4 side春斗④
その日は日直当番の日で、放課後に運悪く担任に頼まれごとを押し付けられてしまい、同じ日直の立花さんと一緒に、担任の担当教科である社会の準備室で作業をすることになった。
頼まれごとは、授業で使う資料を方眼紙に大きく描いてほしい、というなんともアナログなものだ。美術部でもある立花さんが最初に下絵を描いてくれたので、それを清書していくだけでよさそうで助かった。
「このマジックのこの面全体を使ってなぞってもらえると嬉しい」
「わ、わかった」
美術の授業で、俺の絵心が皆無だと知っている立花さんの的確な指示が非常に心強い。
依頼してきた担任の猪瀬先生は、指示だけして早々にどこかへ消えたので、今は二人きりだ。
女子と二人きり、という緊張してしまうシチュエーションだけど、立花さんとの日直はこれで二度目なのと、美術で似顔絵を描いたときに少し話したことも相まってそれほど緊張せずに済んだ。
「立花さん、部活は大丈夫だった?」
猪瀬先生に頼まれたときも、文句も言わずに引き受けていた立花さん。部活はないのかなと思ったら、同じ美術部の曽根さんが「先行ってるわよー」と声をかけていたのできっと部活はあるのだろう。
「全然大丈夫。美術部は活動は基本個人だから出なくても誰にも迷惑かけないし、今は課題とかコンクールとかもないから」
「俺が一人でできればよかったんだけど……ごめんね」
「冴木くんが謝ることじゃないってー! そもそもこれを生徒にやらせる猪瀬先生が悪い。こんなのディスプレイ使って拡大してくれればいいのにさぁ。……冴木くんこそ、小林くんと一緒に帰れなくなっちゃって、寂しいよね」
「うぇっ?」
図星を刺されて狼狽えた俺の口から、変な声が出る。
「あ、いや、違くて、……寂しいとか、そんなことは……。そ、そもそも、家に帰れば居るわけだし……、その……」
毎日登下校を一緒にしているのだ、たった一日くらい一緒に帰れないからと言って、寂しいなんて普通の友だちなら思わない。
立花さんに変な風に思われてしまわないよう、早く否定しなくてはと慌ててそう付け加えるも、完璧に挙動の怪しい人物になってる。テンパって、顔が熱くなる。顔が赤くなってるだろうことが、見なくてもわかって、どうしようもない羞恥心が込み上げた。
「冴木くん?」
一人でこんなに慌ててるなんて、肯定してるようなものだ。
どうしよう、このままだと怪しまれてしまうと焦れば焦るほど、体中の熱が顔に集まってくるばかりで、どうにもならなくなった俺は、立花さんの問いかけに答えられず、両手で顔を押さえて「うわぁ……」と呻いた。
普段、ふゆくん以外の人とこんな風に話す機会もなく、ましてやふゆくん関連の話題になるなんて予想していなかった俺は、突然のことに処理能力が限界を超えてしまったようだ。
「はは……俺なんでこんなテンパってんだろ……はず……」
どうにか取り繕うも、不安はなくならなくて顔をあげられないでいると、ふふふと軽やかな笑い声が耳に届いた。
その笑い声が、なんというか……優しくて、俺は顔から手を離す。恐る恐る見遣った立花さんの顔も優し気で、ほんの少し緊張が和らいだ。
――のも束の間、立花さんの口から放たれた言葉に、一瞬で固まる。
「小林くんのこと、好きなんだね」
「――いやっ、だから違、って、好きだけどそれは友だ」
「わかってるから大丈夫! それに、私は壁だから口は固いし、誰にも言ったりしないって約束するから安心して!」
「か、かべ? え……なに?」
色んな感情にかき混ぜられて混乱している所に、立花さんがわけの分からないワードを口にするものだから余計に混乱する。目を白黒させる俺に、彼女は満面の笑顔で言った。
「私、同性愛に偏見ないし。むしろ好きっていうか……あ、私のことはどうでもよくて。とにかく、私は二人のこと応援してるから!」
立花さんは、キラキラと期待を込めたような眼差しでこちらを見上げる。その表情からは、嫌悪感や不快感といった感情は見出せない。それに、どこか嬉しそうではあるけれど、馬鹿にしたような、または騙そうとしているような雰囲気も微塵も感じられない。
立花さんのことはそんなに知らないけど……、彼女の真っ直ぐな瞳は信じても良いような気がしたんだ。
それに……、きっと俺自身も、ふゆくんへの気持ちを持て余していたのも事実で……。
誰かに聞いてほしいけど、話せる相手もいなかったし、このまま誰にも知られることなく俺の初恋は終わるものだと思っていた。
もしかしたら、誰かに言いたい、聞いてほしいと思うあまり、心のどこかでいっそのこと見つかってしまいたい、と願う自分がいたのかもしれない。
俺がふゆくんを好きって前提で言葉を連ねられ、もうごまかせないと悟った俺は、そんな気持ちもありつつ、逡巡したのち否定することを諦めた。
俺がふゆくんに片思い中であることと、ふゆくんに迷惑をかけたくないから誰にも言わないでもらえると嬉しい、と言うことを簡潔に伝えると立花さんは力強く頷いてくれた。
「……立花さんは、男が男を……なんて、気持ち悪いとか思わないの?」
「全然思わない。私、SNSで同性愛者のインフルエンサーフォローしてるんだけど、その人たちってお互いのことをめちゃくちゃ大切にしてて、本当に幸せそうで……、誰かを好きになるのに性別なんて関係ないんだなって思うし、見てる私まで幸せな気持ちになるんだからすごいよね。私もいつか、そんな風に愛せる相手に出会いたいなーって思いながら見てるんだ」
