1side春斗⑤
考査最終日、外掃除が終わるタイミングで女子から声を掛けられ、いつものように告白を断ってから教室に戻ると、そこにふゆくんの姿が見つからない。鞄もないところを見ると、先に帰ってしまったのかもしれない。
震えたスマホを開くと、ふゆくんから『ごめん、頭痛いから先に帰ります』というメッセージが入っていて、俺の予想が現実だと知らされる。
「えっ、大丈夫かなぁ」
ふゆくんは片頭痛持ちで、時々頭の痛みを訴える。酷いときは吐き気を催すほどで、見ていて可哀そうなくらいツラそうだった。できることなら付き添って帰りたかったなぁと思うも後の祭りだ。
『大丈夫? 気を付けて帰ってね』
そう短くメッセージを返した俺はその場に立ち尽くす。
――また、なにかやってしまったんだろうか。
言葉にできない不安にたちまち囚われる。
ふゆくんの頭痛を疑っているわけではない。ただ、なんとなく嫌な胸騒ぎがする。
少し前も、なんとなく――ではなく、思いっきり避けられていたから。
うん、あれは完全に避けられてた。
目も合わないし、俺と二人になりたくなるのを極端に嫌がっているのがわかるくらい露骨に。
ふゆくんが俺を避ける理由に全く心当たりがなくて、本当に落ち込んだ。気付かないうちにふゆくんが嫌がるようなことをしてしまったのかもしれないとか、もしかしたら、俺のふゆくんへの好きって気持ちがバレてしまったのかもしれないとか、色んな可能性を手あたり次第考えた。
『俺、なにかした?』とふゆくんに直接聞ける気概を持ち合わせていないため、残念ながら正解は謎のままだった。
『避けてる原因は、冴木くんじゃなくて小林くん自身の問題かもしれないね』
ショック過ぎて半泣きで相談した立花さんは、俺の話を聞いた後、小難しそうな顔でそう言った。けど、ふゆくん自身の問題で俺を避ける理由が、いまいちピンとこなくて俺にはわからない。
結局、付かず離れずの距離感で様子を見よう、ということに落ち着き、許せる限りの時間は立花さんの絵のモデルにあてがうことになった。
ふゆくんとの時間が減ったのはものすごく寂しかったけど、これ以上避けられたり嫌われたりするのはもっと嫌だから我慢だ、と自分に言い聞かせてどうにか過ごしていたんだ。
俺は、勇気を出してやっとこさ取り付けたご飯作りの約束だけを糧に、この考査を乗り切ったと言っても過言ではない。それくらい、楽しみにしている。
テスト最終日となった今日の帰りには、明後日の土曜日になにを作ろうか、ふゆくんが食べたいものを聞き出そうと思っていたけど、それももう無理だろう。
どうかふゆくんの頭痛が早く治りますように。
なにかすっきりする冷たい食べ物でも買って帰ろうかな。
頭を切り替えて、足早に学校を後にした。
結局その日は、ふゆくんは部屋に籠って出てこなくて、顔を見れないまま次の日を迎えた。
『冷蔵庫にレモンのゼリーあるからよかったら食べて』
学校から帰った後にそうメッセージを入れたけど、既読にもならなくて、朝になってようやく『ありがとう』と返事がきた。
「おはよう、ふゆくん。体調はどう?」
「おはよう。寝たら治ったから大丈夫。ゼリーもありがと。俺、宿題学校でやるから、先行くな」
朝、いつもの時間にリビングに現れたふゆくんの姿を見てほっとしたのもつかの間、ふゆくんの返事に俺は固まる。
「え、あ、朝ごはんは?」
「もう食べた。じゃ」
――あ、まただ……。
目を合わせてくれないふゆくんに、猛烈な既視感を感じて胸がすくんだ。
視線だけじゃない、その声音もどこかよそよそしいのだ。
またやってしまった……と、気分がどんどん下降していく。
ソファの上にはすでに鞄も用意されていて、それを手にリビングを後にするふゆくんを「いってらっしゃい」と見送ることしかできなかった。
またしても不穏な雰囲気に頭を抱えつつ、俺も朝食を食べていそいそと学校へ向かう。
真剣に宿題に取り組むふゆくんの姿を視界の端で捉えつつ、自分の席に座り授業の準備をして時間を潰していると信じられない言葉が教室内に響いた。
「おい、こば! お前彼女できたってホントかよ!」
――え……?
耳を疑った。
ふゆくんに、彼女ができた?
