5
再び決心した俺は、意を決してしばしの沈黙を破った。
「なぁ、はる」
頬に触れたまま声を掛ければ、春斗は「ん?」と声を上げてこちらを見た。潤んだ大きな瞳はすっかり充血してしまっているけれど、涙の膜がキラキラして綺麗だった。
「俺、はるのことが好きなんだ」
飾り気のない言葉が口から零れ落ちる。言葉にして伝えてしまえば、胸の奥からつぎつぎと温かくて愛おしい感情が込み上げてきた。溢れる感情の奔流に、抗うことなんてできるわけもなく、身を任せるしかできなかった。
「友だちとか、幼なじみとしてももちろん好きだけど、そうじゃなくて……恋愛感情の“好き”で……、できることなら、はると恋人になりたいと思ってる」
目の前の春斗は、ただでさえ大きな瞳をさらに見開いて、驚きのあまり言葉を失っているようだった。
時が止まったかのように微動だにしなかった春斗だけど、潤んだ瞳からダムが決壊するようにまたもや大粒の涙がぽろぽろと頬を伝う。俺はそれをまた指でふき取っていくも間に合わなくて、制服のズボンから取り出したハンカチでそっと押さえるようにして拭ってやる。
「あーごめんな、俺が急にこんなこと言ったから……。はるを困らせるだけだってわかってたんだけどどうしても伝えたくなっちゃってさ」
「ちが……くて……、え? あ、これ、夢?」
泣きながらそう言う春斗がおかしくて、今そんな雰囲気じゃないとわかっていても堪えきれず笑ってしまった。
「ははっ、違うよ、現実だよ」
想像していたような告白ではなかったけど、気持ちを伝えられたことで軽い達成感を味わうくらいには清々しい気持ちでいる自分に少なからず驚く。春斗の表情に、嫌悪が欠片も感じられないのが一番大きいだろう。そのことにほっとして、俺は比較的穏やかに春斗の返事を待った。
「ほ、ホントに? ホントにこれ現実? ふゆくんが、俺のことを……す、す、好き……? え? 俺、男だよ?」
しばらく宙をさまよっていた春斗の視線が、ようやく俺にたどり着いた。それを受け止めて「うん、男のはるが好きだよ」と頷いたのに、それを見た春斗は手で顔を覆ってしまう。
「し、信じられない! だってふゆくん、前に俺のことそういう対象として見ることはないって言った!」
一瞬、そんなこと言ったかな?と記憶を辿ればすぐに思い出した。
確かに言ったな……。
「言ったけど……、あれは、男に初恋とか言われたら気分悪いかなって思ったからで……。それにあのときは正直、男のはるのことを好きになるなんて想像もしなかったんだよ」
本当に、想像もしなかった。
まさか自分が、友情を超えて春斗のことを好きになるなんて。春斗の恋人を望むなんて。
顔を見て気持ちを伝えたいと思った俺は、春斗の両手首を掴んでそっと引いてみる。すると抵抗もなく顔から手が離れていった。見えた顔は、なんというか……照れてるような、困ってるような表情をしていて目が泳いでいた。
下ろした手は、春斗の膝の上でまとめて俺の両手の中に納めた。
「確かに最初は、男だってわかってからも、女の子だと思ってたはるちゃんの面影がかさなってドキドキしてたけど……はるのことを知れば知るほど惹かれていって好きになった。自分よりも俺の好きなことやものを大切にしてくれるところとか、人見知りのくせに、知らない子からの告白にもちゃんと向き合ってあげるところとか、誠実で思いやりのあるはるが好きだよ。……はるも俺と同じ気持ちだったら嬉しい」
伝えたいことの半分も言えていない気がするけど、これが自分の精いっぱいだった。
「俺の気持ち、信じてくれる?」と俯いて視線を泳がせる春斗の顔を覗きこむと、春斗は何度も力強く頷いてくれた。その拍子にまた涙が散る。
「うん……うん……。信じる、しっ……俺も、同じ、だよ。ふゆくんのこと、ずっと好きだった」
「ありが……――え? 好き? 同じ?」
「そうだよ、ふゆくんは俺の初恋で、子どもの時からずっと好きだった! 昔からなにも変わらないふゆくんが好きで好きで――わっ」
