3
「俺、春斗に告白しようと思う」
いつもの昼休み、郁実と五十嵐に俺の決意を伝えた。
振られて気まずくなるのは嫌だし、怖い。だけど、気持ちを伝えないでそばにいるのは、なんだか違う気がして、悩みに悩んだ挙句、告白しようと決めた。
「おぉー! かっけー!」
「すげーじゃん冬璃! 応援する!」
「あ、ありがと」
なんか改めて言葉にするとめちゃくちゃ恥ずかしくて、照れ隠しに頭をかいた。
「あっ、じゃぁさ、後夜祭で告るのどう?」
五十嵐の提案の意図を測りかねた俺は、「後夜祭?」と聞き返す。
「そう、文化祭の夜にやる後夜祭で毎年打ち上げ花火を上げるんだけど、そこで花火を見ながら告白したり気持ちを伝えたりすると成功して、末永く付き合えるってジンクスがあるんだって」
バレー部の先輩が言っていたと五十嵐が付け足すと、郁実も思い出したように「あぁ言ってたかも」と頷いた。
「へぇ、そんなのあるんだな。文化祭って考査の2週間後だっけ」
今からだと一か月近く先になるけど、考査後も文化祭の準備でてんやわんやだろうから、それでいいかもしれない。別にジンクスを信じているわけではないけど……。
普通に春斗と花火を一緒に見たいと思った。
「うん、けど、先輩が言うには考査後から後夜祭の約束争奪戦が始まるらしい。前もって一緒に見ようって約束しとくんだって」
初耳なことばかりで俺は頷くしかない。
「そっか……じゃぁ、考査終わったら誘ってみようかな」
週末に料理の約束もあるから、そのときにタイミングを見計らって誘ってみよう。
気持ちを告げるそのときを想像して、すでに緊張でどうにかなりそうだった。
なんて言おう、どのタイミングで言おう。
できれば文化祭も一緒に回りたい。
振られても、楽しい思い出になるだろうか。けど緊張して文化祭を楽しむどころじゃなくなりそうな気もする。
――なんて、どきどきもやもやしながらもテスト勉強に勤しんでいたら、あっという間に考査が終わった。
最終日の最後の試験の終わりを告げる鐘が鳴った瞬間、教室内の張りつめた空気が霧散して一転、解放感で溢れかえった。
掃除を終えて帰ろうとしたら教室に春斗の姿がなく、外掃除からまだ帰ってきていないみたいだったから郁実に借りていた問題集を返しに隣のクラスに行く。春斗が帰ってきて、先に帰ったと思われないように、鞄は机の上に置いておいた。
「郁実」
入口から声を掛けると、すぐに気付いた郁実がこちらへ近寄ってくる。「さんきゅーな」と言って、差し出された手の上に問題集を乗せた。
「テストどうだった?」
「まぁまぁかな」
「おー、余裕そうじゃん。俺は平均いけばいっかなーって感じ」
それより、と郁実が声を潜めて顔を寄せてくる。なんと言われるのか予想がついて、恥ずかしくなる。
「いよいよだろ、頑張れよ」
「お、おう……」
「――ねぇ、聞いてー! 冴木くん、後夜祭もう約束済みなんだってー!」
校内放送並みにデカい声で、女子生徒二人が俺たちの横を通り抜けていった。手で顔を覆って俯いた女子を、もう一人の女子が促すようにして寄り添っている。泣いているのが一目でわかるほどに悲壮感が漂っていた。
きっとたった今、春斗を後夜祭に誘って、断られたんだ。
言葉とその状況から答えがつながる。
その意味を理解した途端、手足から急激に体温が奪われていった。地面が崩れ落ちるような足元がすくむ感覚に、力を入れていないと膝から頽れてしまいそうで、思わず入口のドアを掴む。
郁実が泣いていない方の女子に声を掛けた。
「な、なぁ、その冴木って、春斗のこと?」
一縷の望みに掛けたくなるも、それは一瞬で砕かれてしまう。
「そう、隣のクラスの。もうショックー。祐実元気出してぇ」と泣き止まない女子生徒の背中を擦った。
