「あー……もう動けないよ」
「食べ過ぎなんですよ、律先輩は」
「だって教授がにこにこしながら『まだまだ若いんだから食べないと』って言ってきたら乗っちゃうでしょ」
「まぁ、確かに」

 三人でのタコパを終えた後、俺と律先輩は研究室で寝転がっていた。
 レジャーシート越しに伝わる床の冷たさが心地良い。

「あーあ、本当はハルくんと二人で夜食でも食べようと思ってたのに」
「どれだけ食べる気なんですか……」
「だってハルくんとのご飯楽しいんだもん」
「それ、いつも言いますね」

 そう言いつつ悪い気はしない。
 律先輩にとって俺は「いても良い存在」ってことだから。

「あー、やっぱり何か物足りない」

 先輩はもぞもぞと起き上がると冷蔵庫を開ける。本当にまだ食べる気か?
 
「流石に食べるのは……」
「せめて一杯、どう?」

 先輩が取り出したのは缶チューハイだった。

「え? 酒なんて入ってたんですね」
「時々飲みたくなるんだよなー。ハルくんと飲むのは初めてだね」
「いいんですか? 研究室で酒なんて……」
「禁止はされてないし」

 カシュッと音を立てた缶を渡されれば、飲むのもやぶさかではない。

「乾杯、お疲れ」
「お疲れ様です」

 コツンと缶をぶつけて一口飲むと、シュワッとした炭酸が喉に当たって堪らなくなる。レモンの爽やかな苦味が鼻から抜けていくと、もう最高だった。

 満腹と寝不足が相まって、少し飲んだだけなのに、ポワポワと酔いが回りだす。
 

「はぁー……。律先輩、今日は本当にありがとうございました。教授にも言えたし、やるぞ! って腹くくれました。俺、やっぱり研究が好きですから」

 勢いと酔いに任せて頭を下げる。素面ならこんなに素直に言えなかっただろう。

「ハルくんは真面目だねぇ。俺も頑張らなきゃってやる気もらったよ」
「先輩は頑張りすぎなくらいでしょ。教授も心配してましたよ」
「いやいや、ハルくんくらいの時は全然だったし。前もちょっと話したでしょ?」
「あの、格好良い先輩を見て改心したっていう……」

 律先輩は「そうそう」と頷きながらチューハイを飲んだ。

「俺もジャンケンに負けて石橋研に入ったんだけど、その当時の先輩が本当に親切でさ。何でも教えてくれて、いつでも相談に乗ってくれて……研究も俺なんかよりずっと凄くて。俺の憧れだったんだよねー」

 先輩の頬がほんのり赤い。
 それはチューハイのせいですか? それとも――。

「好きだったんですね」

 俺がぽつりとこぼすと、先輩は少しだけ笑って頷いた。

「でも彼女がいてさぁ。俺には勝ち目なんてなかったよ」

 律先輩の言葉はストンと俺の中に入ってきた。ショックはない。やっぱりそうだったんだって感じ。

 その先輩と彼女は学内でも有名な親密カップルだったらしい。
 いつも構内を仲良く歩いててさぁ……などと話しながら、律先輩はゴクゴクとチューハイを流し込んでいる。

「男なのにーって笑っていいよ」
「笑いませんよ」

 笑うなんて、出来ない。
 だって、俺も「そう」なのだから。

 先輩と俺は同じなのに。
 いや。同じだからそ交わらないんだと分かってしまった。

「先輩が卒業しちゃって寂しかったけど、ハルくん来てくれたから楽しいよ。へへへ。俺、ハルくんと初めて会った時、絶対に良い先輩になろうって思ったんだー」

 ご機嫌に俺に笑顔を向ける律先輩を見ていると、封印していた気持ちが喉元までせり上がってきてしまう。
 俺は言葉を飲み込むようにチューハイを口に含んだ。苦みがギュッと俺の喉を締め付ける。

「……俺も律先輩のおかげで楽しいですよ」

 ようやく絞り出したその言葉に返事が返ってくることはなかった。

「寝てる……おやすみなさい、律先輩」


 こっそり律先輩の頬に口づけしたことは、絶対に死ぬまで内緒だ。