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「小林選手、週間告白最多記録更新おめでとうございます!」
教室に戻るなり飛んできた五十嵐の野次に、教室内が沸く。ひゅーひゅーと指笛を鳴らす男子までいる。女子たちからちらちら向けられる視線もいたたまれない。
「いやー、スポ大のご活躍で一気に株が上がりましたね」
「一番人気の冴木選手を押さえて暫定一位に躍り出た今のお気持ちをどうぞ!」
なぜか俺の席に座っている五十嵐がエアマイクを差し出してくる。それを手で払いのけ、深い深い溜息をお返ししておいた。
こいつらの言う通り、今しがた女子から呼び出しを受けて、告白されていたのは本当だった。
さらに、先週行われたスポーツ大会で、昔取った杵柄で本気になってバレーを楽しんだせいで悪目立ちをしてしまったらしい。さっきの女子生徒も「バレーしてる姿がかっこよかったです!」と言ってくれたっけ……。
ゴールデンウィーク明け、高校生活一発目のイベントでもあるスポーツ大会が終わってひと段落したと思ったら、急にやってきた告白ラッシュに俺はほとほと疲れ果てていた。
もちろん、好意を向けられて悪い気はしない。
でも、告白を断るって、結構……いやかなりしんどい。
緊張した面持ちの相手を見るだけで俺まで緊張してしまうし、傷つけるとわかっていて返事をするのも、傷ついた顔を見るのも辛い。泣かれるのはもっとしんどい。
「告られて浮かない顔してんの腹立つなー」
「どうせまたお断りしたんだろ」
「これだからイケメンは」
そんな俺の心労を知らない男子たちは、嫌味まじりにからかってくる。
「お前らが茶化すからだろ。大体俺がはるよりモテるなんてそんなわけないし」
そうだ、春斗の方が断然かっこよくて可愛くて綺麗なんだから。高嶺の花だと、尻込みしている女子だっているに違いない。
「なんで俺が告られるのか、謎」
俺はそもそも、周りからイケメンだなんて言われる類じゃない。
「中学の時だってモテてなかったの知ってるだろ?」と、俺の中学時代を知る五十嵐に証言させようと話を振れば、奴は目を瞠り大仰に両手を上げて肩をすくめてみせた。
「あーやだやだ、これだから無自覚イケメンきらーい。こばが『好きな人がいるから』って片っ端から断るから中学の後半は女子たちも諦めてただけですー」
そんな話は初耳だ。今度は俺が目を瞠る番になる。そんな俺を見て五十嵐は「それすらも知らなかったとか草」とジト目で睨まれた。
いや、どうせ五十嵐が大げさに言っているだけだろう。「はいはいすみませんね」と話を適当に流して、とりあえず俺の席から五十嵐をどかす。
「まじかー……。小林はイケメンなのに気安くて良いヤツだと思ってたけど、やっぱ嫌い!」
「え、なにもしてないのにひどい!」
男子たちの冗談に傷ついた振りでおどけながらも、俺の意識はずっと違う方へと向いていた。
俺の席の、二列隣で三つ前の席。
右斜め前方に、春斗がいる。
ゴールデンウィーク明けに行われた席替えで、俺たちは席が離れてしまったのだ。
後ろを振り向けば、すぐに春斗の顔が見れて話せていたあの距離が恋しい。
たった数歩の距離しか離れていないのに、ものすごく遠く感じる。
現に今も、俺たち男子のバカ騒ぎには目もくれず、春斗はまた隣の席になった立花さんとスマホを覗き込みながらなにやら楽しそうに話していた。
ここ最近、二人の距離が急激に縮まり、休み時間にこうして二人でわいわいしてることが増えた。わいわい、と言っても二人とも大人しいから大きな声で話したり騒いだりはなく、ただ二人で談笑しているだけだけど……。
春斗が、俺以外のクラスメイトと仲良く話すのはすごくいいことなのに、胸の中がもやもやした感情で埋め尽くされていく。
「あー、最近仲いいよな、あの二人」
まだいた五十嵐が俺の隣でかがんで、前方の二人を見る。その声音は、好奇の色に満ちていて明らかに楽しんでいるのが顔を見なくてもわかった。
「もしかして付き合っちゃったりしてー?」
「それはないだろ」
「え、なんで?」
「だって、はるは……」
――女子が苦手だから。
そう言いかけてすんでのところで口を噤む。