それをなんとなく眺めたまま動けないでいる俺に、郁実の視線が向けられる。
「もう誘った、とか?」
「……違う、俺じゃない……」
春斗を誘ったのは、俺じゃない。
「え、じゃぁ誰……」
「わからないけど……立花さんじゃないか……」
その名前しか浮かばなかった。
回らない頭で考える。
後夜祭を一緒に過ごす相手がいるってことは、そういう関係かそういう関係になる相手だということはほぼ確定なわけで……。つまり、俺のつけ入る隙なんかなくて、告白しても100%振られるの確定ってこと。
そう考えただけで、絶望的な気持ちに襲われて悪寒が走る。
――あ、そっか。俺、期待してたんだ……。
告白はただの自己満足で、ただ自分の気持ちにけりをつけたいだけだと思ってたのに。振られることが決まった途端、突き落とされたような気になったのは、心のどこかで春斗と付き合えるかもしれないって期待してたってことだ。
春斗が自分に懐いてるからって、一緒にいるのが好きって言われただけで舞い上がって、勘違いして。
ただの馬鹿だ。
自分のあまりにも浅はかな考えに笑いそうになり、ぐっと歯を食いしばる。
「冬璃……告白、するよな……?」
「……え……わかんない……。郁実、俺、どうしたらいいかな……」
そんなこと聞かれたって郁実も困るだけなのに。頭が上手く回らないまま、泣き言を口にしていた。
心配そうな郁実を部活に押しやって、俺は教室に戻った。春斗がまだ戻っていないのを確認すると、鞄を手に足早に教室を後にした。RINEで頭が痛いから先に帰ると謝罪のメッセージだけ送って。
昇降口でローファーに履き替えていると、名前を呼ばれた。見覚えのある女子生徒が鞄を手に立っていた。
「私のこと、覚えてる?」と自分を指さして言う。
「城田さん、だよね。同じ中学だった」
「うわ、ありがとー! 嬉しい! あのさ、5分だけ話せる?」
この流れは告白だろうな。
正直今は誰かの相手なんてできる精神状態じゃななかったけど、ここで断るのも気が引けて仕方なく「5分なら」と了承した。
靴に履き替えて一緒に外に出ると、城田さんは職員用玄関の方に向かう。西向きのそこは、人の出入りが少ない上、校舎からも死角になるため生徒たちの間では告り場なんて呼ばれている。
「私たち、中学のとき同じクラスになったことないのによく覚えてたね」
同じバレー部の男子で彼女のことを好きだったヤツが居たから、とは言えず「まぁ……」と濁した。その男子――矢野は結局告白できずに卒業を迎えて、最後までうじうじして周りから「当たって砕けろよ!」とつつかれていた記憶がある。俺も同じようなことを思ってたけど、今なら矢野の気持ちが痛いほどよくわかった。
誰だって、受け取ってもらえるかどうかわからないのに自分の思いを相手にぶつけるのは怖い。
砕かれるとわかっているのなら、なおさら。
ふと立ち止まり、くるりとこちらに向き直った城田さんは、真っ直ぐに俺を見た。
「あのね、中学のときからずっと好きだったの。私と、文化祭一緒に回ってくれない?」
文化祭、か……。
考えたくもないそれに、心がどんよりと暗闇に引っ張られるのをどうにか堪える。今の自分の状況は、城田さんには関係のないことだと頭を切り替えた。
目の前の彼女は、堂々としてかっこよくて眩しくもある。
断られるかもしれないのに、こうして自分の気持ちを伝えられるなんて本当にすごいと思う。
いざ、自分がその立場になって初めて、これまで自分に告白してきてくれた人たちの勇気を思うと、尊敬の念に堪えなかった。
こんな情けない自分を好きだと言って貰えることは、きっと奇跡に近いことなんだろうな、と頭の片隅で感じながら、俺は彼女から目を離さないで口を開いた。
「ありがとう――」
