満腹になるまで食べまくった俺たちは、並んで机に突っ伏した。

「ハルくんの食べてる姿、マジで癒されるー。二人で食べるようになってから、食事が充実してるわ」
「そうですか? 俺が来る前からこの部屋の調理器具は異様に揃ってましたけど」
「あぁ。これは俺の先輩の置き土産。その先輩も修士で卒業しちゃったけどねー」
「え? 修士の先輩がいたんですか?」

 意外だった。石橋研究室で修士までいくのなんて、律先輩くらいだと思っていたから。

「いたんだよ! その先輩の後を追いかけていたらさー、気がついたら俺も修士になってたんだよね。ダラダラ遊ぶのを止めて、ちゃんと研究出来たのは石橋研究室とその先輩のおかげ」

 律先輩が懐かしそうに目を細める。
 これは……。

「その先輩って、どんな人ですか?」
「めーっちゃ格好良くて、めーっちゃ優しい人。俺を見捨てずに育ててくれた人」

 あぁ。これは、多分嫉妬だ。
 俺の知らない律先輩をその人は知っているんだ。
 俺は律先輩に与えられてばかりなのに、その人は先輩を支えていたんだ。

「……俺にとっての律先輩みたいですね」
「本当に? 嬉しいこと言ってくれるじゃん!」

 頭をくしゃくしゃと撫でられる。
 いつもだったら嬉しいスキンシップも、なんだか上手く受け取れなかった。

「ハルくんも、俺に憧れて修士まで行っちゃう?」
「いえ、ないです。就職して金が稼ぎたいです」
「ちぇー。でも、研究続けたくなったらいつでもいって。教授も喜ぶと思うから!」
「そう、ですね……」



 その後、どうやって寮に帰ってきたのか覚えていない。

 律先輩に『大作戦』用に準備したホットアイマスクやエナジードリンクをルイボスティーとともに押し付け、そのまま帰った気がする。

「あー……クソッ」

 自室のベッドに突っ伏すと、一瞬、頭に妄想が浮かぶ。来年、修士に進んで律先輩と一緒に研究をする俺の姿。

「研究か……」

 その妄想に心が躍ってしまうのは、俺が煩悩の塊だからだ。

 でも。
 でも律先輩を抜きにしても、研究を続けられたら楽しいかもしれない。


 そんな妄想をしてしまったからだろうか。
 俺は気になる企業の研究職のエントリーをしてしまった。
 でもエントリーボタンを押してから気づいた。これ、ほとんど院卒メインの募集だったって。
 学部卒予定の俺が受けても勝ち目ないって。

「何やってんだーフラフラし過ぎだろ、俺」

 憧れと現実は違うんだ。

 就活生は恋愛にうつつを抜かしている場合じゃない。
 まして、片思いの相手の発言で希望職種が揺らいでるようじゃ駄目だ。
 見たこともないOBに嫉妬しているようじゃ、駄目だ。

「とにかく、今は面接の準備をしないと。一応、第一志望なんだから」

 ……あぁ。早く、早く終わらせて楽になりたい。


 この時は、気ばかり焦っていた気がする。
 俺は一人で大丈夫なんだって自信が欲しかったんだ。