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「はい、じゃぁ、席順のまま四人一組になって、会話しながら似顔絵描きまーす」
初めての美術の授業は、親睦を深めるためとかでクラスメイトの似顔絵を描くことになり、机や椅子を動かしてそれぞれグループを作る。運よく春斗とも離れずに済み、右隣の席の女子二人、曽根さんと立花さんの四人になった。
二人とも俺とは中学が別だからよく知らないけど、曽根さんは快活な印象で立花さんは大人しそうな印象。
机をくっつけて「よろしく」と言うと、二人とも笑顔で返してくれる。
「じゃぁ、時計回りでいい? 私がりっか、りっかが冴木くん、冴木くんが小林くんで、小林くんが私」
なんでも一対一で正面切って描くのは恥ずかしいだろうという、先生の粋な?計らいで横顔を描くことになっていた。
「おっけー」
「うん、わかった」
曽根さんのてきぱきとした進行のおかげでスムーズに始まり、俺は事前に必要備品として購入していたデッサン用の鉛筆を手にスケッチブックと向き合った。絵は好きでも嫌いでもないけれど、得意ではないから鉛筆の滑りは非常に遅い。
さらに、右側に感じる春斗の視線も気になっていまいち集中できないでいると、目の前の曽根さんが盛大に溜息を吐いた。
「あー、イケメンに凝視されるのつらー」
イケメンとは……?
今曽根さんを凝視してるのは俺だけど、俺はイケメンではない。
どうリアクションを取ったらいいのか考えあぐねていると、曽根さんがぶっと噴き出すように笑う。
「ちょっと、小林くんのこと言ってるんだけど! 独り言になっちゃうじゃない。ねぇりっか」
矛先を向けられた立花さんは、スケッチブックからは目を反らさずにくすくすとった。
「いやいや、俺はそんなんじゃないし」
「え、なに、無自覚なわけ? あんだけ女子から呼び出しくらってて⁉」
確かに立花さんの言う通り、高校が始まって少ししてからちらほらそんなことが起こっているのは事実だった。付き合ってください、というストレートなものから、RINEのIDを渡されることもあった。
だけど……
「それは……なんというかたぶん違くて……」
中学のときにもなくはなかったけど、単に俺が話しかけやすくて手っ取り早い存在というか……、イケメンだからという話ではないと思っている。実際問題、中学も終盤になるとそう言った告白もほとんどなくなったし。
コイツならいけるだろう、と妥協案的なッポジションで告白されていたような気がする。
「まぁ、本人がどう思ってるかは別として、小林くんも冴木くんもイケメンだよねってみんな言ってるよ」
「はるがイケメンなのは認める」
「そこは素直なんだねぇ。――りっか、もう少し顔上げれる?」
「このくらい?」
「あ、いいねー。その角度キープでよろしく」
曽根さんは喋りながらも、シュッシュッシュッと迷いなく鉛筆を走らせている。
「二人は同中?」
曽根さんが立花さんを「りっか」と呼んでいるのが気になってそう訊ねると、「そうだよ。3年間美術部で一緒だったから仲良し。ね」と返ってきた。
同意を求められて、立花さんは無言で首肯する。集中しているんだろう、ちらっと見た立花さんの春斗に向けられた眼差しは真剣そのものだった。
「なるほど」
だからそんなに描くのが早いんだ、と納得する。
「そういうそちらは中学別々なのに仲いいよね、同居してるって聞いたけど」
「あ、うん。母親同士が学生時代の友人で、子どもの頃よく一緒に遊んでたのもあって」
「幼なじみ……」
それまで会話に入ってこなかった立花さんが唐突にぼそっとつぶやく。
「そうそう、そんな感じ。って言っても、小学校に上がるタイミングではるが引っ越しちゃったから、それ以来つい最近まで一回も会えず仕舞いだったんだけど」
「へぇ」