子どもの頃から人見知りが激しく、特に女子が苦手だと本人から聞いたけれど、果たしてそれを春斗の許可なしに俺がほかの人に言っていいのかどうかわからなかった。
言いかけてやめた俺を、五十嵐が「おい、なんだよ」と先をせがむので、怪しまれないように違う理由を口にした。
「だって、今は誰とも付き合う気はないって断ってるじゃん」
これまでの告白だって、そう言って断ってるって。それは本人の口からも聞いたし、振られた女子経由で校内では周知の事実だ
「そんなのわかんないじゃん、気が変わる可能性だってあるだろうし。立花さんのこと知って好きになっちゃうかもじゃん? 冴木が女子とあんな楽しそうに喋ってんの初めて見たもん」
五十嵐のその言葉に、ガツンと頭を殴られたような衝撃を食らった。
一瞬目の前が真っ白になって、俺は目を見開いたまま呆然自失となる。
五十嵐の不審そうな視線を頬に感じ、なにか言わなくてはと我に返ったところでちょうどチャイムが鳴り、五十嵐は席に戻っていった。
一ミリたりとも頭に入らなかった数学の授業を終え、昼食の入った通学鞄を手にしたところで春斗が俺の前にやってきた。つい今しがたまで俺の脳内を占拠していた人物の登場に、体がビクリと強張ってしまった。
それを悟られないように、「今日どこで食べようか」と笑顔を向けるも、春斗は申し訳なさそうな顔で「ごめん」と謝罪を口にする。どうしたのか、聞こうとするよりも早く春斗が言った。
「お昼に立花さんのスケッチに付き合うことになったから、今日は一緒に食べれないんだ」
「え……」
スケッチって、付き合うってなに?
なんで春斗が付き合うの?
昼飯食べ終わってからじゃだめなの?
口からこぼれそうになった言葉を飲み込んで、貼り付けた笑顔のまま頷く。
「あ、あぁ、わかった。じゃ、また後でな」
「急でごめんね。じゃぁ」
くるりと踵を返して、春斗が向かったのは、もちろん立花さんのもとで……。
笑顔で春斗に話しかける彼女を見ていたら、ふいに目が合いそうになり慌てて逸らす。
たぶん俺、今すごく嫌な顔してる。
それを見られたくなくて、俺は五十嵐に声をかけて早々に教室を後にした。
「小林選手、週間告白最多記録更新おめでとうございます!」
教室に戻るなり飛んできた五十嵐の野次に、教室内が沸く。ひゅーひゅーと指笛を鳴らす男子までいる。女子たちからちらちら向けられる視線もいたたまれない。
「いやー、スポ大のご活躍で一気に株が上がりましたね」
「一番人気の冴木選手を押さえて暫定一位に躍り出た今のお気持ちをどうぞ!」
なぜか俺の席に座っている五十嵐がエアマイクを差し出してくる。それを手で払いのけ、深い深い溜息をお返ししておいた。
こいつらの言う通り、今しがた女子から呼び出しを受けて、告白されていたのは本当だった。
さらに、先週行われたスポーツ大会で、昔取った杵柄で本気になってバレーを楽しんだせいで悪目立ちをしてしまったらしい。さっきの女子生徒も「バレーしてる姿がかっこよかったです!」と言ってくれたっけ……。
ゴールデンウィーク明け、高校生活一発目のイベントでもあるスポーツ大会が終わってひと段落したと思ったら、急にやってきた告白ラッシュに俺はほとほと疲れ果てていた。
もちろん、好意を向けられて悪い気はしない。
でも、告白を断るって、結構……いやかなりしんどい。
緊張した面持ちの相手を見るだけで俺まで緊張してしまうし、傷つけるとわかっていて返事をするのも、傷ついた顔を見るのも辛い。泣かれるのはもっとしんどい。
「告られて浮かない顔してんの腹立つなー」
「どうせまたお断りしたんだろ」
「これだからイケメンは」
そんな俺の心労を知らない男子たちは、嫌味まじりにからかってくる。
「お前らが茶化すからだろ。大体俺がはるよりモテるなんてそんなわけないし」
そうだ、春斗の方が断然かっこよくて可愛くて綺麗なんだから。高嶺の花だと、尻込みしている女子だっているに違いない。
「なんで俺が告られるのか、謎」
俺はそもそも、周りからイケメンだなんて言われる類じゃない。
「中学の時だってモテてなかったの知ってるだろ?」と、俺の中学時代を知る五十嵐に証言させようと話を振れば、奴は目を瞠り大仰に両手を上げて肩をすくめてみせた。
