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うちの高校は、一般的な高校と少し行事が変わっていて、学力考査も中間・期末ではなく、学校独自に区切られたタームで一回行われる。そして、文化祭が7月に開催される都合で、入学後初めての学力考査は6月に実施されるのだ。
そう、5月ももう終わりに近づいた今、考査まであと残すところ2週間を切っていた。
「なぁテスト勉強やってる? 俺なんもやってないんだけどー!」
昼休み、五十嵐が悲愴な声を上げる。
俺は食べ終わった弁当を片付けながら、「まぁぼちぼち」と返す。照りつける日差しの中、俺たちは中庭の大きな桜の木の木陰というベスポジを陣取っていたおかげで比較的快適な昼休みを過ごしていた。それでも気温は高くて、肌には汗が滲んでいる。時折吹くそよ風が、熱を持った体に優しい。
「俺は、一夜漬けタイプなんでー、来週から」と郁実。
「まじかー。俺も腹括らんとかなぁ。やだなぁテスト。テストなんてこの世から消えてなくなればいいのに」
「部活でへろへろになった後に勉強とか無理」
「マジそれな。部活の後帰ったら、飯食って風呂入るのでHPぎりだから」
「わかるわー」
「あ、そうだ、部活といえば、俺、バレー部入ることにしたから、よろしく」
「えっ! まじ!」
「うん、顧問の白井先生と相談して、考査明けから」
先日決まったことをしれっと二人に伝えると、「よっしゃー!」とか雄たけびを上げてガッツポーズで喜んでくれてた。またこの二人と一緒にバレーができると思うと今からわくわくする。
「冴木のおかげだな」
「うん……。二人も、藤本のことありがとな」
「春斗のやつ、喜んだだろ」
「あー……、いや、それがまだ言ってなくて」
「はぁ? 冗談だろ、おい」
嘘でも冗談でもなく、春斗にはまだ言えていない。本当なら一番に伝えるべき相手だったのに……。
考査が近いからという、体のいい理由にかこつけて、春斗との接触を避けていた。
気持ちを自覚してしまってからどうにも意識してしまい、平常心でいられなくて……、目も合わせられなければ、会話もままならない。明らかに挙動不審。
初恋を拗らせた乙女か。
いや、初恋だし拗らせまくってるんだけれども。
好きな人がそばにいるって、ヤバい。
今まで、はるちゃんへ恋心を抱いていたときは、物理的に離れていたし直接の連絡も一切なかったから、正直「恋」している実感がなかった。今でいう推しとかアイドルに憧れるような、そんな感じだったから……。
恋がこんなにも自分をおかしくするなんて知らなかった。
近くにいるだけでドキドキが止まらないし、体中の全神経が春斗に集中してる感じ。ずっとドキドキしっぱなしで、全然休まらないのに、それでもそばにいられることに喜びを感じている。
でも、二人きりはしんどい。心臓がもたない。
まさにジレンマ。板挟み状態。相反する感情が同時に生まれて、俺を困惑させる。
先週の土日も、本当は春斗と一緒に料理をする約束をしていたのに、結局お腹の調子が悪いと嘘をついて反故にしてしまった。
『気にしないで。またいつでもいいんだし……。それよりゆっくり休んで早く治して』
謝る俺に、春斗はそんな優しい言葉をかけてくれるから、余計に罪悪感が募った。
春斗も俺の態度の変わり様に少なからずなにか感じているのか、ここのところ口数も少ない気がする。
「なに、喧嘩でもしてんの? いや、お前らに限ってそれはないか」
「いや、それがさぁ……」
かくかくしかじか。
ついこの間、自分の気持ちを自覚してからのあれこれを簡潔に二人に伝える。
「なぁ、俺どうしたらいいか……もうわけわかんなくて」
