「どういうことだい、大田君?」
有田は興味深そうに大田を見た。
「それはだって、みんな過疎地にも本屋を作りたい。けどそれは無理があるよね? だからオンラインショッピングで、過疎地の人は本を買うしかない」
大田は意味ありげに言った。
「つまりこの犯行にはオンラインで誰かを動かして、平川和正理事長を殺害した人間がいる。それだけにとどまらず、昆虫の生態を知らない都会人をあざ笑い、オンライン本屋つまり架空の何かで何かを隠している」
三澤は勘づいたように言った。
「どういうことですか、三澤さん?」
有田は自分だけ遅れをとっていると思い、焦って三澤に聞いた。
「有田君、これには君の知識も必要かもしれない」
三澤は、有田に期待して言った。
「もしかして、スズメバチの毒のことですか?」
有田も勘づいた。
「そうだ、有田君! それなのだよ!」
三澤は興奮したように言った。
「鑑識に遺体をもう一度調べてもらえるように要請します」
有田も高揚して言った。

 三人は大至急、鑑識の村野(むらの)義(よし)正(まさ)の元へ向かった。
村野は、遺体のDNAをとことん調べた。すると驚くべきことが分かった。
「三澤刑事殿、有田刑事殿、大田刑事殿、これはあなた方の執念によって分かったことです。遺体は、今回が二度目にスズメバチに刺され、アナフィキラシーショックで死んだものだと考えられます」
村野は細い目をさらに、細くしたように有田には映った。

 今回の捜査の担当に回った、大嶋卓の元へと三人は再び向かった。
部屋に着くなり、大嶋はまたかと言わんばかりに言った。
「どうされました、三澤警部殿以下二名?」
大嶋は有田と大田の名前を省略した。二人はイラッとした。
「遺体は、今回スズメバチに刺されたのが二回目なのです。鑑識からそのように言われました。」
三澤は言った。
「それで?」
大嶋は偉そうに言った。
「まだ分かりませんか? 大嶋さん?」
今度は三澤が大嶋を煽った。
「何ですと、三澤警部殿? 二発目の毒針とは、何が言いたいのですか?」
大嶋は煙たそうに三人を見ながら言った。
「ここから先は、昆虫博士の有田君に説明してもらいます」
三澤は、有田にバトンタッチした。
「スズメバチに刺されて、アナフィキラシーショックで死ぬのは、二発目の毒針なのです。一回刺されただけで死ぬのは稀なのです。私たちは、理科教師多田智弘、旭区役所の菅沼弘和に聞き込みをしました。多田は、S小学校の屋上で、放課後ミツバチを養蜂していました。ちょうどその時、私たちが追いかけていた身体に折り紙を着けて飛んでいたスズメバチが、ミツバチを食い殺していきました。当初多田は、S小学校で何度も飛ぶズメバチを殺すために、日本ミツバチを養蜂していました。しかし平川和正理事長がスズメバチに刺されて誰かに殺されたその日に限って、多田は西洋ミツバチを養蜂していました」
有田は、ここまで一気に言った。
「誰かに殺された? 聞き捨てならない。続きを?」
大嶋は先が気になって言った。
「日本ミツバチには、スズメバチへの防衛手段があります。スズメバチ一匹の上に群がり、スズメバチが耐えられない四十五度まで上げて、集団でスズメバチを焼き殺します。しかし日本ミツバチは、四十九度まで耐えられる。このわずかな温度差でスズメバチを日本ミツバチは撃退します。しかしながら西洋ミツバチにはそのような防衛手段がありません。多田は、間違えて西洋ミツバチをその日出していたと証言しました。しかし理科教師が、西洋ミツバチと日本ミツバチを間違えるとは、到底思えません。横浜市旭区役所の菅沼弘和さんに許可をもらって日本ミツバチの養蜂を、S小学校の屋上で、放課後行っていたみたいです。その菅沼さんも、任意の事情聴取ということで、口を閉ざしたままです。一体それを菅沼さんに頼み込んだ人間は誰なのでしょうか?」
有田は、喉が渇いた。
「よく分かった。それなら今度私と菅沼弘和のところへ、捜査令状を持って一緒に行こう」
大嶋は有田に水の入ったコップを渡して、そう言った。