月曜日。
夕方、俺は研究棟の前に怪しい人がいるのを見た。
OLのような綺麗めの女性が入り口の方を眺めながらウロウロしていたのだ。
明らかに外部の人間だ。
理学部に出入りする女性は少ないから、すぐに分かる。
研究棟には入館カードがないと入れないから、そこで誰かが来るのを待っていたのだろう。
正直、関わりたくない。
俺は目線を合わせないように、その場を通り過ぎようとした。
が……。
「ねえ、そこの君」
「……はい」
あっけなく捕まってしまった。
「ここに桜庭律っている?」
苛立ちを隠そうともしない女性は、スマホを見ながら俺にそう聞いた。
高そうなバッグを持って長い爪でスマホを打ち込む姿は、この前の女の人より強そうだ。
律先輩は一体何人の女性に恨まれているんだ……!?
「どなたかに御用の場合は、警備室に言えば入館カードがもらえますよ」
「駄目だったからここにいるの。分かるでしょ?」
分かんねえよ。
勘だけど、この人と律先輩を会わせちゃ駄目な気がする。だってこの人、殺気を放ってるもん。
「でしたら俺にはどうしようもないです。あんまり長居すると、警備の人が来ますよ? そろそろいつもの巡回の時間ですから」
女の人は俺の言葉に顔を上げた。少しはヤバいという認識があるようだ。
少し焦り始めたようにも見える。
「君、ここは入れるんでしょ? だったら入れてよ」
「そんなこと出来ませんよ。部外者を入れたら俺が叱られます」
俺がそう言うと、女の人の顔がみるみる歪んだ。そして目に涙を浮かべたのだ。
えぇ? 泣くの? さっきまでの威勢は何だったんだ……。
「うぅ……やっと見つけたのに。去年バーで会って、運命だったのにっ……! 私のこと捨てたの!? もうっ、アイツを一発殴らないと気が済まないのよっ!」
とうやら律先輩の恋人とか愛人の類ではないらしい。
一度会っただけの人っぽい。一度会っただけでそこまで執着出来るものだろうか? いや、一度だけってのが『運命』ぽいのだろうか……。
俺にはよく分からなかった。
どうしようかとチラリと研究棟を見ると、今一番会いたくない人がエレベーターから降りてきた。
律先輩!? ヤバいって!
「ちょ、ちょっとこちらへ!」
「え、何? ちょっとっ……!」
俺は女の人を研究棟の陰に引っ張っていった。
危ない。鉢合わせするところだった。
「急に引っ張って……なんなの?」
女の人は俺に引っ張られた腕をさすりながらイライラしたように俺を睨みつけた。
「あ、あの、俺よく分かんないですけど、殴りたいんだったら俺のこと殴ってください。それでもう帰ってください」
「はあ?」
「それで気が済むなら。このままここでウロウロしてたら、不審者として捕まっちゃいますよ?」
女の人は俺を訝し気に見た。さっきまでの苛立ちは消えているようだ。
そのまましばらく黙っていたけれど、はあーっとため息をついて首を横に振った。
「もういいわ。帰る」
「え? あ、はい」
なんか解決した?
俺が呆然と女の人を見送っていると、「ハルくーん?」と言う声が聞こえてきた。
ヤバいと思う間もなく、女の人と律先輩が鉢合わせる。
「律!」
「あれー? 久しぶり。なんで大学にいるの?」
「……別に。あんた、良い後輩に恵まれてんのね」
「ん? ハルくんのこと? そーね」
「もういいわ。私の連絡先、消しといて。律のスマホに自分の連絡先があるのは人生の汚点だから」
さっきとは違って、女の人は晴れ晴れとした顔で颯爽と去っていった。
「はあぁー」
俺は思わずその場に座り込んだ。さっきの苦労は何だったんだ……。
「ハルくん? なんであの人と一緒にいたの? ハルくんも知り合いだった?」
呑気な顔で近づいてくる律先輩を、俺は思わず睨みつけた。
「律先輩……もう少し人間関係を精算しないと、いつか刺されますよ」
俺はそのまま律先輩を研究室に引っ張っていき、事の経緯をお話しすることにした。
夕方、俺は研究棟の前に怪しい人がいるのを見た。
OLのような綺麗めの女性が入り口の方を眺めながらウロウロしていたのだ。
明らかに外部の人間だ。
理学部に出入りする女性は少ないから、すぐに分かる。
研究棟には入館カードがないと入れないから、そこで誰かが来るのを待っていたのだろう。
正直、関わりたくない。
俺は目線を合わせないように、その場を通り過ぎようとした。
が……。
「ねえ、そこの君」
「……はい」
あっけなく捕まってしまった。
「ここに桜庭律っている?」
苛立ちを隠そうともしない女性は、スマホを見ながら俺にそう聞いた。
高そうなバッグを持って長い爪でスマホを打ち込む姿は、この前の女の人より強そうだ。
律先輩は一体何人の女性に恨まれているんだ……!?
