俺ときみの、失恋からはじまる恋

side春斗 アイスよりも甘く溶ける君


 コンコン、と控えめなノックに「どうぞ」と声を掛けると、ドアが開いてふゆくんが顔を覗かせた。その手には小さなカップが二つ。
「なぁ、アイス食わねぇ? もう歯磨いちゃった?」
「ううん、まだ。食べたい!」
 甘いものに目がない俺は、食い気味にそう言って、ふゆくんを部屋の中に招く。
 文化祭の日から付き合いだして2週間。
 部活が始まったふゆくんは、案の定毎日忙しくて、放課後も休みの日もほぼ朝から晩まで部活だから、二人きりの時間が全然取れていない。
 ふゆくんも、出遅れた分を取り戻すように練習に励んでいて、毎日本当にへとへとに疲れて帰ってきて大変そう。
 なのにこうして寝るまでの間、少しだけだけど、二人きりの時間をゆっくり取ってくれるのがすごく嬉しい。
「バニラと期間限定ロイヤルミルクティどっちがいい?」
「じゃぁ期間限定で」
 必ず、俺に選ばせてくれるふゆくん。
「だと思った」
 ベッドを背に座布団に並んで座って、カップアイスを二人で食べる。
 なんてことのない時間が、俺を幸せにしてくれる。
 差し出されたアイスを受け取って蓋を開けると、白とベージュのマーブル模様が現れた。
 俺がもたもたしている間にも、ふゆくんは自分のバニラアイスをすくって「はい、はる、あーん」と俺の口に運んでくる。これも、いつものこと。
 餌付けされた雛鳥のようでちょっと恥ずかしいけど、口を開けてスプーンを迎え入れれば、こくのあるバニラ味が口の中に広がった。
「美味しい」
 顔が自然とほころぶ俺を見て、ふゆくんは嬉しそうに目を細めた。ふゆくんのこの顔がすごく好き。目尻が下がって、涙袋がぷっくりして、優しさが滲んだ顔。俺だけに見せてくれる、甘い顔。こんなこと言うと自意識過剰って思われちゃうけど……、ふゆくんが俺を大事に思ってくれてるのがすごく伝わってきて、たまらなく嬉しい。
「ん、俺にもちょうだい」と今度はふゆくんが口を開けて催促する。
「うん、はい、どうぞ」
「ふ、そこは、あーんじゃないの」
「だって……」
 なんか、恥ずかしい。
 と口にするのも恥ずかしくて、照れ隠しに俺はスプーンをふゆくんの口に押し込んだ。
「あ、思ったよりさっぱりしてる」
「そうだね」
 ふゆくんの隣は、穏やかで落ち着く。名前にこそ、冬が入っているけれど、俺にとってふゆくんは、春のひだまりのように暖かで優しい人だ。
 窓を開けただけの、じっとりと蒸した室内では、アイスはみるみる溶けていってしまうのに、これを食べ終わったら、ふゆくんが自分の部屋に帰ってしまうと思うと寂しくて、口に運ぶスプーンがどんどんゆっくりになっていく。
 先に食べ終えたふゆくんは、テーブルの上にカップとスプーンを置いて、にこにこ顔で俺を眺めていたけれど、俺があまりにもちまちま食べているのを不審に思ったのか、「美味しくなかった?」と聞かれた。
「ううん、美味しいけど……」
 理由を言おうか言うまいか、逡巡する。そんな俺もお見通しらしいふゆくんに、「けどなに? 教えて?」と甘く促されてしまえば、もう選択の余地がなくなってしまう。
「食べ終わったら、ふゆくんが行っちゃうと思って……ゆっくり食べてる……」
 自分で言って、顔から火を噴きそうなくらい恥ずかしい。
 心臓がばくばくしてる。
「え、なに、その理由……可愛すぎるんだけどー!」
「わぁっ」
 ぎゅうっと抱きつかれて体勢が崩れ、持っていたアイスを零しそうになった。腰と頭に手を回されて、ぎゅうぎゅうに抱きしめられれば身動きが取れない。