涙ながらに好きを伝えてくる春斗が愛しくて、春斗が言い終わるよりも先にその体をかき抱いていた。
腕の中で息を呑む気配を感じたけれど、離したくなくて身じろぐ春斗を逃がさないようぎゅうっと力をこめる。抱きしめた春斗の体は泣いているせいですごく熱くて、夏用の薄い半袖シャツなんかもろともせずに熱が伝わってきた。
「あー、嘘みたい。俺こそ夢見てんのかな? 嬉しすぎるんだけど。――って、はる?」
あまりに腕の中から反応がないから、心配になって仕方なく腕を緩めて体を離すと、顔を真っ赤にして茹で蛸になってる春斗がいた。
「……びっくりしたぁ……」
「ごめん、嬉し過ぎて体が勝手に動いてた」
自分でも、大胆だったなと今になって恥ずかしくなる。
「……」
「……」
二人して赤面して、しばしの沈黙の後、二人同時に吹き出した。
「なんか照れちゃうね」
「ホントはずい」
春斗に同意しながら、俺は立ち上がって春斗の隣に座りなおす。肩と肩が触れあって、ソファの上に置かれた春斗の手に自分の手を重ねた。指を絡ませると、春斗も控えめに握り返してくれる。見つめ合って、また照れ隠しに笑って。
春斗はこつんと俺の肩に頭を凭れさせる。
――なんだこれ、可愛すぎるんだが。
「それにしても、はるの初恋も俺だったなんて、知らなかった」
しかもずっと思い続けてくれていたなんて、飛び上がるほど嬉しい。
改めて、春斗と両想いになったんだと感慨に浸る。じわじわと、嬉しさや喜び、愛おしさ、恥ずかしさなどが胸の奥から押し寄せてきてむず痒かった。
「それはだって、隠してたもん。女だと思われてた挙句、恋愛対象じゃないってトドメ刺されて……ほんっとーにショックだったんだよ」
「ご、ごめんて」
たじろぐ俺を春斗がくすくすと笑う。触れた肩から振動が伝わってきて、幸せな心地に浸る。こんな風に肩を寄せて座るのも、手をつなぐのも、触れるのも、特別だからできることで、それを許されてるというこの状況に胸がいっぱいになった。
勇気を出して想いを伝えてよかった。
可愛いつむじをみてしみじみとしていると、春斗がおずおずとこちらを仰ぎ見た。至近距離で見る春斗の顔は、泣きはらしたせいで目が腫れていてちょっと痛々しい。それでも可愛さを損なわないのはさすがだ。
「もう叶わないんだって諦めてたから、本当に嬉しい」
「うん、俺も。本当は、考査の後に後夜祭の約束して、後夜祭で告白しようと思ってたんだ。……でも、春斗がもう後夜祭を誰かと約束してるって耳にして告白できなかった」
「それはっ、俺もふゆくんを誘うつもりでいたから、『後夜祭を一緒に過ごしたい人はもう決めてるからごめん』って断ったんだよ。そうしたら、すでに約束してることになってるし、ふゆくんに彼女がいるって聞いて……」
「お互いタイミングが悪かったよなぁ。けどまぁ、こうして両想いになれたんだし、いっか」
「うん」と前を向いて頷く春斗の、嬉しそうな横顔は、俺まで嬉しくさせる。
春斗が可愛くて、愛しくて、尊くて、込み上げてくる感情に突き動かされた俺は、その横顔にキスしていた。
抱きしめたときと、同じくらい衝動的に。
「ふぇっ⁉」
キスをした頬を手で押さえ、春斗がこちらを振り向いた。また茹で蛸になって、目を見開いて。信じられないって顔。
「い、今……」
「寝込みを襲われた仕返し」
俺の言葉の意味を理解したのか、春斗は今度は顔を青くする。
「う、うそ……、もしかして、お、お、起きてたの――っ⁈」
春斗のどんな表情も見逃したくなくて、くるくると目まぐるしい百面相を見つめたまま笑った。
「勝手にした俺も悪かったけど……けどっ、寝たフリなんて、し、信じられないっ! ふゆくんの馬鹿!」
怒った春斗が、俺の腕をポカポカと叩く。
本気じゃないから、全然痛くもなんともないけれど。そんな仕草も可愛くて、俺はまた春斗を腕の中に閉じ込めた。
「もぉ」とか「やだ」とか文句を零しながらも、抵抗せずに俺の胸に頬を寄せてくるのがたまらなく愛しくて……。
どちらともなく暑さに音を上げるまでずっと、この上ない幸せに浸りながら春斗を抱きしめていた。
