翌日、俺は朝から必修の授業に出ていた。
 四年生じゃないと取れない必修授業って害悪過ぎる。しかも朝一。学生課は何を考えてるんだ。

 眠い頭で授業を聞いていると、隣に座っていた奴が俺の腕をつついてきた。

「春樹ー、昨日ついに研究室に行ったんだって? どう? 石橋教授怒ってた?」

 興味津々に尋ねてくるこいつは、川口健太郎(かわぐち けんたろう)。誰にでも絡む陽キャだ。
 俺がじゃんけんに負けて石橋研究室に配属になった時、「似合わねー」と腹を抱えて笑っていたが、ずっと心配してくれていた。
 アルバイト三昧で理学部の誰とも仲良くなれなかった俺の、唯一の話し相手。
 なんというか、絶妙に憎めない奴だ。


「別に。教授はニコニコしてたし、先輩も親切だったよ」
「えー! 先輩ってあの桜庭先輩だろ? めっちゃ派手で怖そうなのに」

 昨日の先輩を思い出して口角が上がりそうになる。
 怖そう? 全然。むしろ面白い。

 俺だって最初は怖がってたのに、それを棚に上げてそんなことを考えていた。

「じゃあ春樹は気に入られたんだ。いいなー。合コンとか連れてってくれるかもよ? 先輩、女の子と遊ぶの好きじゃん」
「……そんな感じ、しなかったけど」
「そう? 確かに最近は前ほど噂聞かないよなー。本命が出来たのかな。ちぇっ、春樹が合コンに誘われたら、俺もついて行こうと思ったのにー!」

 合コンに誘ってもらえないと知った健太郎は、そのまま机に突っ伏して講義が終わるまで起きることはなかった。
 調子のいい奴だ。


 でも先輩って、本当に合コンとか行かないんだろうか?
 噂通りなら、結構遊んでいるはずだ。


◇◇◇


「合コン? 興味なーい」
「でしょうね」

 夕方、研究室に顔を出すと先輩に昨日と同じテンションで迎え入れられた。そして研究テーマの話を一通りした後、学生生活の話になったから聞いてみたのだ。「桜庭先輩って合コンとか行きます?」と――。


「学部の時は時々行ってたけど……あれは黒歴史だね。今はもう全然」
「どうしてですか? か、彼女が出来たとか?」

 俺は何を聞いているんだ。これじゃあ健太郎と同じだ。

「そう言うハルくんは? 可愛い顔しているし、モテるでしょ」

 可愛い顔? この平均顔が?
 いやいやいや、そもそも友達だってロクにいないのに。

「お、俺のことはいいんですよ! 今は先輩に聞いてるんで!」

 先輩は笑いながら研究ノートを指さした。

「ははは、今は別のものに夢中だからね。ほら、俺の設計した遺伝子を健気に増やしてくれる大腸菌。こいつが可愛くて可愛くてっ……!」

 先輩はうっとりと目を細めた。表情はちょっと色っぽいけど……。

「その発言はヤバいです」
「ヤバくないって! ハルくんもやれば分かるよ。ということで、今日は大腸菌の培養をやってみよー」

 はぐらかされた気がする。でも彼女いないんだ。
 俺は先輩の発言になぜかホッとしながら、二人で実験室へと向かった。