気がつくと、律先輩の方ばかり見てしまう。

「どうしたの? そんなに俺を見つめて」
「いえ、気のせいです。律先輩の後ろの温度計を見てました」

 俺は慌てて視線を逸らす。律先輩を直視すると、心臓が締め付けられる。
 本当はお礼がしたかったのに、上手く顔が合わせられないまま数日が過ぎていた。

「なんか今日やたら暑くない? エアコン生きてる?」
「一応稼働はしてますよ。温度下げますか?」
「あー……いいや。何か冷たい物でも飲もう」

 律先輩は冷蔵庫に顔を突っ込んで、「あぁ、生き返るー。冷蔵庫で暮らしたーい」と子どものようにはしゃいでいる。先輩相手に失礼かもしれないけれど、これは可愛い。

 なんて思っていると、また心臓がぎゅっと締め付けられる。……これは重症かもしれない。

「ハルくんもレモンスカッシュ飲むー?」
「飲みます」

 俺がグラスに氷を入れて手渡すと、先輩が「気が利くねぇ」と笑ってくれる。
 それだけで今日の疲れが吹っ飛びそうだ。

「はい、どーぞ」
「ありがとうございます」

 先輩から受け取ったグラスがカランと良い音を立てる。
 一気に流し込むと爽やかな苦味が広がった。

「くぅーっ! これこれ!」
「甘くないのが良いですね」

 レモン果汁と炭酸水だけで作ったレモンスカッシュは、冷たくて身体の火照りを冷ましてくれる。
 ……ようやく落ち着いてきた。

「じゃあ俺は実験室行ってくるね」
「俺は論文をまとめます。後で考察部分を確認してもらえますか?」
「オッケー。メールで送っておいて」
「はい」

 行ってらっしゃいと律先輩を見送ると、研究室内は急に静かになる。少しだけ寂しい感じがした。
 俺は深呼吸をすると、頭に手をあてる。

「もしかして……」

 脳内で『二人きり ドキドキ なぜ』と検索をかけてみる。
 恋愛経験のない俺だって、答えは分かっていた。

 俺は、律先輩のことが好きになってしまったんだって。
 数日間、認めたくなくて目を逸らしていたけれど、それも限界だった。

「まぁ気づいたところで、どうにもなんないけど」

 男同士なんだし。
 卒業までそばにいられたら、それだけで満足だ。

 わずかに残っていたレモンスカッシュを飲み干す。
 炭酸が抜けて少しぬるくなったそれは、さっきよりも苦い。
 だけど、それで良かった。