横目で律先輩を見ると、机に突っ伏しながら顔だけでこちらを見ていた。

「ね、俺が部屋に入ってきた時、何か言ってたでしょ? もう一回言ってほしいな」

 少し掠れた声で囁かれて俺の背筋が凍る。指先が冷たくなって感覚がなくなりそうだった。

「べ、別に何も言ってませんでしたけど」
「そう? 俺の気のせいかな。なんか、すごく嬉しい言葉が聞こえてきた気がしたのにー」

 律先輩は頬杖をつくと、俺の顔をじっと見た。
 ……終わった。バレたんだ。

 俺が内心パニックになって黙っていると、律先輩は立ち上がって俺の頭をポンポンと撫でた。

「春樹」

 急に名前で呼ばれて俺の肩がビクリと震える。

「俺も好きだよ、春樹」

 幻聴だろうか。
 おずおずと見上げると、こちらを見つめていた律先輩と視線が混ざり合う。

「酔ってますよね? じょ、冗談なら、さすがの俺も傷つきますけど」
「まだ正気失うほど酔っ払ってないし、本気だよ? 結構前からアタックしてたのに、全然気づいてなかったんだね」
「へ?」

 俺の素っ頓狂な声に律先輩はクスクスと笑い出す。

「いくら俺だって、好きな子じゃなかったら手を握ったりキスしたりしないよ。こんな風に」

 そのまま額に唇が落とされる。
 以前、自販機の前でした時と同じように。

 思わずパッと額に手を当てる。そこはまだじんわりと熱を帯びていた。

「……っ!」
「可愛い」

 目を細めて微笑む律先輩は、今まで見たことがないくらい艷やかな表情をしている。

「ねえ俺は言ったよ。春樹は? 俺のこと好き?」

 甘く囁かれ、ゴクリと唾を飲み込む。「春樹」と呼ばれるたび、先輩に吸い込まれそうになる。

 好きです、律先輩。でも……。

 俺なんかが好きと言ってはいけない。俺が律先輩にはまったら、抜けられなくなってしまう。
 でも律先輩は俺を好きだって言ってくれている。

 ドキドキと煩い心臓が、俺の思考の邪魔をする。その中で必死に頭を働かせるが、正解が分からない。
 ぐちゃぐちゃな頭の中で、言ってはいけないという気持ちと、言ってしまいたいという気持ちうがせめぎ合っていた。

 その時。

「まーた難しく考えてる? 素直になってよ春樹。俺だって勇気出したのに」

 ちょっと拗ねたような、少し寂しそうな声が降ってきた。
 律先輩の顔をじっと見つめると、柔らかい瞳が俺を見つめ返していた。

 あれ? そうだ。何を難しく考えているんだろう。
 律先輩は正直に伝えてくれたのに。