「どなたかに御用の場合は、警備室に言えば入館カードがもらえますよ」
「駄目だったからここにいるの。分かるでしょ?」
分かんねえよ。
勘だけど、この人と律先輩を会わせちゃ駄目な気がする。だってこの人、殺気を放ってるもん。
「でしたら俺にはどうしようもないです。あんまり長居すると、警備の人が来ますよ? そろそろいつもの巡回の時間ですから」
女の人は俺の言葉に顔を上げた。少しはヤバいという認識があるようだ。
少し焦り始めたようにも見える。
「君、ここは入れるんでしょ? だったら入れてよ」
「そんなこと出来ませんよ。部外者を入れたら俺が叱られます」
俺がそう言うと、女の人の顔がみるみる歪んだ。そして目に涙を浮かべたのだ。
えぇ? 泣くの? さっきまでの威勢は何だったんだ……。
「うぅ……やっと見つけたのに。去年バーで会って、運命だったのにっ……! 私のこと捨てたの!? もうっ、アイツを一発殴らないと気が済まないのよっ!」
とうやら律先輩の恋人とか愛人の類ではないらしい。
一度会っただけの人っぽい。一度会っただけでそこまで執着出来るものだろうか? いや、一度だけってのが『運命』ぽいのだろうか……。
俺にはよく分からなかった。
どうしようかとチラリと研究棟を見ると、今一番会いたくない人がエレベーターから降りてきた。
律先輩!? ヤバいって!
「ちょ、ちょっとこちらへ!」
「え、何? ちょっとっ……!」
俺は女の人を研究棟の陰に引っ張っていった。
危ない。鉢合わせするところだった。
「急に引っ張って……なんなの?」
女の人は俺に引っ張られた腕をさすりながらイライラしたように俺を睨みつけた。
「あ、あの、俺よく分かんないですけど、殴りたいんだったら俺のこと殴ってください。それでもう帰ってください」
「はあ?」
「それで気が済むなら。このままここでウロウロしてたら、不審者として捕まっちゃいますよ?」
女の人は俺を訝し気に見た。さっきまでの苛立ちは消えているようだ。
そのまましばらく黙っていたけれど、はあーっとため息をついて首を横に振った。
「もういいわ。帰る」
「え? あ、はい」
なんか解決した?
俺が呆然と女の人を見送っていると、「ハルくーん?」と言う声が聞こえてきた。
ヤバいと思う間もなく、女の人と律先輩が鉢合わせる。
「律!」
「あれー? 久しぶり。なんで大学にいるの?」
「……別に。あんた、良い後輩に恵まれてんのね」
「ん? ハルくんのこと? そーね」
「もういいわ。私の連絡先、消しといて。律のスマホに自分の連絡先があるのは人生の汚点だから」
さっきとは違って、女の人は晴れ晴れとした顔で颯爽と去っていった。
「はあぁー」
俺は思わずその場に座り込んだ。さっきの苦労は何だったんだ……。
「ハルくん? なんであの人と一緒にいたの? ハルくんも知り合いだった?」
呑気な顔で近づいてくる律先輩を、俺は思わず睨みつけた。
「律先輩……もう少し人間関係を精算しないと、いつか刺されますよ」
俺はそのまま律先輩を研究室に引っ張っていき、事の経緯をお話しすることにした。