「俺、春斗に告白しようと思う」
いつもの昼休み、郁実と五十嵐に俺の決意を伝えた。
振られて気まずくなるのは嫌だし、怖い。だけど、気持ちを伝えないでそばにいるのは、なんだか違う気がして、悩みに悩んだ挙句、告白しようと決めた。
「おぉー! かっけー!」
「すげーじゃん冬璃! 応援する!」
「あ、ありがと」
なんか改めて言葉にするとめちゃくちゃ恥ずかしくて、照れ隠しに頭をかいた。
「あっ、じゃぁさ、後夜祭で告るのどう?」
五十嵐の提案の意図を測りかねた俺は、「後夜祭?」と聞き返す。
「そう、文化祭の夜にやる後夜祭で毎年打ち上げ花火を上げるんだけど、そこで花火を見ながら告白したり気持ちを伝えたりすると成功して、末永く付き合えるってジンクスがあるんだって」
バレー部の先輩が言っていたと五十嵐が付け足すと、郁実も思い出したように「あぁ言ってたかも」と頷いた。
「へぇ、そんなのあるんだな。文化祭って考査の2週間後だっけ」
今からだと一か月近く先になるけど、考査後も文化祭の準備でてんやわんやだろうから、それでいいかもしれない。別にジンクスを信じているわけではないけど……。
普通に春斗と花火を一緒に見たいと思った。
「うん、けど、先輩が言うには考査後から後夜祭の約束争奪戦が始まるらしい。前もって一緒に見ようって約束しとくんだって」
初耳なことばかりで俺は頷くしかない。
「そっか……じゃぁ、考査終わったら誘ってみようかな」
週末に料理の約束もあるから、そのときにタイミングを見計らって誘ってみよう。
気持ちを告げるそのときを想像して、すでに緊張でどうにかなりそうだった。
なんて言おう、どのタイミングで言おう。
できれば文化祭も一緒に回りたい。
振られても、楽しい思い出になるだろうか。けど緊張して文化祭を楽しむどころじゃなくなりそうな気もする。
――なんて、どきどきもやもやしながらもテスト勉強に勤しんでいたら、あっという間に考査が終わった。
最終日の最後の試験の終わりを告げる鐘が鳴った瞬間、教室内の張りつめた空気が霧散して一転、解放感で溢れかえった。
掃除を終えて帰ろうとしたら教室に春斗の姿がなく、外掃除からまだ帰ってきていないみたいだったから郁実に借りていた問題集を返しに隣のクラスに行く。春斗が帰ってきて、先に帰ったと思われないように、鞄は机の上に置いておいた。
「郁実」
入口から声を掛けると、すぐに気付いた郁実がこちらへ近寄ってくる。「さんきゅーな」と言って、差し出された手の上に問題集を乗せた。
「テストどうだった?」
「まぁまぁかな」
「おー、余裕そうじゃん。俺は平均いけばいっかなーって感じ」
それより、と郁実が声を潜めて顔を寄せてくる。なんと言われるのか予想がついて、恥ずかしくなる。
「いよいよだろ、頑張れよ」
「お、おう……」
「――ねぇ、聞いてー! 冴木くん、後夜祭もう約束済みなんだってー!」
校内放送並みにデカい声で、女子生徒二人が俺たちの横を通り抜けていった。手で顔を覆って俯いた女子を、もう一人の女子が促すようにして寄り添っている。泣いているのが一目でわかるほどに悲壮感が漂っていた。
きっとたった今、春斗を後夜祭に誘って、断られたんだ。
言葉とその状況から答えがつながる。
その意味を理解した途端、手足から急激に体温が奪われていった。地面が崩れ落ちるような足元がすくむ感覚に、力を入れていないと膝から頽れてしまいそうで、思わず入口のドアを掴む。
郁実が泣いていない方の女子に声を掛けた。
「な、なぁ、その冴木って、春斗のこと?」
一縷の望みに掛けたくなるも、それは一瞬で砕かれてしまう。
「そう、隣のクラスの。もうショックー。祐実元気出してぇ」と泣き止まない女子生徒の背中を擦った。