「ふゆくん、食べにくい……」
「やだ、離れない」
 その言葉の通り腕の力は変わらないどころかさらにきつくなってしまったので、俺は仕方なくそのまま残りのアイスを口に運んだ。最後の方はもう溶けてたからジュースみたいに飲み干して。
「ごちそう様でした」
「んー……美味しかったね」
 俺の頭に顔を摺り寄せながらふゆくんが喋るものだから、振動が直に伝わってくるし、俺の頭に回された手が髪の毛を梳くように行ったり来たりしてくすぐったい。
「うん……」
 最近は、隙をみてはふゆくんに抱きしめられている気がする。
 恥ずかしいけど、それよりも嬉しい気持ちの方が数倍上回るから、ついつい俺も甘えてしまう。
 そろそろ寝る時間かなと、しょんぼりしていると、ふゆくんがくんくんと匂いを嗅ぐ仕草をしていることに気付く。
「な、なに」
 もしかして汗臭い?
 とぎょっと身構える。
「はるって、シャンプーもボディソープも俺と一緒の使ってるよな?」
「う、うん、そうだけど?」
「一緒のはずなのに、めっちゃいい匂いするのなんで?」
 くんくんと頭を嗅いで、今度は俺のうなじ辺りに鼻を摺り寄せる。
「んっ……」
 すり、と鼻先が首筋をかすめた瞬間、予期せぬくすぐったさに変な声が漏れ、口を手でふさいだ。
「……今の、なんかエロい」
「くすぐったくて……ひぁぁっ! なっ……、な、今、舐めた⁉」
 首筋に、柔らかい濡れた感触。
 驚いて横を振り向くと、ふゆくんが意地悪い笑みを浮かべていた。
「美味しそうな甘い匂いしたから、味見」
「い、意味わかんな――ん、」
 奪われた唇。驚いている間に、さっき首に感じたのと同じ、柔らかくて熱を持ったそれが唇を割って侵入してきた。
 初めての感覚に逃げ腰になる俺を、ふゆくんの手が阻止する。
 熱くて、柔らかいのに、明確な意思をもって口の中を動くふゆくんの舌に翻弄されるばかり。
「ん……ふぁ……」
 息もうまく吸えなくて、苦しい。
 けれど、甘い痺れに体が喜んでいる。
 ふゆくんに支配されている感覚に陥って、体が言うことを聞いてくれないのに心地よさすら感じて不思議だった。
 熱が、散々口内を貪り尽くして離れていく。それを寂しいと感じる自分に気付いて、今さら恥ずかしさが込み上げてきた。
 すごい……。
 大人のキスをしてしまった……。
 目の前のふゆくんは、陶然とした表情で「あっま」とつぶやいて、もう一度触れるだけの口づけをくれる。
「あー、ずっとこうしてたい。離れたくない」と言いながら、酸欠で力の入らない俺の体をふゆくんの胸に抱き留めてくれた。さっきみたいな激しさはなく、柔らかな抱擁にひたすらに心が安らぎを得る。
「ん、俺も。離れたくない」
 どきどきも、ときめきも、激しく求められるのも、穏やかな心地も、離れ難さも、どれも全部ふゆくんだから感じる気持ち。
 ふゆくんも、俺と同じ気持ちでいてくれたらと願う。
 ふゆくんからたくさんの好きを貰うように、俺もふゆくんにたくさん好きを伝えたい。
 それを、与えて与えられる関係になれたことが、今でも信じられないほどに幸せだった。
「ふゆくん、大好き」
「……あぁもう、はるが可愛すぎてどうしよう……俺、幸せすぎて死ぬかも」
 大げさに喜んでくれる優しいふゆくんが、大好きで愛しくて……、腕を背中に回してぎゅっと抱きしめる。
「――俺も、大好きだよ」
 耳元でそっと囁かれた愛は、さっき食べたアイスよりも甘く熱く俺を溶かした。




















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