「あーやだやだ、これだから無自覚イケメンきらーい。こばが『好きな人がいるから』って片っ端から断るから中学の後半は女子たちも諦めてただけですー」
そんな話は初耳だ。今度は俺が目を瞠る番になる。そんな俺を見て五十嵐は「それすらも知らなかったとか草」とジト目で睨まれた。
いや、どうせ五十嵐が大げさに言っているだけだろう。「はいはいすみませんね」と話を適当に流して、とりあえず俺の席から五十嵐をどかす。
「まじかー……。小林はイケメンなのに気安くて良いヤツだと思ってたけど、やっぱ嫌い!」
「え、なにもしてないのにひどい!」
男子たちの冗談に傷ついた振りでおどけながらも、俺の意識はずっと違う方へと向いていた。
俺の席の、二列隣で三つ前の席。
右斜め前方に、春斗がいる。
ゴールデンウィーク明けに行われた席替えで、俺たちは席が離れてしまったのだ。
後ろを振り向けば、すぐに春斗の顔が見れて話せていたあの距離が恋しい。
たった数歩の距離しか離れていないのに、ものすごく遠く感じる。
現に今も、俺たち男子のバカ騒ぎには目もくれず、春斗はまた隣の席になった立花さんとスマホを覗き込みながらなにやら楽しそうに話していた。
ここ最近、二人の距離が急激に縮まり、休み時間にこうして二人でわいわいしてることが増えた。わいわい、と言っても二人とも大人しいから大きな声で話したり騒いだりはなく、ただ二人で談笑しているだけだけど……。
春斗が、俺以外のクラスメイトと仲良く話すのはすごくいいことなのに、胸の中がもやもやした感情で埋め尽くされていく。
「あー、最近仲いいよな、あの二人」
まだいた五十嵐が俺の隣でかがんで、前方の二人を見る。その声音は、好奇の色に満ちていて明らかに楽しんでいるのが顔を見なくてもわかった。
「もしかして付き合っちゃったりしてー?」
「それはないだろ」
「え、なんで?」
「だって、はるは……」
――女子が苦手だから。
そう言いかけてすんでのところで口を噤む。
子どもの頃から人見知りが激しく、特に女子が苦手だと本人から聞いたけれど、果たしてそれを春斗の許可なしに俺がほかの人に言っていいのかどうかわからなかった。
言いかけてやめた俺を、五十嵐が「おい、なんだよ」と先をせがむので、怪しまれないように違う理由を口にした。
「だって、今は誰とも付き合う気はないって断ってるじゃん」
これまでの告白だって、そう言って断ってるって。それは本人の口からも聞いたし、振られた女子経由で校内では周知の事実だ
「そんなのわかんないじゃん、気が変わる可能性だってあるだろうし。立花さんのこと知って好きになっちゃうかもじゃん? 冴木が女子とあんな楽しそうに喋ってんの初めて見たもん」
五十嵐のその言葉に、ガツンと頭を殴られたような衝撃を食らった。
一瞬目の前が真っ白になって、俺は目を見開いたまま呆然自失となる。
五十嵐の不審そうな視線を頬に感じ、なにか言わなくてはと我に返ったところでちょうどチャイムが鳴り、五十嵐は席に戻っていった。
一ミリたりとも頭に入らなかった数学の授業を終え、昼食の入った通学鞄を手にしたところで春斗が俺の前にやってきた。つい今しがたまで俺の脳内を占拠していた人物の登場に、体がビクリと強張ってしまった。
それを悟られないように、「今日どこで食べようか」と笑顔を向けるも、春斗は申し訳なさそうな顔で「ごめん」と謝罪を口にする。どうしたのか、聞こうとするよりも早く春斗が言った。
「お昼に立花さんのスケッチに付き合うことになったから、今日は一緒に食べれないんだ」
「え……」
スケッチって、付き合うってなに?
なんで春斗が付き合うの?
昼飯食べ終わってからじゃだめなの?
口からこぼれそうになった言葉を飲み込んで、貼り付けた笑顔のまま頷く。
「あ、あぁ、わかった。じゃ、また後でな」
「急でごめんね。じゃぁ」
くるりと踵を返して、春斗が向かったのは、もちろん立花さんのもとで……。
笑顔で春斗に話しかける彼女を見ていたら、ふいに目が合いそうになり慌てて逸らす。
たぶん俺、今すごく嫌な顔してる。
それを見られたくなくて、俺は五十嵐に声をかけて早々に教室を後にした。



