「今日、第一志望の企業からお祈りされました」
「うん」

 先輩は優しく頷いた。
 まるで俺が話し出すのを待っていてくれたみたいだ。

「分かっていたんです。だって面接全然駄目で。多分圧迫面接ってやつだったんです。俺、冷静に答えられなくて。……研究バカにされて、ついムキになって反論しちゃいました。『俺の研究は意味があるんだ!』て」
「ははは、ハルくんらしい」
「もー研究について熱弁しちゃったんです。そしたら面接官に『研究者になりたいの?』って聞かれて……『はい』って答えてしまったんです」

 律先輩は少し驚いた顔をしたけれど、小さく頷いた。

「最終的に、『じゃあ君はうちの営業職を受けてる場合じゃないね』って言われちゃいまいた。ははは、そりゃ落ちますよ。営業やりたくないって言ったも同然だし」

 笑いたいのに声が震える。
 前みたいに格好悪いところ、見せたくないのに。

 目頭が熱くなっていたけれど、誤魔化すようにオレンジジュースを流し込む。
 少しぬるくなったオレンジジュースはちょっと甘ったるかった。

「ハルくん」
「なんですか」
「こっち向いて」
「い、嫌です」

 顔を見られたくなくて、必死に横を向いてジュースの缶を握りしめる。
 それなのに律先輩は容赦なかった。

「駄目。こっち向いて」

 律先輩は俺の両肩に手をかけて顔を覗き込んできた。
 綺麗な顔が近づいてくるのが耐え切れなくて、目をギュッと閉じる。


 すると、額に柔らかい感触がした。

「わあぁっ! い、今っ……」
「あ、泣き止んだ」
「何してるんですか!? え? キ、キスしました?」
「うん。チュッってしたー」

 悪びれなく笑う先輩に、俺の思考が全く追いつかない。

「な、な、な、なんで!?」
「ははは、元気じゃん。ほらほら、嫌なことぜーんぶ、律先輩に全部吐き出してみなさいよ。まだあるでしょ?」

 周りに誰もいないのにヒソヒソと耳打ちする先輩の声は、柔らかかった。
 その言葉を聞くだけで、鼻の奥がツンとする。

「……後悔してます」
「うん?」
「もっと四月からちゃんと研究して、就活もしっかりやれば良かったって。そしたらもっと早く自分のやりたいことに気づけたはずなのに。そしたらなんとなくで営業職を選ばなかったし、別の道が探せたかもしれないって……。サボってたから、上手くいかなかったんだって」

 すべて自分で蒔いた種だ。
 それが分かっているから苦しかった。

 先輩は俺の話を黙って聞いていたけれど、俺がうなだれると頬をむにっと引っ張った。

「なんで過去形なの? まだ終わりじゃないのに」
「でも……」
「ハルくんは、今、やりたい事が言えるようになったんだよ。今がスタートなの」
「今が、スタート……」

 先輩の言葉が頭を巡る。
 今から挑戦してもいいの、か?

 縋るように律先輩を見つめると、先輩は目を細めた。

「戦い方はいくらでもあるよ。ハルくんに覚悟があればね」
「覚悟……?」

 キョトンとしていると、もう一度額に口づけをされた。


「作戦は明日。ハルくん、一緒に頑張ろーね」