2 side春斗②
10年ぶりの再会によって、10年越しの初恋に終止符を打たれた俺は、ショックのあまりその日のことをよく覚えていない。ふゆくんに女だと思われていたこと、さらに女の俺に恋していて、俺が男だと知ってショックを受けていたことのWパンチだってかなりの大ダメージだったのに……。
『なにが言いたいかと言うと、はるのことをそういう対象で見ることはないから、そこは安心してくれってこと!』
――そういう対象でみることはないから……
好意を抱いている本人から、お前は恋愛対象じゃないと面と向かって宣言されてしまい、再会してものの数分で失恋が確定して打ちのめされてしまった。
ふゆくんなら……あのときと変わらないふゆくんなら久しぶりでも人見知りせずにいられるかな、と思っていたけど、そんなことがあったせいで駄目だった。
もちろん、ふゆくんの両親の怜子さんと秋彦さんにも人見知りを発動させてしまい、心配そうな目を向けられてしまう。それをわかっていても子どもの頃からの性格は簡単には変えられないし、自分の気持ちに整理をつけてどうにか切り替えようと必死で、周りに気を使う余裕がなかった。
それでも、そっけない態度を取る俺に根気強く話しかけてくれるふゆくんのおかげで、どうにか自分から「文具店を教えて欲しいんだけど……」と話しかけることに成功。文房具が必要なのは本当で、ちょっとでも自然に話せるようになれば……と思っただけだったのに、ふゆくんは案内まで申し出てくれた。
正直、そこまでしてくれるとは思っていなくて、二人きりになることに一抹の不安を覚えるもそんなことは杞憂に終わる。
自分も欲しい文房具があるから、っていうのもきっと俺に気を使っての言葉なんだろうな。
俺が焦らないように、自分も文房具を物色しながら付き合ってくれて、俺が散々悩んだ挙句ペンケースを買わなくても嫌な顔どころか、謝る俺に「そんなこと気にしなくていいのに」と笑ってくれた。
連れて行ってくれたケーキの美味しいカフェでは、自分のチーズケーキを分けてくれたけど、味見と言って皿の上に置かれたそれは、一口よりもずっと大きいサイズだった。
子どもの頃となにも変わっていないふゆくんに、胸が締め付けられる。
見た目だってかっこいいのに、優しいなんてずるい。
と、俺は隣でテレビに釘付けになって夕飯を食べるふゆくんをこっそりと盗み見た。
瞳は一重ですっきりとした印象だけれど、ぷっくりとした涙袋のおかげで人好きのする優しい面差しをしているし、ちょっとぽってりとした厚みのある唇が温かみを与えていて、ふゆくんの人となりを如実に表しているようで魅力的だ。
昔のままって言ったら変だけど、俺の記憶の中のふゆくんから幼さが抜けてかっこよく成長していて、一目見た時は胸の高鳴りに息が詰まったほど。
背も170センチの俺よりずっと高くて、すらっとした体は少年から青年へと変わろうとして、ごつごつとした男らしさが顔を覗かせていて魅力的だった。
最近流行りの、韓国人アイドルグループに混ざっても遜色ないくらいのイケメンだ。
「あっ、この動画ユーチュームで見たことある!」
テレビを見て声を上げるふゆくんの横顔は、目をキラキラさせて楽しそう。年相応の少年らしさが感じられて可愛い。
「ちょっと冬璃、食べながら喋らないの」と怜子さんが顔をしかめた。
「はいはい、すみませんでした。――なぁ、はるも見たことあるだろ?」
勢いよくこちらを振り向いたふゆくんとばっちり目が会ってしまい、慌てて反らす。
「う、ううん、俺あんまりユーチューム見ないから……」
「あ、そうなん? じゃぁ普段なにして時間つぶしてんの?」
こっそりと盗み見していた後ろめたさと、急に訊かれて驚いたのとでうまく言葉が出てこなくて「えっと……」としどろもどろになってしまう。ふゆくんはそんなとろい俺を、「ん?」と首をかしげて待ってくれる。ほんのりと目を細めて微笑むと、涙袋がよりぷっくりと存在感を増して雰囲気が柔らかくなる。
「なんだろう……、本読んだりとか……適当に?」
「本って小説? なに系?」
「小説なら、ラノベとかいろいろ」
小説は好きで、ラノベからミステリー、日常系までジャンルは問わない。図書館で借りるのがほとんどだから、ここに来てからは全然読めていないけど。
「ラノベかー、転生系の漫画なら読んだことあるけど小説はないかも。今度おすすめ教えてよ」
「う、うん、わかった。……その、ふゆくんはどんな、」
「ふっ⁉ うわっ、あちっ」
なぜか動揺したふゆくんは、持っていた味噌汁のお椀を落としそうになり、味噌汁がちょっと零れて手にかかってしまった。
「だ、大丈夫⁉」
怜子さんは「もう、なにしてんのよ」と呆れているだけだったけど、俺は急いで冷凍庫から保冷剤を持ってきてふゆくんの手に当てる。やけどは冷やさないとあとで痛いから。