自分自身の気持ちの変化についていけず、春斗にまで気を遣わせてしまっている現状が耐えられなくて、俺はとうとう二人に助けを求めてしまった。
自分が同性を好きになったと、打ち明けることに抵抗がないはずもなく。話している間、緊張で震えそうになる手を膝の上できつく握りしめていた。
だけど多分、この二人なら大丈夫……。
そう信じたい自分と、もう限界の自分とが合わさって胸のうちを吐露する結果になった。
一通り話し終わると沈黙が訪れ、手元を見つめたまま顔をあげられない。
「なるほど、ここ最近のこばの挙動不審は恋煩いだったわけかー」
「めちゃくちゃ納得」
二人して的を得ているようなそうでないような反応を返されて、なんだか拍子抜けした俺はようやく二人の顔を見れた。いつもと変わらない表情に心底安堵して、体から力が抜けていくのを感じる。
「やっぱりおかしかった……?」
「うん、あからさますぎだった。なんかあったんだろうなとは思ったけど、その理由がまさか恋だとはなー」
二人にバレバレだったとは……、俺ってそんなにわかりやすいんだろうか。
「てかさ……、二人とも驚かないわけ? 同性が好きとか言われて……」
なんだか普通に恋バナのテンションで進む会話に、思わず聞くと二人ともあっけらかんとして首を傾げた。
「んー。まぁ、驚いたといえば驚いたけど……。冬璃がどんな人を好きだとしても冬璃は冬璃だし、なぁ」
「それはそう。それに俺は、親戚に同性とパートナーシップ交わしてる人いるから免疫ある」
「お、おぉ……そうなんだ」
身近に居るとやっぱり抵抗ないものなんだな。
「で、どうしたらいいって話だったよな」
「う、うん」
ごくり唾を飲み込んで二人の言葉を待つ。
「そんなの、アレしかないよなぁ、郁実」
五十嵐が郁実に視線を移し、それを受けて郁実もニヤリとしながら「だよなぁ」と同意する。
焦らされているとわかり、ふくれっ面で二人を睨んで「アレってなんだよ」と先を促せば、二人して同時に言った。
「「告白だろ!」」
うちの高校は、一般的な高校と少し行事が変わっていて、学力考査も中間・期末ではなく、学校独自に区切られたタームで一回行われる。そして、文化祭が7月に開催される都合で、入学後初めての学力考査は6月に実施されるのだ。
そう、5月ももう終わりに近づいた今、考査まであと残すところ2週間を切っていた。
「なぁテスト勉強やってる? 俺なんもやってないんだけどー!」
昼休み、五十嵐が悲愴な声を上げる。
俺は食べ終わった弁当を片付けながら、「まぁぼちぼち」と返す。照りつける日差しの中、俺たちは中庭の大きな桜の木の木陰というベスポジを陣取っていたおかげで比較的快適な昼休みを過ごしていた。それでも気温は高くて、肌には汗が滲んでいる。時折吹くそよ風が、熱を持った体に優しい。
「俺は、一夜漬けタイプなんでー、来週から」と郁実。
「まじかー。俺も腹括らんとかなぁ。やだなぁテスト。テストなんてこの世から消えてなくなればいいのに」
「部活でへろへろになった後に勉強とか無理」
「マジそれな。部活の後帰ったら、飯食って風呂入るのでHPぎりだから」
「わかるわー」
「あ、そうだ、部活といえば、俺、バレー部入ることにしたから、よろしく」
「えっ! まじ!」
「うん、顧問の白井先生と相談して、考査明けから」
先日決まったことをしれっと二人に伝えると、「よっしゃー!」とか雄たけびを上げてガッツポーズで喜んでくれてた。またこの二人と一緒にバレーができると思うと今からわくわくする。
「冴木のおかげだな」
「うん……。二人も、藤本のことありがとな」
「春斗のやつ、喜んだだろ」
「あー……、いや、それがまだ言ってなくて」
「はぁ? 冗談だろ、おい」
嘘でも冗談でもなく、春斗にはまだ言えていない。本当なら一番に伝えるべき相手だったのに……。
