スズメバチが飛んでいった方向へと三人は追いかけていった。だがそこは、放課後の小学校の屋上だった。行ってみると、スズメバチには逃げられていた。しかしとある理科教師多田(ただ)智(とも)弘(ひろ)が、ミツバチの養蜂を行っていた。事情を聞こうと、有田は声をかけた。場所は横浜市旭区内S小学校の屋上だった。

 「恐れ入ります。校長の許可を得て、こちらに参りました、神奈川県警の有田と申します」
「三澤です」
「大田です」
有田は声をかけ、三人は挨拶をした。
「理科教師の多田智弘先生ですよね?」
三澤は言った。
「はて、今日はなぜここに、県警の刑事さんが?」
「まず一言で言わせてもらえれば、放課後とはいえ、こんなところで蜂を養蜂するのは危険ですよ!」
大田大輔が正義感強く言った。
「もちろん許可なく放課後とはいえ、こんなことはしませんよ」
多田は余裕の顔で言った。
「では、どなたから許可を得ているのですか?」
有田は訝しげに聞いた。
「役所の人間から許可は得ています」
多田は自信ありげに言った。
「役所?」
三澤も訝しげに言った。
「ええ。横浜市旭区役所の菅沼(すがぬま)弘和(ひろかず)さんという担当の方からね」
多田は、なおも白を切るかのようにあざ笑っていた。
「後で、その菅沼さんにも聞こうと思っています。一体何の目的で、ここでミツバチの養蜂をされているのか、先生からも聞きたいですね」
「簡単ですよ」
「簡単?」
大田は怒気を含んだ声色で、相槌を打った。
「大田君。相槌を打つときは、相手に共感を示すことが大切だ。そんなに怒気を含めて言ったら、相槌にならんよ」
三澤は大田をたしなめた。
「うちの若いのがすいません。多田先生、では回答してもらえませんか?」
「最近ここら辺に、よくスズメバチが飛んでくるので、日本ミツバチを養蜂して欲しいと役所の菅沼さんから言われたのですよ」
「どうして日本ミツバチなのですか?」
三澤はさらに多田を追及しようとした。
「三澤さん、私から説明します」
有田は自信ありげに言った。
「そういえば、有田君は昆虫マニアだったな」
三澤は言った。
「ええ、日本ミツバチはスズメバチを殺す益虫です。スズメバチは通常一匹で動き回ります。その一匹が日本ミツバチの巣に近づくと、多数の日本ミツバチが、スズメバチに群がります。そしてスズメバチが耐えられない温度まで上げて、焼き殺す。日本ミツバチの方が、スズメバチより若干高い温度まで耐えられる。よって、その温度差を生かして、昔から日本ミツバチはスズメバチの脅威に立ち向かってきたのです」
有田はこともなげに説明した。
「なーんだ! だったらスズメバチも大勢で来ればいいのに!」
大田は言った。
「そうなのだけど、そうだったらこんな対抗策を昔からできる訳がなくて」
有田はそこで止まった。
「それで?」
大田はなおも先を聞きたそうにした。
「まあいい。論点は有田君がもう言ってくれたのだから」
三澤は有田を庇った。
「詳しいですな。その通りですよ。だから少しでもスズメバチを殺せればいいと思って、役所の人間が言ったのでしょう」
多田は、顔色が悪くなってきた。大田は、今度は多田を気遣った。
「多田さん、無理なさらないでくださいね。顔色が良くないですよ」
その時だった。S小学校で見失ったはずの、折り紙を身体に着けたスズメバチが戻ってきた。そしてミツバチを捕食し始めた。三人はこの後、ミツバチがスズメバチに群がり、殺されるのかと哀れな気持ちになった。しかしこの日に限って、いつになっても、ミツバチはスズメバチに攻撃を仕掛けない。それどころか、どんどん仲間のミツバチは、スズメバチに殺されていった。多田は、それを見て顔色が先ほどから悪くなっていた。
「あれー、おかしいな?」
大田は、ぽかんと開いた口が塞がらなかった。
「多田さん、これはどういうことですか?」
有田は多田に詰問した。
「間違えた」
多田は呆然として、一言言った。
「間違えたですまないでしょ?」
大田も多田に詰問した。
「この学校では、実験用に日本ミツバチと西洋ミツバチを飼っていて、今日は間違って西洋ミツバチを出してしまった。そういうことですか?」
三澤は平然と言った。
「すいませんでした」
多田は一言謝罪して、その場を後にした。残された西洋ミツバチの巣は、後から来た別のスズメバチ数匹で、巣を全滅させられた。

 その帰り道、有田は三澤に言った。
「でも理科教師が西洋ミツバチと、日本ミツバチを見分けられないなんて考えられないですよ!」
「そうだな。私も腑に落ちない」
三人ともモヤモヤしていた。警察署に戻ると、先ほどまでいたS小学校の近くの雑木林で、スズメバチに刺されて死亡した男性の話でニュースは持ちきりになっていた。
事故の線で、警察は捜査し始めたとニュースでは伝えていた。三澤は驚いて、有田に尋ねた。
「有田君、どう思う?」
「何か、裏があるような気がします」
有田は答えた。
「君もそう思うか?」
「はい」
すると隣にいた大田が、別の刑事から事件のことを詳しく聞いたところ、男性は腕を一カ所スズメバチに刺されて死んだらしいとのことだった。
「妙だな? 確かに一回刺されただけで死ぬこともある。けどアナフィキラシーショックは、二度目の方が強い」
有田は考え込んでしまった。
「仏さん、相当運が悪かったのかな」
大田は言った。
「で、大田君、被害者は特定できたのかな?」
三澤は大田に聞いた
「それが教育委員会の理事長の平川(ひらかわ)和正(かずまさ)さんらしいです」
大田は答えた。三澤と有田の眼鏡は光った。