再び決心した俺は、意を決してしばしの沈黙を破った。
「なぁ、はる」
頬に触れたまま声を掛ければ、春斗は「ん?」と声を上げてこちらを見た。潤んだ大きな瞳はすっかり充血してしまっているけれど、涙の膜がキラキラして綺麗だった。
「俺、はるのことが好きなんだ」
飾り気のない言葉が口から零れ落ちる。言葉にして伝えてしまえば、胸の奥からつぎつぎと温かくて愛おしい感情が込み上げてきた。溢れる感情の奔流に、抗うことなんてできるわけもなく、身を任せるしかできなかった。
「友だちとか、幼なじみとしてももちろん好きだけど、そうじゃなくて……恋愛感情の“好き”で……、できることなら、はると恋人になりたいと思ってる」
目の前の春斗は、ただでさえ大きな瞳をさらに見開いて、驚きのあまり言葉を失っているようだった。
時が止まったかのように微動だにしなかった春斗だけど、潤んだ瞳からダムが決壊するようにまたもや大粒の涙がぽろぽろと頬を伝う。俺はそれをまた指でふき取っていくも間に合わなくて、制服のズボンから取り出したハンカチでそっと押さえるようにして拭ってやる。
「あーごめんな、俺が急にこんなこと言ったから……。はるを困らせるだけだってわかってたんだけどどうしても伝えたくなっちゃってさ」
「ちが……くて……、え? あ、これ、夢?」
泣きながらそう言う春斗がおかしくて、今そんな雰囲気じゃないとわかっていても堪えきれず笑ってしまった。
「ははっ、違うよ、現実だよ」
想像していたような告白ではなかったけど、気持ちを伝えられたことで軽い達成感を味わうくらいには清々しい気持ちでいる自分に少なからず驚く。春斗の表情に、嫌悪が欠片も感じられないのが一番大きいだろう。そのことにほっとして、俺は比較的穏やかに春斗の返事を待った。
「ほ、ホントに? ホントにこれ現実? ふゆくんが、俺のことを……す、す、好き……? え? 俺、男だよ?」
しばらく宙をさまよっていた春斗の視線が、ようやく俺にたどり着いた。それを受け止めて「うん、男のはるが好きだよ」と頷いたのに、それを見た春斗は手で顔を覆ってしまう。
「し、信じられない! だってふゆくん、前に俺のことそういう対象として見ることはないって言った!」
一瞬、そんなこと言ったかな?と記憶を辿ればすぐに思い出した。
確かに言ったな……。
「言ったけど……、あれは、男に初恋とか言われたら気分悪いかなって思ったからで……。それにあのときは正直、男のはるのことを好きになるなんて想像もしなかったんだよ」
本当に、想像もしなかった。
まさか自分が、友情を超えて春斗のことを好きになるなんて。春斗の恋人を望むなんて。
顔を見て気持ちを伝えたいと思った俺は、春斗の両手首を掴んでそっと引いてみる。すると抵抗もなく顔から手が離れていった。見えた顔は、なんというか……照れてるような、困ってるような表情をしていて目が泳いでいた。
下ろした手は、春斗の膝の上でまとめて俺の両手の中に納めた。
「確かに最初は、男だってわかってからも、女の子だと思ってたはるちゃんの面影がかさなってドキドキしてたけど……はるのことを知れば知るほど惹かれていって好きになった。自分よりも俺の好きなことやものを大切にしてくれるところとか、人見知りのくせに、知らない子からの告白にもちゃんと向き合ってあげるところとか、誠実で思いやりのあるはるが好きだよ。……はるも俺と同じ気持ちだったら嬉しい」
伝えたいことの半分も言えていない気がするけど、これが自分の精いっぱいだった。
「俺の気持ち、信じてくれる?」と俯いて視線を泳がせる春斗の顔を覗きこむと、春斗は何度も力強く頷いてくれた。その拍子にまた涙が散る。
「うん……うん……。信じる、しっ……俺も、同じ、だよ。ふゆくんのこと、ずっと好きだった」
「ありが……――え? 好き? 同じ?」
「そうだよ、ふゆくんは俺の初恋で、子どもの時からずっと好きだった! 昔からなにも変わらないふゆくんが好きで好きで――わっ」
涙ながらに好きを伝えてくる春斗が愛しくて、春斗が言い終わるよりも先にその体をかき抱いていた。
