気がつくと研究室まで戻ってきていた。
 部屋には夕日が差し始めている。いつもなら寮でダラダラしている時間だ。

「そうそう、この研究室はコアタイムとかないから、好きな時間に来て、好きな時間に帰っていいよ。でも毎週月曜日の午後は、進捗会があるからそれだけは必須ね」
「しん、ちょくかい?」
「研究の進み具合を確認する会。教授からアドバイスをもらったり、意見を言ったりするんだよ。教授は忙しくて、普段研究室には顔を出せないからね」
「あー……」

 先輩の話を聞くにつれ、この研究室に配属されたという現実感が増してきた。
 もう六月だけど、研究間に合うのか? 今から卒論、書けるのか……?

 俺の焦りとは反対に、先輩はのんびりと時計を見た。

「遅くなっちゃったねー。今日はこの辺にしとこうか。ハルくんはこの後暇? 飯でも行く?」
「いや……金も足もないし」

 今すぐ帰って教科書を見直すべきだろう。意味があるのか分からないけれど、焦燥感は誤魔化せるはずだ。

 それに、知り合ったばかりの先輩との飯なんて間がもたない。
 その上、今から行ける飯屋っていったら近くのさびれた居酒屋だけだ。南ヶ丘大学学生御用達のそこは、あまりそそられない。

 この街は結構な田舎で、車や原付がないとマシな飯屋にも行けないのだ。

「奢るし、車出すよ?」
「でも」
 
 ぐうぅー。

 なんとか断ろうとしていると、俺の腹が盛大な音を立てた。
 穴があったら入りたい。てか、今すぐ穴掘りたいっ……!

 先輩は小さく吹き出すと、俺の肩をポンポンと叩いた。

「じゃあここで食わん?」
「え?」  
「俺がハルくんにご馳走をしてあげよう」

 先輩は得意気に笑うと、冷蔵庫をあさり始めた。
 断る言葉が見つからないまま、先輩を眺める。

 外で食べないなら、まあいいか。すぐ帰れるだろうし。
 ……何が出てくるのか気になるし。

 俺は自分の席だと指定された場所に座り、研究室を眺めながら待っていた。



「ほら、冷めちゃうよ。食べて食べて」
「い、いただきます」

 先輩が用意してくれたのはカップ麺だった。俺もよく家で食べる味噌のやつ。

 でも、ただのカップ麺じゃない。
 見慣れたカップ麺の中には、もやし、コーン、チャーシュー、海苔、ネギがトッピングされていた。

 割り箸を手に取り面をすすると、いつもよりちょっと特別な感じがした。

「旨い……です。ちゃんとした料理みたい」
「だろー? ちゃんとトッピングすると結構イケるんだよなー。本当はバターも入れたかったけど、今日は無いから省略ね」
「煮玉子も欲しくなります」
「あー分かる! でもここで用意するのはムズイんだよ」

 先輩は「いや、家で作ってきて冷蔵庫に入れておけば……」とか言いながら、煮玉子について真剣に考えている。
 別世界の人だと思っていた先輩が、俺の発言を真剣に思案している。それが何だか可笑しかった。

「あ、ハルくんやっと笑ったー」


 そう言う先輩だって、今日一番の笑顔だった。