考査が近いからという、体のいい理由にかこつけて、春斗との接触を避けていた。
気持ちを自覚してしまってからどうにも意識してしまい、平常心でいられなくて……、目も合わせられなければ、会話もままならない。明らかに挙動不審。
初恋を拗らせた乙女か。
いや、初恋だし拗らせまくってるんだけれども。
好きな人がそばにいるって、ヤバい。
今まで、はるちゃんへ恋心を抱いていたときは、物理的に離れていたし直接の連絡も一切なかったから、正直「恋」している実感がなかった。今でいう推しとかアイドルに憧れるような、そんな感じだったから……。
恋がこんなにも自分をおかしくするなんて知らなかった。
近くにいるだけでドキドキが止まらないし、体中の全神経が春斗に集中してる感じ。ずっとドキドキしっぱなしで、全然休まらないのに、それでもそばにいられることに喜びを感じている。
でも、二人きりはしんどい。心臓がもたない。
まさにジレンマ。板挟み状態。相反する感情が同時に生まれて、俺を困惑させる。
先週の土日も、本当は春斗と一緒に料理をする約束をしていたのに、結局お腹の調子が悪いと嘘をついて反故にしてしまった。
『気にしないで。またいつでもいいんだし……。それよりゆっくり休んで早く治して』
謝る俺に、春斗はそんな優しい言葉をかけてくれるから、余計に罪悪感が募った。
春斗も俺の態度の変わり様に少なからずなにか感じているのか、ここのところ口数も少ない気がする。
「なに、喧嘩でもしてんの? いや、お前らに限ってそれはないか」
「いや、それがさぁ……」
かくかくしかじか。
ついこの間、自分の気持ちを自覚してからのあれこれを簡潔に二人に伝える。
「なぁ、俺どうしたらいいか……もうわけわかんなくて」
自分自身の気持ちの変化についていけず、春斗にまで気を遣わせてしまっている現状が耐えられなくて、俺はとうとう二人に助けを求めてしまった。
自分が同性を好きになったと、打ち明けることに抵抗がないはずもなく。話している間、緊張で震えそうになる手を膝の上できつく握りしめていた。
だけど多分、この二人なら大丈夫……。
そう信じたい自分と、もう限界の自分とが合わさって胸のうちを吐露する結果になった。
一通り話し終わると沈黙が訪れ、手元を見つめたまま顔をあげられない。
「なるほど、ここ最近のこばの挙動不審は恋煩いだったわけかー」
「めちゃくちゃ納得」
二人して的を得ているようなそうでないような反応を返されて、なんだか拍子抜けした俺はようやく二人の顔を見れた。いつもと変わらない表情に心底安堵して、体から力が抜けていくのを感じる。
「やっぱりおかしかった……?」
「うん、あからさますぎだった。なんかあったんだろうなとは思ったけど、その理由がまさか恋だとはなー」
二人にバレバレだったとは……、俺ってそんなにわかりやすいんだろうか。
「てかさ……、二人とも驚かないわけ? 同性が好きとか言われて……」
なんだか普通に恋バナのテンションで進む会話に、思わず聞くと二人ともあっけらかんとして首を傾げた。
「んー。まぁ、驚いたといえば驚いたけど……。冬璃がどんな人を好きだとしても冬璃は冬璃だし、なぁ」
「それはそう。それに俺は、親戚に同性とパートナーシップ交わしてる人いるから免疫ある」
「お、おぉ……そうなんだ」
身近に居るとやっぱり抵抗ないものなんだな。
「で、どうしたらいいって話だったよな」
「う、うん」
ごくり唾を飲み込んで二人の言葉を待つ。
「そんなの、アレしかないよなぁ、郁実」
五十嵐が郁実に視線を移し、それを受けて郁実もニヤリとしながら「だよなぁ」と同意する。
焦らされているとわかり、ふくれっ面で二人を睨んで「アレってなんだよ」と先を促せば、二人して同時に言った。
「「告白だろ!」」