腕の中で息を呑む気配を感じたけれど、離したくなくて身じろぐ春斗を逃がさないようぎゅうっと力をこめる。抱きしめた春斗の体は泣いているせいですごく熱くて、夏用の薄い半袖シャツなんかもろともせずに熱が伝わってきた。
「あー、嘘みたい。俺こそ夢見てんのかな? 嬉しすぎるんだけど。――って、はる?」
あまりに腕の中から反応がないから、心配になって仕方なく腕を緩めて体を離すと、顔を真っ赤にして茹で蛸になってる春斗がいた。
「……びっくりしたぁ……」
「ごめん、嬉し過ぎて体が勝手に動いてた」
自分でも、大胆だったなと今になって恥ずかしくなる。
「……」
「……」
二人して赤面して、しばしの沈黙の後、二人同時に吹き出した。
「なんか照れちゃうね」
「ホントはずい」
春斗に同意しながら、俺は立ち上がって春斗の隣に座りなおす。肩と肩が触れあって、ソファの上に置かれた春斗の手に自分の手を重ねた。指を絡ませると、春斗も控えめに握り返してくれる。見つめ合って、また照れ隠しに笑って。
春斗はこつんと俺の肩に頭を凭れさせる。
――なんだこれ、可愛すぎるんだが。
「それにしても、はるの初恋も俺だったなんて、知らなかった」
しかもずっと思い続けてくれていたなんて、飛び上がるほど嬉しい。
改めて、春斗と両想いになったんだと感慨に浸る。じわじわと、嬉しさや喜び、愛おしさ、恥ずかしさなどが胸の奥から押し寄せてきてむず痒かった。
「それはだって、隠してたもん。女だと思われてた挙句、恋愛対象じゃないってトドメ刺されて……ほんっとーにショックだったんだよ」
「ご、ごめんて」
たじろぐ俺を春斗がくすくすと笑う。触れた肩から振動が伝わってきて、幸せな心地に浸る。こんな風に肩を寄せて座るのも、手をつなぐのも、触れるのも、特別だからできることで、それを許されてるというこの状況に胸がいっぱいになった。
勇気を出して想いを伝えてよかった。
可愛いつむじをみてしみじみとしていると、春斗がおずおずとこちらを仰ぎ見た。至近距離で見る春斗の顔は、泣きはらしたせいで目が腫れていてちょっと痛々しい。それでも可愛さを損なわないのはさすがだ。
「もう叶わないんだって諦めてたから、本当に嬉しい」
「うん、俺も。本当は、考査の後に後夜祭の約束して、後夜祭で告白しようと思ってたんだ。……でも、春斗がもう後夜祭を誰かと約束してるって耳にして告白できなかった」
「それはっ、俺もふゆくんを誘うつもりでいたから、『後夜祭を一緒に過ごしたい人はもう決めてるからごめん』って断ったんだよ。そうしたら、すでに約束してることになってるし、ふゆくんに彼女がいるって聞いて……」
「お互いタイミングが悪かったよなぁ。けどまぁ、こうして両想いになれたんだし、いっか」
「うん」と前を向いて頷く春斗の、嬉しそうな横顔は、俺まで嬉しくさせる。
春斗が可愛くて、愛しくて、尊くて、込み上げてくる感情に突き動かされた俺は、その横顔にキスしていた。
抱きしめたときと、同じくらい衝動的に。
「ふぇっ⁉」
キスをした頬を手で押さえ、春斗がこちらを振り向いた。また茹で蛸になって、目を見開いて。信じられないって顔。
「い、今……」
「寝込みを襲われた仕返し」
俺の言葉の意味を理解したのか、春斗は今度は顔を青くする。
「う、うそ……、もしかして、お、お、起きてたの――っ⁈」
春斗のどんな表情も見逃したくなくて、くるくると目まぐるしい百面相を見つめたまま笑った。
「勝手にした俺も悪かったけど……けどっ、寝たフリなんて、し、信じられないっ! ふゆくんの馬鹿!」
怒った春斗が、俺の腕をポカポカと叩く。
本気じゃないから、全然痛くもなんともないけれど。そんな仕草も可愛くて、俺はまた春斗を腕の中に閉じ込めた。
「もぉ」とか「やだ」とか文句を零しながらも、抵抗せずに俺の胸に頬を寄せてくるのがたまらなく愛しくて……。
どちらともなく暑さに音を上げるまでずっと、この上ない幸せに浸りながら春斗を抱きしめていた。