それをなんとなく眺めたまま動けないでいる俺に、郁実の視線が向けられる。
「もう誘った、とか?」
「……違う、俺じゃない……」
春斗を誘ったのは、俺じゃない。
「え、じゃぁ誰……」
「わからないけど……立花さんじゃないか……」
その名前しか浮かばなかった。
回らない頭で考える。
後夜祭を一緒に過ごす相手がいるってことは、そういう関係かそういう関係になる相手だということはほぼ確定なわけで……。つまり、俺のつけ入る隙なんかなくて、告白しても100%振られるの確定ってこと。
そう考えただけで、絶望的な気持ちに襲われて悪寒が走る。
――あ、そっか。俺、期待してたんだ……。
告白はただの自己満足で、ただ自分の気持ちにけりをつけたいだけだと思ってたのに。振られることが決まった途端、突き落とされたような気になったのは、心のどこかで春斗と付き合えるかもしれないって期待してたってことだ。
春斗が自分に懐いてるからって、一緒にいるのが好きって言われただけで舞い上がって、勘違いして。
ただの馬鹿だ。
自分のあまりにも浅はかな考えに笑いそうになり、ぐっと歯を食いしばる。
「冬璃……告白、するよな……?」
「……え……わかんない……。郁実、俺、どうしたらいいかな……」
そんなこと聞かれたって郁実も困るだけなのに。頭が上手く回らないまま、泣き言を口にしていた。
心配そうな郁実を部活に押しやって、俺は教室に戻った。春斗がまだ戻っていないのを確認すると、鞄を手に足早に教室を後にした。RINEで頭が痛いから先に帰ると謝罪のメッセージだけ送って。
昇降口でローファーに履き替えていると、名前を呼ばれた。見覚えのある女子生徒が鞄を手に立っていた。
「私のこと、覚えてる?」と自分を指さして言う。
「城田さん、だよね。同じ中学だった」
「うわ、ありがとー! 嬉しい! あのさ、5分だけ話せる?」
この流れは告白だろうな。
正直今は誰かの相手なんてできる精神状態じゃななかったけど、ここで断るのも気が引けて仕方なく「5分なら」と了承した。
靴に履き替えて一緒に外に出ると、城田さんは職員用玄関の方に向かう。西向きのそこは、人の出入りが少ない上、校舎からも死角になるため生徒たちの間では告り場なんて呼ばれている。
「私たち、中学のとき同じクラスになったことないのによく覚えてたね」
同じバレー部の男子で彼女のことを好きだったヤツが居たから、とは言えず「まぁ……」と濁した。その男子――矢野は結局告白できずに卒業を迎えて、最後までうじうじして周りから「当たって砕けろよ!」とつつかれていた記憶がある。俺も同じようなことを思ってたけど、今なら矢野の気持ちが痛いほどよくわかった。
誰だって、受け取ってもらえるかどうかわからないのに自分の思いを相手にぶつけるのは怖い。
砕かれるとわかっているのなら、なおさら。
ふと立ち止まり、くるりとこちらに向き直った城田さんは、真っ直ぐに俺を見た。
「あのね、中学のときからずっと好きだったの。私と、文化祭一緒に回ってくれない?」
文化祭、か……。
考えたくもないそれに、心がどんよりと暗闇に引っ張られるのをどうにか堪える。今の自分の状況は、城田さんには関係のないことだと頭を切り替えた。
目の前の彼女は、堂々としてかっこよくて眩しくもある。
断られるかもしれないのに、こうして自分の気持ちを伝えられるなんて本当にすごいと思う。
いざ、自分がその立場になって初めて、これまで自分に告白してきてくれた人たちの勇気を思うと、尊敬の念に堪えなかった。
こんな情けない自分を好きだと言って貰えることは、きっと奇跡に近いことなんだろうな、と頭の片隅で感じながら、俺は彼女から目を離さないで口を開いた。
「ありがとう――」



