先輩に手を引かれて連れてこられたのは、隣の棟の五階だった。
 『第六実験室・石橋研究室』と札がかかっているその部屋は、想像以上に広くて色々な器具や装置が置かれていた。


「はーい、ここが俺たちの実験室です。装置とかの使い方はまた使う時に教えるとして……。ハルくん、ちょっと手出して」

 先輩が手をパーにして俺に見せてきたから、俺も同じように手をかざす。
 すると先輩が俺の手に自分の手をピッタリと合わせてきた。

「あー、やっぱりハルくんの手はちょっと小さいね」
「な、何なんですか?」
「ほら、実験する時はゴム手袋をしないといけないんだけど、今は俺用のサイズしかないんだよね。俺のがLだから……Mサイズ発注しとくね。しばらくは別の研究室から借りられると思う」
「……お願いします」

 真面目な発言に、顔が熱くなったのが申し訳ない気持ちになる。
 でも、やっぱり先輩は距離が近いと思う。



「ふー、じゃあ案内はおしまい。どうする? 研究テーマの話とかもする? 一応候補は幾つかあるんだけど」
 
 研究室に戻りながら、先輩は伸びをした。
 正直もう帰りたかったけど、このまま帰ったらまた来れなくなる。そんな気がした。

「えっと、一応お話だけ聞かせてください」
「オッケーオッケー! 安心して。今からでも全然間に合うテーマばっかりだから!」
「……すみません、今までちゃんと研究室来なくて……」

 先輩の親切心が痛い。
 うつむいて謝った声は、思いのほか小さかった。

 見ず知らずの俺のために、簡単なテーマを用意してくれていたのだ。サボるかも……と考えていた俺は、自分が情けなくなった。

 俺のモチベーション低下は、俺の問題だ。他の人を巻き込んじゃダメだ。
 俺が心の中で反省していると、先輩が俺の手をつかんだ。

「ハルくんさぁ、今日来たってことは、やる気が出たってことでしょ? なら謝ることないよ」
「やる気ってか、まぁ、教授が……卒業出来ないって言うから」
「ははは。卒業はしたいんだ?」
「そりゃー……はい」

 先輩はにんまりと笑うと「理由は何であれ、来てくれたから大歓迎しちゃう!」と言いながら、簡単に石橋研究室のメインテーマを教えてくれた。

 遺伝子工学とか、核酸医薬品とか……そんな感じの内容だった。
 正直、生物系の講義は暗記で乗り切ってきたから、理解が及ばない。帰ったら教科書を読み直すか。

「まぁ、やりながら覚えたらいいよ。気楽にね」