だけどその手は、やんわりとひっこめられ、俺の手から離れていってしまった。
「わ、悪い、はる。ありがと……、でも大丈夫だよやけどしてないから」
「で、でも」
「大丈夫よはるちゃん、ありがとうね。冬璃はオーバーリアクションなだけなの。味噌汁だってもうぬるくなってるもん、やけどなんかしないって。人騒がせなんだから、もう」
本当だろうか、と確認の意を込めて見上げると、ふゆくんはどこか気まずげな表情で頷いて見せる。
「紛らわしくってごめん」
「ううん、全然。ふゆくんがやけどしてなくてよかった」
安堵の言葉とともに口からは、ふぅと溜息が零れた。
「その呼び方懐かしいわねぇ。昔を思い出すわ」
「あっ……!」
しみじみつぶやかれた怜子さんの言葉で俺は自分の失態に気付く。脳内ではもうずっと「ふゆくん」だったから、無意識でそう呼んでしまっていた。いくら好きに呼んでいいと言われたからって、断りもなくそんな昔の呼び方で呼ぶなんて、嫌な思いをさせてしまったらどうしよう。さっきのは、俺にそう呼ばれて驚いたんだ、と遅れて気付いて青ざめた。
さっきとは違う焦りに変な汗が滲む。
「ご、ごめん、勝手に、つい癖で……。普通に冬璃くんて呼ぶね」
「いや! 大丈夫! さっきので全然大丈夫!」
「……ほ、本当に? 無理してない?」
「してないしてない。むしろウェルカムだから」
「そう、なの? じゃ、じゃぁ、ふゆくんて呼ぶね」
社交辞令だとわかっていても嬉しくて、頬が緩む。その後も、お互いになにが好きかとか最近ハマってるものについて訊ね合った。
俺の話なんか面白くもなんともないだろうに、興味津々に聞いてくれるふゆくんの優しさにどうしても胸がときめいてしまう。
今まで彼女がいなかったというのが信じられない。
きっと高校が始まったらあっという間に彼女を作るんだろうな……。
自分に望みがないのはわかっているけど、ふゆくんが誰かと特別な仲になるのはできれば見たくないと思ってしまう。好きな人には幸せになってほしいと思えるほど、気持ちの整理が全然できない。
それどころか、ふゆくんと一緒にいればいるほど心が揺さぶられてしまう。
こんなに優しく接してくれるふゆくんに対して、よこしまな気持ちでいることがよくないことってわかってるのに……。
だけど、10年以上もこじらせた初恋は、そう簡単には忘れさせてくれないみたいだった。
10年ぶりの再会によって、10年越しの初恋に終止符を打たれた俺は、ショックのあまりその日のことをよく覚えていない。ふゆくんに女だと思われていたこと、さらに女の俺に恋していて、俺が男だと知ってショックを受けていたことのWパンチだってかなりの大ダメージだったのに……。
『なにが言いたいかと言うと、はるのことをそういう対象で見ることはないから、そこは安心してくれってこと!』
――そういう対象でみることはないから……
好意を抱いている本人から、お前は恋愛対象じゃないと面と向かって宣言されてしまい、再会してものの数分で失恋が確定して打ちのめされてしまった。
ふゆくんなら……あのときと変わらないふゆくんなら久しぶりでも人見知りせずにいられるかな、と思っていたけど、そんなことがあったせいで駄目だった。
もちろん、ふゆくんの両親の怜子さんと秋彦さんにも人見知りを発動させてしまい、心配そうな目を向けられてしまう。それをわかっていても子どもの頃からの性格は簡単には変えられないし、自分の気持ちに整理をつけてどうにか切り替えようと必死で、周りに気を使う余裕がなかった。
それでも、そっけない態度を取る俺に根気強く話しかけてくれるふゆくんのおかげで、どうにか自分から「文具店を教えて欲しいんだけど……」と話しかけることに成功。文房具が必要なのは本当で、ちょっとでも自然に話せるようになれば……と思っただけだったのに、ふゆくんは案内まで申し出てくれた。
正直、そこまでしてくれるとは思っていなくて、二人きりになることに一抹の不安を覚えるもそんなことは杞憂に終わる。
自分も欲しい文房具があるから、っていうのもきっと俺に気を使っての言葉なんだろうな。
俺が焦らないように、自分も文房具を物色しながら付き合ってくれて、俺が散々悩んだ挙句ペンケースを買わなくても嫌な顔どころか、謝る俺に「そんなこと気にしなくていいのに」と笑ってくれた。
連れて行ってくれたケーキの美味しいカフェでは、自分のチーズケーキを分けてくれたけど、味見と言って皿の上に置かれたそれは、一口よりもずっと大きいサイズだった。
子どもの頃となにも変わっていないふゆくんに、胸が締め付けられる。
見た目だってかっこいいのに、優しいなんてずるい。
と、俺は隣でテレビに釘付けになって夕飯を食べるふゆくんをこっそりと盗み見た。