「……幼なじみ……十年ぶりの再会……からの同居でしかも同クラ……。無自覚系イケメンの攻めと儚げ美形受けの再会同居ラブ? もはや萌要素しかないんだけど……」
「え? ごめん立花さん、なんか言った?」
ぼそぼそと、しかも早口でなにかをつぶやく立花さんに耳を向けるが、「あーいいのいいの小林くん、りっかのこれは独り言だからスルーして」と曽根さんに言われてしまった。
「え、あ、そう?」
ちょっとよくわからないけど、食い下がる程の事でもないか、と再び手元に意識を戻しながら、俺は内心で安堵の息をついた。二人がいい子でよかった。春斗にぐいぐい来られたらどうしようかと心配していたから平和で助かる。
当の春斗は相変わらず人見知りのせいか、相槌を打つ程度で会話には混ざることなく静かに絵を描いている。すごく真剣に、集中して俺を見るからそれはそれで恥ずかしいけど授業なので仕方がないと諦めるしかない。
その後も曽根さんがいい具合に話題を振ってくれたおかげで、美術の時間はあっという間に過ぎて、ラスト15分を残してお披露目会となる。
「うおー! さすが美術部はレベチだなあ」
さすがとしか言わざるを得ない二人の絵を見て、感嘆の声が漏れる。春斗も「すごい……」と息を呑んでいた。
「それに比べて……俺の絵なんて小学生の落書きレベルでごめん、曽根さん」
目で見たものを描く難しさと、俺の絵心のなさを改めて痛感した。
曽根さんは、俺の描いたスケッチブックを顔の横に置いて「どう、似てる?」と立花さんに見せている。周りのグループにも見えてしまうからやめてほしいのだが。
「うん、小林くんの描いた未希ちゃん、味があってとってもいいと思う」
「だよね、私もそう思った! 気に入ったよー」
二人の気遣いのおかげで、情けない気持ちと申し訳ない気持ちが少しだけ減ってくれた。
「はるが描いた俺は、なんか面白いな」
どうやら春斗も絵は苦手らしく、俺と似たり寄ったりの出来だった。目の位置が微妙にずれてて、ちょっとコミカルな仕上がりになっている。
「ごめん、もっとかっこよく描ければよかったんだけど……これが限界だった」
「一生懸命描いてくれてたから嬉しいよ、ありがと。……それにしても……」
と、俺は立花さんのスケッチブックをまじまじと見遣った。立花さんの描いた春斗は、物凄く特徴を捉えていて、春斗のイケメンっぷりが存分に感じられる仕上がりになっている。なのに、立花さんは俺が絵を注視したのを受けてなぜか腰を真っ二つに折って頭を下げた。
「冴木くんの美しさを描き切れず……力不足で申し訳ありません……!」
「そ、そんな……、こんなにかっこよく描いてもらえてすごい嬉しいよ……」
「そうそう! はるの綺麗と可愛いが同居してる感じがよく出ててすごいと思う。この絵俺が欲しいくらい」
「「……」」
一瞬、場が静かになって、3人を見回すと、時が止まったかのようにそれぞれが俺を見て固まっていた。曽根さんは目が虚無ってるし、立花さんは両手で口を覆って感極まったような顔をしてるし、春斗に至っては顔を真っ赤にして目を見張っていた。
「……ふ、ふゆくん、なに言ってんの……」
「え、なんか変なこと言った?」
立花さんにかっこよく描いてもらって照れてるのか、耳まで赤くなった春斗が可愛いな、と思いながら俺は首をかしげる。春斗の絵を褒めただけだから、変なことは言ってないと思うのだが。
「だ、だだだ大丈夫! なにも変なことは言ってないから大丈夫! ね、未希ちゃん!」
「んー、まぁ、そうね。ごちそうさま」
「あ、あの、ふゆくんの今のは、そういうのじゃなくて……」
二人に両手を振って慌てた様子の春斗を、立花さんが「大丈夫」と制止する。
「冴木くん、大丈夫! 私たちちゃんとわかってるから大丈夫!」
「えっ、え……いや、だから違……」
ごちそうさまとか、大丈夫とか、なんの話なのかよくわからなくて、すがるような春斗の視線にも肩をすくめるだけしかできなかった。