ショックのあまり、理解が追い付かなくて言葉を反芻する。その意味を理解しようと必死に頭を動かす。その間にも、教室内は一気に盛り上がっていった。
「えっ、マジ⁉ 誰? この学校?」
「ついにこばが身を固めたかー!」
「うっそー! ショック! 付き合う気ないって言ってたのにー」
「わたしらの癒しが人のものに……」
「え、誰? 相手誰よ?」
男子の興奮する声と女子の悲鳴が飛び交う。ふゆくんと仲のいい男子が周りを囲うように群がり質問攻めにするけれど、当のふゆくんは「うるさいな」と鬱陶しそうにして質問には応えない。
「――おいこば、どういうことだよ、説明しろ」
少し怒ったような、低い声で言ったのは、五十嵐くんだ。教室内が静まり返り、視線が二人に集まる。
「……ここじゃあれだから場所変えよう」
ふゆくんは席を立って五十嵐くんと二人で教室を出ていってしまった。二人の姿が見えなくなってから、静かだった教室内が再びふゆくんの話題で騒がしくなる。もうなにも考えたくなくて、突っ伏して世界を遮断したいと思った矢先、「なぁ」と声がかけられた。
「冴木は知ってたのか?」
「お、俺も今知った……」
たどたどしくそう返せば、話しかけてきた男子は「ふーん」と興味なさげにまた輪の中に戻っていく。
ふゆくんに彼女ができたってだけでもショックなのに、俺はそのことを教えても貰えない程度の存在だったんだと突き付けられたようで半ば呆然としてしまった。避けられていたことも考えれば、やっぱりふゆくんにとって俺はその程度の存在なのかもしれない。
――そっか、彼女、できたんだ。
心の中でつぶやいたら、急に現実味を実感して目頭がじわっと熱を帯びた。
泣きそうになり、俯いて目をぎゅっと閉じる。
叶わない思いだってわかっていたし、時間と共に薄れていくだろうって思っていたのに……。ふゆくんへの気持ちは、一緒にいればいるほど募って膨れていたようで。不意打ちを食らって俺の心が酷く揺さぶられた。
「冴木くん……」
呼ばれて顔をあげると、心配そうな顔の立花さんがいた。俺の気持ちを知っている彼女からしたら、俺がどんな理由で落ち込んでいるかは一目瞭然だろう。そう思ったらもう駄目だった。
「大丈夫?」と聞かれた俺の口からは、情けなくも「大丈夫じゃ、ない……。ちょっと無理かも」と弱音が零れ落ちた。
考査最終日、外掃除が終わるタイミングで女子から声を掛けられ、いつものように告白を断ってから教室に戻ると、そこにふゆくんの姿が見つからない。鞄もないところを見ると、先に帰ってしまったのかもしれない。
震えたスマホを開くと、ふゆくんから『ごめん、頭痛いから先に帰ります』というメッセージが入っていて、俺の予想が現実だと知らされる。
「えっ、大丈夫かなぁ」
ふゆくんは片頭痛持ちで、時々頭の痛みを訴える。酷いときは吐き気を催すほどで、見ていて可哀そうなくらいツラそうだった。できることなら付き添って帰りたかったなぁと思うも後の祭りだ。
『大丈夫? 気を付けて帰ってね』
そう短くメッセージを返した俺はその場に立ち尽くす。
――また、なにかやってしまったんだろうか。
言葉にできない不安にたちまち囚われる。
ふゆくんの頭痛を疑っているわけではない。ただ、なんとなく嫌な胸騒ぎがする。
少し前も、なんとなく――ではなく、思いっきり避けられていたから。
うん、あれは完全に避けられてた。
目も合わないし、俺と二人になりたくなるのを極端に嫌がっているのがわかるくらい露骨に。
ふゆくんが俺を避ける理由に全く心当たりがなくて、本当に落ち込んだ。気付かないうちにふゆくんが嫌がるようなことをしてしまったのかもしれないとか、もしかしたら、俺のふゆくんへの好きって気持ちがバレてしまったのかもしれないとか、色んな可能性を手あたり次第考えた。
『俺、なにかした?』とふゆくんに直接聞ける気概を持ち合わせていないため、残念ながら正解は謎のままだった。
『避けてる原因は、冴木くんじゃなくて小林くん自身の問題かもしれないね』
ショック過ぎて半泣きで相談した立花さんは、俺の話を聞いた後、小難しそうな顔でそう言った。けど、ふゆくん自身の問題で俺を避ける理由が、いまいちピンとこなくて俺にはわからない。
結局、付かず離れずの距離感で様子を見よう、ということに落ち着き、許せる限りの時間は立花さんの絵のモデルにあてがうことになった。
