先輩の実験指導はものすごく分かりやすかった。まず先輩が先にやって、その後俺にやらせてくれる。
 説明も上手だし、メモを取る時間も十分に取ってくれる。待ち時間に研究内容の関連知識を少しずつ教えてくれるから、俺は徐々に自分の研究テーマが分かってきた。

 それに、質問すると先輩が嬉しそうに答えてくれるから、俺も楽しくなってくる。

「……ってな感じで基本的な操作はおしまい! 後は菌が増えるのを明日まで待つって感じ」
「分かりました」
「明日が楽しみでしょー?」
「そうですね」

 俺が同意すると、先輩はめちゃくちゃ嬉しそうだった。
 大腸菌が恋人代わりって、あながち嘘じゃなさそう……。

 そう思っていると、俺の後ろで『ピーピー』と装置の音がした。
 この装置は確か、器具とか培地を滅菌するものだって言ってたっけ。

 先輩が滅菌装置の蓋を開けると、何とも言えない微妙なにおいが研究室中に充満した。

「ねー、培地を滅菌した匂いって、炊きたてのご飯っぽくない?」
「は? いやいやいや……」

 これのこと? 嘘だろ?
 どう考えてもご飯じゃないだろ。

 俺が真剣ににおいを確かめていると、先輩が時計を指さした。

「つまり、腹減ったってこと! ほら時計見て、もう八時だよ。実験って結構時間かかるんだよねー」
「え!? もう? 遅くまですみません」

 いつの間にか何時間も経っていた。
 つきっきりで教えてもらったのが申し訳ない。先輩だって自分の研究があるはずなのに。

 でも……。

「ハルくん、この後の予定は? 今日はなんと、焼きおにぎりがありますぜ?」
「……行きましょう。すぐに」

 これ以上付き合わせるのは……なんて申し訳なさは、どこかへ吹っ飛んだ。
 そんな魅力的な誘いをされたら断れない。
 どうせ寮に帰ったって適当なコンビニ飯を食べるだけだし、それなら先輩の焼きおにぎり食べたい。

 俺は積極的に片付けをすると、先輩の背中を押して研究室へと急いだ。


 その日食べた焼きおにぎりは、妙に美味しかった。冷凍だったけど。
 乗っけたスライスチーズが良かったのかも。いや、追加で食べたインスタントの味噌汁のおかげか?
 なにはともあれ、俺はしっかり先輩に餌付けされていた。