「はい、じゃぁ、席順のまま四人一組になって、会話しながら似顔絵描きまーす」
初めての美術の授業は、親睦を深めるためとかでクラスメイトの似顔絵を描くことになり、机や椅子を動かしてそれぞれグループを作る。運よく春斗とも離れずに済み、右隣の席の女子二人、曽根さんと立花さんの四人になった。
二人とも俺とは中学が別だからよく知らないけど、曽根さんは快活な印象で立花さんは大人しそうな印象。
机をくっつけて「よろしく」と言うと、二人とも笑顔で返してくれる。
「じゃぁ、時計回りでいい? 私がりっか、りっかが冴木くん、冴木くんが小林くんで、小林くんが私」
なんでも一対一で正面切って描くのは恥ずかしいだろうという、先生の粋な?計らいで横顔を描くことになっていた。
「おっけー」
「うん、わかった」
曽根さんのてきぱきとした進行のおかげでスムーズに始まり、俺は事前に必要備品として購入していたデッサン用の鉛筆を手にスケッチブックと向き合った。絵は好きでも嫌いでもないけれど、得意ではないから鉛筆の滑りは非常に遅い。
さらに、右側に感じる春斗の視線も気になっていまいち集中できないでいると、目の前の曽根さんが盛大に溜息を吐いた。
「あー、イケメンに凝視されるのつらー」
イケメンとは……?
今曽根さんを凝視してるのは俺だけど、俺はイケメンではない。
どうリアクションを取ったらいいのか考えあぐねていると、曽根さんがぶっと噴き出すように笑う。
「ちょっと、小林くんのこと言ってるんだけど! 独り言になっちゃうじゃない。ねぇりっか」
矛先を向けられた立花さんは、スケッチブックからは目を反らさずにくすくすとった。
「いやいや、俺はそんなんじゃないし」
「え、なに、無自覚なわけ? あんだけ女子から呼び出しくらってて⁉」
確かに立花さんの言う通り、高校が始まって少ししてからちらほらそんなことが起こっているのは事実だった。付き合ってください、というストレートなものから、RINEのIDを渡されることもあった。
だけど……
「それは……なんというかたぶん違くて……」
中学のときにもなくはなかったけど、単に俺が話しかけやすくて手っ取り早い存在というか……、イケメンだからという話ではないと思っている。実際問題、中学も終盤になるとそう言った告白もほとんどなくなったし。
コイツならいけるだろう、と妥協案的なッポジションで告白されていたような気がする。
「まぁ、本人がどう思ってるかは別として、小林くんも冴木くんもイケメンだよねってみんな言ってるよ」
「はるがイケメンなのは認める」
「そこは素直なんだねぇ。――りっか、もう少し顔上げれる?」
「このくらい?」
「あ、いいねー。その角度キープでよろしく」
曽根さんは喋りながらも、シュッシュッシュッと迷いなく鉛筆を走らせている。
「二人は同中?」
曽根さんが立花さんを「りっか」と呼んでいるのが気になってそう訊ねると、「そうだよ。3年間美術部で一緒だったから仲良し。ね」と返ってきた。
同意を求められて、立花さんは無言で首肯する。集中しているんだろう、ちらっと見た立花さんの春斗に向けられた眼差しは真剣そのものだった。
「なるほど」
だからそんなに描くのが早いんだ、と納得する。
「そういうそちらは中学別々なのに仲いいよね、同居してるって聞いたけど」
「あ、うん。母親同士が学生時代の友人で、子どもの頃よく一緒に遊んでたのもあって」
「幼なじみ……」
それまで会話に入ってこなかった立花さんが唐突にぼそっとつぶやく。
「そうそう、そんな感じ。って言っても、小学校に上がるタイミングではるが引っ越しちゃったから、それ以来つい最近まで一回も会えず仕舞いだったんだけど」
「へぇ」
「……幼なじみ……十年ぶりの再会……からの同居でしかも同クラ……。無自覚系イケメンの攻めと儚げ美形受けの再会同居ラブ? もはや萌要素しかないんだけど……」
