研究室でご飯を。君と。

 先輩が実験室から戻ってきたのは日が暮れてからだった。

「ただいまー」
「おかえりなさい。お疲れ様です」

 律先輩は楽しそうに俺の前まで来て、俺の顔を覗き込んだ。

「ね、隣町に科学博物館あるの知ってる?」
「名前だけは聞いたことあります」
「今ちょうど遺伝子の特別展やってるんだよ! でね、さっき教授からチケット二枚貰ったんだー」

 じゃーん、と言いながら、先輩は俺の目の前でチケットをひらひらと仰いだ。

「今度の土曜日一緒に行かない? デートしようよ」

 デート。
 その言葉に俺の心臓はまたドキドキとお祭り騒ぎを始めた。
 言葉の綾だって分かってる。分かってるけど……。

 俺はわくわくとソワソワな気持ちが顔に出そうになるのを必死に抑えた。

「そこ、電車では行けないですよね?」
「俺が車出すよ。ドライブデート。どう?」
「せっかく教授がくれたなら使わないと勿体ないですよね。お、お願いします」

 俺はさっきの決意が揺らがないように、こぶしを握り締めながら頭を下げた。


◇◇◇


 土曜日、寮の前まで先輩が迎えに来てくれた。
 パステルグリーンの可愛らしいコンパクトカーで現れた先輩は、「乗って乗って」と俺を助手席へと案内した。

「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ! シートベルトした? じゃあ出発ー」

 先輩は慣れた様子で車を発進させる。

「ハルくんとお出かけって初めてだね」
「っ……そうですね」

 無邪気に笑う先輩に喉から変な音が出そうになる。
 今日、俺の心臓はもつだろうか?


 科学博物館は思った以上広かった。
 噴水から水があふれている庭の中心に、現代的な建物がどっしりと建っている。

「あっちの丸い建物の方は、プラネタリウムとかもあるらしいよ。特別展はこっち」

 先輩は俺の手を引いて歩き出した。
 夏休みの土曜日なのに人はまばらで、手を繋いだままでも良いかな、なんて邪な気持ちが芽生えてしまう。

 今だけ。
 ほんの少しだけ。


 広いロビーを抜けて特別展のブースへと進むと、大きなパネル展示や遺伝子模型が俺たちを出迎えてくれた。

 最初は隣にいる律先輩にドキドキして集中できなかったけれど、特別展示は本当に面白かった。いたるところに大小さまざまな展示があり、順を追って見ていくと、まるで映画のような壮大なストーリーを追っている気分になる。

「先輩、あっち行ってみましょう!」
「そこの音声解説聞いてみませんか? あ、クイズもある」
「この模型、芸術的すぎません!?」

 研究では遺伝子の構造に注目することが多かったが、展示を見ていると生物の設計図なんだと実感する。
 この小さな物体が自分を形作っているというのは、すごく不思議な気分だった。