ふゆくんとの時間が減ったのはものすごく寂しかったけど、これ以上避けられたり嫌われたりするのはもっと嫌だから我慢だ、と自分に言い聞かせてどうにか過ごしていたんだ。
俺は、勇気を出してやっとこさ取り付けたご飯作りの約束だけを糧に、この考査を乗り切ったと言っても過言ではない。それくらい、楽しみにしている。
テスト最終日となった今日の帰りには、明後日の土曜日になにを作ろうか、ふゆくんが食べたいものを聞き出そうと思っていたけど、それももう無理だろう。
どうかふゆくんの頭痛が早く治りますように。
なにかすっきりする冷たい食べ物でも買って帰ろうかな。
頭を切り替えて、足早に学校を後にした。
結局その日は、ふゆくんは部屋に籠って出てこなくて、顔を見れないまま次の日を迎えた。
『冷蔵庫にレモンのゼリーあるからよかったら食べて』
学校から帰った後にそうメッセージを入れたけど、既読にもならなくて、朝になってようやく『ありがとう』と返事がきた。
「おはよう、ふゆくん。体調はどう?」
「おはよう。寝たら治ったから大丈夫。ゼリーもありがと。俺、宿題学校でやるから、先行くな」
朝、いつもの時間にリビングに現れたふゆくんの姿を見てほっとしたのもつかの間、ふゆくんの返事に俺は固まる。
「え、あ、朝ごはんは?」
「もう食べた。じゃ」
――あ、まただ……。
目を合わせてくれないふゆくんに、猛烈な既視感を感じて胸がすくんだ。
視線だけじゃない、その声音もどこかよそよそしいのだ。
またやってしまった……と、気分がどんどん下降していく。
ソファの上にはすでに鞄も用意されていて、それを手にリビングを後にするふゆくんを「いってらっしゃい」と見送ることしかできなかった。
またしても不穏な雰囲気に頭を抱えつつ、俺も朝食を食べていそいそと学校へ向かう。
真剣に宿題に取り組むふゆくんの姿を視界の端で捉えつつ、自分の席に座り授業の準備をして時間を潰していると信じられない言葉が教室内に響いた。
「おい、こば! お前彼女できたってホントかよ!」
――え……?
耳を疑った。
ふゆくんに、彼女ができた?
ショックのあまり、理解が追い付かなくて言葉を反芻する。その意味を理解しようと必死に頭を動かす。その間にも、教室内は一気に盛り上がっていった。
「えっ、マジ⁉ 誰? この学校?」
「ついにこばが身を固めたかー!」
「うっそー! ショック! 付き合う気ないって言ってたのにー」
「わたしらの癒しが人のものに……」
「え、誰? 相手誰よ?」
男子の興奮する声と女子の悲鳴が飛び交う。ふゆくんと仲のいい男子が周りを囲うように群がり質問攻めにするけれど、当のふゆくんは「うるさいな」と鬱陶しそうにして質問には応えない。
「――おいこば、どういうことだよ、説明しろ」
少し怒ったような、低い声で言ったのは、五十嵐くんだ。教室内が静まり返り、視線が二人に集まる。
「……ここじゃあれだから場所変えよう」
ふゆくんは席を立って五十嵐くんと二人で教室を出ていってしまった。二人の姿が見えなくなってから、静かだった教室内が再びふゆくんの話題で騒がしくなる。もうなにも考えたくなくて、突っ伏して世界を遮断したいと思った矢先、「なぁ」と声がかけられた。
「冴木は知ってたのか?」
「お、俺も今知った……」
たどたどしくそう返せば、話しかけてきた男子は「ふーん」と興味なさげにまた輪の中に戻っていく。
ふゆくんに彼女ができたってだけでもショックなのに、俺はそのことを教えても貰えない程度の存在だったんだと突き付けられたようで半ば呆然としてしまった。避けられていたことも考えれば、やっぱりふゆくんにとって俺はその程度の存在なのかもしれない。
――そっか、彼女、できたんだ。
心の中でつぶやいたら、急に現実味を実感して目頭がじわっと熱を帯びた。
泣きそうになり、俯いて目をぎゅっと閉じる。
叶わない思いだってわかっていたし、時間と共に薄れていくだろうって思っていたのに……。ふゆくんへの気持ちは、一緒にいればいるほど募って膨れていたようで。不意打ちを食らって俺の心が酷く揺さぶられた。
「冴木くん……」
呼ばれて顔をあげると、心配そうな顔の立花さんがいた。俺の気持ちを知っている彼女からしたら、俺がどんな理由で落ち込んでいるかは一目瞭然だろう。そう思ったらもう駄目だった。
「大丈夫?」と聞かれた俺の口からは、情けなくも「大丈夫じゃ、ない……。ちょっと無理かも」と弱音が零れ落ちた。



