放課後の屋上で、日本ミツバチの養蜂をあなたに許可を依頼したのは誰ですか?」
今度は三澤がゆっくりと丁寧に聞いた。
「理事長ですよ。亡くなった平川和正理事長ですよ」
菅沼は一気に言った。四人は驚いた。
「そんな馬鹿な!」
大田大輔は叫んだ。他の三人も同様な気持ちだった。
「どうして亡くなった本人が、そんなこと依頼しますか? もしかしてこれは?」
有田は次の可能性を探った。平川和正の自殺である。
「有田、それはない」
大嶋は、有田の言おうとしていることを否定した。
「大嶋さん、まだ何も言っていませんが」
有田は大嶋に言った。
「おまえの考えていることくらい分かるさ! 自殺だろ? だがその線はない!」
大嶋は言い切った。
「どうしてですか?」
有田は食い下がった。
「いいか有田、これから死のうとしている人間が、こんなに手の込んだやり方で死のうと思うか? 仮にそうだとして、そこまで手の込んだ自殺なら、これはダイイングメッセージ。つまり他殺だ。ありがとう、有田。成長したな。そういうことだ。捜査を事故死から他殺の線でもう一度、捜査を洗い直す」
大嶋は有田に礼を言うとともに、犯人捜しを命じた。
「ところで、菅沼さん? 亡くなった平川和正理事長からここで依頼をされたのですか?」
大嶋は引きつり笑いをしている菅沼に問いただした。
「いえ、電話で頼まれました」
なおも菅沼は顔が引きつりながら笑って言った。
「その時の電話は、録音に残していたりしませんか?」
大嶋は依然として菅沼を追及した。
「残っています」
菅沼は、冷や汗をかき始めた。
「では、そのテープを聴かせてくれませんか?」
大嶋は、将棋で王手飛車角取りをしようとしているかのようだった。後一手に思われた。攻められる菅沼も、もうこれ以上の手がない状態だった。しかし、ことはそう簡単にはいかない。

「明日だけ多田先生に言って、日本ミツバチではなく、西洋ミツバチを養蜂して欲しいと伝えてもらえませんか? 菅沼さん?」
テープの声の主は、そう言った。
「理事長、なぜ?」
菅沼は驚いた。
「理由は聞くな。言う通りにやってくれればいい!」
「しかし!」
「いいから頼んだぞ!」
電話は切れた。菅沼は理由を聞こうと食い下がったが、教えてもらえなかった。一方的に声の主は言って、電話を切った。
「以上です」
菅沼は言った。何かまだ隠しているようにも見えたが、次は声の主、すなわち真犯人を捜さねばならない。多田にしても、菅沼にしても、どこか挙動不審だった。
「もしかして、犯人の声を声紋分析にかけるのがいいですかね?」
大田は、身を乗り出すように言った。
「言われなくてもそうするつもりだ、大田」
大嶋は言った。
「今回の事件は、過疎地で、オンラインで本を買う人間の心理に似ています。それしか方法がない。今更本屋を過疎地には作れない。しかし都会の人間は、実店舗の本屋を増やせとこだわる。これつまり需要と供給がずれている。本屋を蜂の巣だと思えばいいのですよ。それが実際にそこにあるかないかだけの問題ですよ! 砂上の楼閣。絵に描いた餅ならぬ蜂ですよ! 真犯人は自分の手を汚さない。それが可能なのは?」
大田の直感は鋭い。
「そうか、そういうことか大田君!」
三澤は感心したように大田の直感的推理に、事件の本質を見るような思いであった。
「大田、お前も成長したな! そういうことだ! まずは声紋分析の結果を待とう!」
大嶋は、今度は大田を褒めた。かつての上司に有田と、大田は褒められたが、本当の捜査はここからである。