ポテチ、チョコ、クッキー、グミ、駄菓子。
 色とりどりのパッケージを眺めながら頭を悩ませていると、笑い声が俺の耳に届く。そちらを振り向くと、買い物カートを押してこちらにやってくる春斗の姿があった。
 少しダボっとした白のTシャツに細めのジーンズというシンプルなスタイルの春斗と、スーパーの買い物カートという組み合わせが新鮮で目が引き寄せられる。
 もちろん、俺だけじゃなくて、周囲の買い物客もしかり。すれ違う人みんな春斗を二度見していくくらい、春斗の容姿は人目を惹いた。
「すごい悩んでる」
 苦笑しながら俺の隣に立ち、春斗も一緒にお菓子の陳列棚を眺める。その横顔は、相変わらず非の打ち所がないくらいに綺麗だ。
 感情表現に乏しい春斗は、普段外であまり笑顔を見せない。
 この整った顔が、くしゃりとした可愛い笑顔になるのを俺は知っている。
 俺しか知らない、春斗の表情(かお)
 ただそれだけのことが、俺に優越感を与えてくれる。
 スーパーで買い物をする春斗だって、学校の奴らは知らない。一緒に住んでて、幼なじみの俺だから見れる姿だ。
「や、なんかいっぱいありすぎて、逆に選べないっていうか」
「わかる。俺の場合、散々悩んだ挙句、結局いつもと同じやつになっちゃうかな」
「はるは冒険しない派か。あ、トマト缶あったんだ。ありがと」
 かごの中に買い忘れていたトマト缶を見つけて礼を言う。
 休日の今日は、母親に頼まれて春斗と二人でスーパーに買い出しに来ていた。
 買い出しの対価はお菓子。一人二つまで。
 小学生じゃないんだからと思いながらも、春斗と一緒ならどこでも楽しいだろうと取引に応じたわけだけど。
 ――めちゃくちゃ楽しかった。
 買い出しのメモを二人で見て、お互い慣れないスーパーでどこにあるのか、これであってるのか、こっちの方が安いとかあーだこーだ言いながら商品を探すのが、探検しているみたいで楽しかった。
 こんなに楽しいなら、毎週買い出しに来たっていいくらいだ。
「俺はやっぱりタケノコにしようかなぁ」と、はるが四角い箱のお菓子に手を伸ばす。
「え、俺もそれにしようと思ってたんだけど!」
「ふゆくんもタケノコ派?」
「そう、ちょっと前まではきのこだったけど、ここ最近はタケノコ派。でもどっちも好き」
 思いがけず派閥が一緒だと知り、自然と頬が緩む。
「一緒だね。じゃぁ、きのことタケノコ両方買って半分こするとかどう?」
「お、いいね。じゃぁ、一個ずつ買って……あともう一個どうすっかなー。やっぱ甘いの買ったからしょっぱいのかなぁ。はるは決まってる?」
「うーん……じゃぁ、俺はじゃがいこにする」
「あ、なら俺は普通にポテチののりしおで決まり。ジュースも買ったし、帰ったらお菓子パーティしようぜ」
「楽しそう!」
 にっこりと笑みを浮かべ、可愛さマックスの春斗からカートを奪い取り、レジへと急いだ。

「それにしても、春斗が料理できるの意外だったな」
 帰宅して早速買ってきたお菓子やジュースをソファの前のローテーブルに広げながら、しみじみと感じ入った。買い出しの最中に、「片栗粉ってなんだ?」となった俺に春斗が用途を教えてくれたのだ。その流れで春斗が料理をするという新情報にたどり着き、俺は驚いた。
 俺自身が料理とは無縁の生活を送ってきたのもあり、心底感心してしまう。
「なんか子どもの頃から母さんの手伝いをさせられてたらしくて、それが体に染みついちゃったっていうか……。中学でも帰宅部だったから、手持無沙汰でなんとなく今に至るって感じ」
「へぇ。はるの作ったご飯食べてみたいな」
「いや、上手ってわけじゃないし、全然大したもの作れないから」
 春斗は顔を真っ赤にして両手を振る。
 こんなにイケメンで可愛いのに、謙虚なんだよな。
 そこがまた、春斗の魅力なんだけど。もう少し自分に自信を持ってもいいとも思う。
「じゃぁ、料理教えてよ」
 春斗の手料理を食べてみたいし、エプロンをつけて料理している姿も見てみたいと思った俺は思いつきでそんな提案をする。
 料理に興味はからっきしないけれど、春斗と一緒ならなんでも面白いと思えてしまうから不思議だ。それこそ今日の買い出しみたいに。
「お、俺に作れる料理でよければ、いいけど……」
「なんでもいいよ。はるの一番好きな料理とかでもいいし」
「わかった。じゃぁ……来週にでもやる?」
 本当は明日にでも決行したいくらいだったけど、あまりがっついて引かれても嫌だからそれで手を打った。来週にも楽しみな約束が出来て、すでに待ち遠しくなった。
「さ、食べよ。あ、ハマプラで転ドラの最新話出てたから流すか」
 追いきれないアニメやドラマを、休日に春斗と一緒に見るのが最近のブーム。春斗が読んでいる小説のアニメを俺も見ていたのがわかってから、時間を見ては一緒に見ていた。ちなみに転ドラは、転生ものの先駆けとなった大人気ラノベだ。
「この前はるにおすすめしてもらったラノベ、面白かった。続きってある?」
「あれ面白いよね! 続編は出てないんだけど、ネットで続き読めるからURL送るね」
「お、サンキュー」
 ソファに肩を並べて座って、こんな風に他愛のないやり取りをして、同じものを共有して笑いあう時間が好きだ。
 穏やかな時間に心が癒される。
 中学3年間ずっと部活一筋でやってきて、土日も長期休みもこんな風に家で過ごすなんてことがなかった。だから、高校で部活をやらないと決めてから、休みの日をどう過ごせばいいかと心配してたのが馬鹿みたいなくらい、今が充実している。
 ただ、やっぱり嫌いになって辞めたわけではないから、郁実や五十嵐たちの楽しそうな姿を見ると、羨ましいなと思うこともあった。
 それでも自分がこんなに穏やかな気持ちで居られるのは、春斗のおかげだと思う。
 なんて感慨にふけっていると、春斗が体をこちらに向けるように座りなおして俺を呼んだ。
 見ればちょっと思いつめたような、真剣そうな表情をしている。
「あ、あのさ……ちょっと話したいんだけど、いい?」
「ん、なに?」
 いつになく緊張した面持ちの春斗に、映画を一時停止して俺も座りなおす。ぴりっとした空気に、不安が胸をかすめた。