「え? ごめん立花さん、なんか言った?」
ぼそぼそと、しかも早口でなにかをつぶやく立花さんに耳を向けるが、「あーいいのいいの小林くん、りっかのこれは独り言だからスルーして」と曽根さんに言われてしまった。
「え、あ、そう?」
ちょっとよくわからないけど、食い下がる程の事でもないか、と再び手元に意識を戻しながら、俺は内心で安堵の息をついた。二人がいい子でよかった。春斗にぐいぐい来られたらどうしようかと心配していたから平和で助かる。
当の春斗は相変わらず人見知りのせいか、相槌を打つ程度で会話には混ざることなく静かに絵を描いている。すごく真剣に、集中して俺を見るからそれはそれで恥ずかしいけど授業なので仕方がないと諦めるしかない。
その後も曽根さんがいい具合に話題を振ってくれたおかげで、美術の時間はあっという間に過ぎて、ラスト15分を残してお披露目会となる。
「うおー! さすが美術部はレベチだなあ」
さすがとしか言わざるを得ない二人の絵を見て、感嘆の声が漏れる。春斗も「すごい……」と息を呑んでいた。
「それに比べて……俺の絵なんて小学生の落書きレベルでごめん、曽根さん」
目で見たものを描く難しさと、俺の絵心のなさを改めて痛感した。
曽根さんは、俺の描いたスケッチブックを顔の横に置いて「どう、似てる?」と立花さんに見せている。周りのグループにも見えてしまうからやめてほしいのだが。
「うん、小林くんの描いた未希ちゃん、味があってとってもいいと思う」
「だよね、私もそう思った! 気に入ったよー」
二人の気遣いのおかげで、情けない気持ちと申し訳ない気持ちが少しだけ減ってくれた。
「はるが描いた俺は、なんか面白いな」
どうやら春斗も絵は苦手らしく、俺と似たり寄ったりの出来だった。目の位置が微妙にずれてて、ちょっとコミカルな仕上がりになっている。
「ごめん、もっとかっこよく描ければよかったんだけど……これが限界だった」
「一生懸命描いてくれてたから嬉しいよ、ありがと。……それにしても……」
と、俺は立花さんのスケッチブックをまじまじと見遣った。立花さんの描いた春斗は、物凄く特徴を捉えていて、春斗のイケメンっぷりが存分に感じられる仕上がりになっている。なのに、立花さんは俺が絵を注視したのを受けてなぜか腰を真っ二つに折って頭を下げた。
「冴木くんの美しさを描き切れず……力不足で申し訳ありません……!」
「そ、そんな……、こんなにかっこよく描いてもらえてすごい嬉しいよ……」
「そうそう! はるの綺麗と可愛いが同居してる感じがよく出ててすごいと思う。この絵俺が欲しいくらい」
「「……」」
一瞬、場が静かになって、3人を見回すと、時が止まったかのようにそれぞれが俺を見て固まっていた。曽根さんは目が虚無ってるし、立花さんは両手で口を覆って感極まったような顔をしてるし、春斗に至っては顔を真っ赤にして目を見張っていた。
「……ふ、ふゆくん、なに言ってんの……」
「え、なんか変なこと言った?」
立花さんにかっこよく描いてもらって照れてるのか、耳まで赤くなった春斗が可愛いな、と思いながら俺は首をかしげる。春斗の絵を褒めただけだから、変なことは言ってないと思うのだが。
「だ、だだだ大丈夫! なにも変なことは言ってないから大丈夫! ね、未希ちゃん!」
「んー、まぁ、そうね。ごちそうさま」
「あ、あの、ふゆくんの今のは、そういうのじゃなくて……」
二人に両手を振って慌てた様子の春斗を、立花さんが「大丈夫」と制止する。
「冴木くん、大丈夫! 私たちちゃんとわかってるから大丈夫!」
「えっ、え……いや、だから違……」
ごちそうさまとか、大丈夫とか、なんの話なのかよくわからなくて、すがるような春斗の視線にも肩をすくめるだけしかできなかった。