瞳は一重ですっきりとした印象だけれど、ぷっくりとした涙袋のおかげで人好きのする優しい面差しをしているし、ちょっとぽってりとした厚みのある唇が温かみを与えていて、ふゆくんの人となりを如実に表しているようで魅力的だ。
昔のままって言ったら変だけど、俺の記憶の中のふゆくんから幼さが抜けてかっこよく成長していて、一目見た時は胸の高鳴りに息が詰まったほど。
背も170センチの俺よりずっと高くて、すらっとした体は少年から青年へと変わろうとして、ごつごつとした男らしさが顔を覗かせていて魅力的だった。
最近流行りの、韓国人アイドルグループに混ざっても遜色ないくらいのイケメンだ。
「あっ、この動画ユーチュームで見たことある!」
テレビを見て声を上げるふゆくんの横顔は、目をキラキラさせて楽しそう。年相応の少年らしさが感じられて可愛い。
「ちょっと冬璃、食べながら喋らないの」と怜子さんが顔をしかめた。
「はいはい、すみませんでした。――なぁ、はるも見たことあるだろ?」
勢いよくこちらを振り向いたふゆくんとばっちり目が会ってしまい、慌てて反らす。
「う、ううん、俺あんまりユーチューム見ないから……」
「あ、そうなん? じゃぁ普段なにして時間つぶしてんの?」
こっそりと盗み見していた後ろめたさと、急に訊かれて驚いたのとでうまく言葉が出てこなくて「えっと……」としどろもどろになってしまう。ふゆくんはそんなとろい俺を、「ん?」と首をかしげて待ってくれる。ほんのりと目を細めて微笑むと、涙袋がよりぷっくりと存在感を増して雰囲気が柔らかくなる。
「なんだろう……、本読んだりとか……適当に?」
「本って小説? なに系?」
「小説なら、ラノベとかいろいろ」
小説は好きで、ラノベからミステリー、日常系までジャンルは問わない。図書館で借りるのがほとんどだから、ここに来てからは全然読めていないけど。
「ラノベかー、転生系の漫画なら読んだことあるけど小説はないかも。今度おすすめ教えてよ」
「う、うん、わかった。……その、ふゆくんはどんな、」
「ふっ⁉ うわっ、あちっ」
なぜか動揺したふゆくんは、持っていた味噌汁のお椀を落としそうになり、味噌汁がちょっと零れて手にかかってしまった。
「だ、大丈夫⁉」
怜子さんは「もう、なにしてんのよ」と呆れているだけだったけど、俺は急いで冷凍庫から保冷剤を持ってきてふゆくんの手に当てる。やけどは冷やさないとあとで痛いから。
だけどその手は、やんわりとひっこめられ、俺の手から離れていってしまった。
「わ、悪い、はる。ありがと……、でも大丈夫だよやけどしてないから」
「で、でも」
「大丈夫よはるちゃん、ありがとうね。冬璃はオーバーリアクションなだけなの。味噌汁だってもうぬるくなってるもん、やけどなんかしないって。人騒がせなんだから、もう」
本当だろうか、と確認の意を込めて見上げると、ふゆくんはどこか気まずげな表情で頷いて見せる。
「紛らわしくってごめん」
「ううん、全然。ふゆくんがやけどしてなくてよかった」
安堵の言葉とともに口からは、ふぅと溜息が零れた。
「その呼び方懐かしいわねぇ。昔を思い出すわ」
「あっ……!」
しみじみつぶやかれた怜子さんの言葉で俺は自分の失態に気付く。脳内ではもうずっと「ふゆくん」だったから、無意識でそう呼んでしまっていた。いくら好きに呼んでいいと言われたからって、断りもなくそんな昔の呼び方で呼ぶなんて、嫌な思いをさせてしまったらどうしよう。さっきのは、俺にそう呼ばれて驚いたんだ、と遅れて気付いて青ざめた。
さっきとは違う焦りに変な汗が滲む。
「ご、ごめん、勝手に、つい癖で……。普通に冬璃くんて呼ぶね」
「いや! 大丈夫! さっきので全然大丈夫!」
「……ほ、本当に? 無理してない?」
「してないしてない。むしろウェルカムだから」
「そう、なの? じゃ、じゃぁ、ふゆくんて呼ぶね」
社交辞令だとわかっていても嬉しくて、頬が緩む。その後も、お互いになにが好きかとか最近ハマってるものについて訊ね合った。
俺の話なんか面白くもなんともないだろうに、興味津々に聞いてくれるふゆくんの優しさにどうしても胸がときめいてしまう。
今まで彼女がいなかったというのが信じられない。
きっと高校が始まったらあっという間に彼女を作るんだろうな……。
自分に望みがないのはわかっているけど、ふゆくんが誰かと特別な仲になるのはできれば見たくないと思ってしまう。好きな人には幸せになってほしいと思えるほど、気持ちの整理が全然できない。
それどころか、ふゆくんと一緒にいればいるほど心が揺さぶられてしまう。
こんなに優しく接してくれるふゆくんに対して、よこしまな気持ちでいることがよくないことってわかってるのに……。
だけど、10年以上もこじらせた初恋は、そう簡単には忘れさせてくれないみたいだった。