それに、と彼女は続ける。
「人を好きな気持ちって、綺麗なものだと私は思うから。冴木くんのその気持ちを、気持ち悪いなんて絶対に思わない」
「立花さん……ありがとう……」
彼女の優しくて温かな言葉と真っ直ぐで誠実な視線に胸が震える。
自分が、ふゆくんへの気持ちが恋愛感情だと認めることはイコール自分がマイノリティだと認めることだった。
自分の性的嗜好に戸惑いがなかったと言えばうそになる。
そうだと知って、ネットで検索したり図書館でこっそりそういう系の本を読んで調べたりもした。
いくらLGBTQ2+という言葉が広まって、性の多様性を認めようという風潮があっても、そう簡単に偏見や差別はなくならないし、日本ではやっぱり肩身が狭いのが現実で。
マイノリティに属する自分は、こそこそしながら生きていくんだろう、と思ってた。
だから、こうして同年代で自分を否定しない、容認してくれる人に出会えたことに、そこはかとない喜びが込み上げてくる。
「ありがとうなんて、感謝されるようなことなにもしてないよ。むしろ壁のくせに口出してごめんなさいだし、五体投地したいくらいいつも供給ありがとうございますだからこちらこそ感謝してるの!」
「……なんて?」
またしても聞き取れない単語が出てきて頭の中にはてなマークが生まれるも、「冴木くんは気にしなくていいの!」の一点張りで俺は頷くしかない。
「これからもそのままでいてくれれば最&高だから大丈夫」
にこにこと満足そうな彼女に、それ以上口を出すことは憚られた俺は、「さ、早くこれ終わらせて帰ろう!」と促されて再び作業に戻った。
その日は日直当番の日で、放課後に運悪く担任に頼まれごとを押し付けられてしまい、同じ日直の立花さんと一緒に、担任の担当教科である社会の準備室で作業をすることになった。
頼まれごとは、授業で使う資料を方眼紙に大きく描いてほしい、というなんともアナログなものだ。美術部でもある立花さんが最初に下絵を描いてくれたので、それを清書していくだけでよさそうで助かった。
「このマジックのこの面全体を使ってなぞってもらえると嬉しい」
「わ、わかった」
美術の授業で、俺の絵心が皆無だと知っている立花さんの的確な指示が非常に心強い。
依頼してきた担任の猪瀬先生は、指示だけして早々にどこかへ消えたので、今は二人きりだ。
女子と二人きり、という緊張してしまうシチュエーションだけど、立花さんとの日直はこれで二度目なのと、美術で似顔絵を描いたときに少し話したことも相まってそれほど緊張せずに済んだ。
「立花さん、部活は大丈夫だった?」
猪瀬先生に頼まれたときも、文句も言わずに引き受けていた立花さん。部活はないのかなと思ったら、同じ美術部の曽根さんが「先行ってるわよー」と声をかけていたのできっと部活はあるのだろう。
「全然大丈夫。美術部は活動は基本個人だから出なくても誰にも迷惑かけないし、今は課題とかコンクールとかもないから」
「俺が一人でできればよかったんだけど……ごめんね」
「冴木くんが謝ることじゃないってー! そもそもこれを生徒にやらせる猪瀬先生が悪い。こんなのディスプレイ使って拡大してくれればいいのにさぁ。……冴木くんこそ、小林くんと一緒に帰れなくなっちゃって、寂しいよね」
「うぇっ?」
図星を刺されて狼狽えた俺の口から、変な声が出る。
「あ、いや、違くて、……寂しいとか、そんなことは……。そ、そもそも、家に帰れば居るわけだし……、その……」
毎日登下校を一緒にしているのだ、たった一日くらい一緒に帰れないからと言って、寂しいなんて普通の友だちなら思わない。
立花さんに変な風に思われてしまわないよう、早く否定しなくてはと慌ててそう付け加えるも、完璧に挙動の怪しい人物になってる。テンパって、顔が熱くなる。顔が赤くなってるだろうことが、見なくてもわかって、どうしようもない羞恥心が込み上げた。
「冴木くん?」
一人でこんなに慌ててるなんて、肯定してるようなものだ。
どうしよう、このままだと怪しまれてしまうと焦れば焦るほど、体中の熱が顔に集まってくるばかりで、どうにもならなくなった俺は、立花さんの問いかけに答えられず、両手で顔を押さえて「うわぁ……」と呻いた。
普段、ふゆくん以外の人とこんな風に話す機会もなく、ましてやふゆくん関連の話題になるなんて予想していなかった俺は、突然のことに処理能力が限界を超えてしまったようだ。
「はは……俺なんでこんなテンパってんだろ……はず……」
どうにか取り繕うも、不安はなくならなくて顔をあげられないでいると、ふふふと軽やかな笑い声が耳に届いた。
その笑い声が、なんというか……優しくて、俺は顔から手を離す。恐る恐る見遣った立花さんの顔も優し気で、ほんの少し緊張が和らいだ。
――のも束の間、立花さんの口から放たれた言葉に、一瞬で固まる。
「小林くんのこと、好きなんだね」
「――いやっ、だから違、って、好きだけどそれは友だ」
「わかってるから大丈夫! それに、私は壁だから口は固いし、誰にも言ったりしないって約束するから安心して!」
「か、かべ? え……なに?」
色んな感情にかき混ぜられて混乱している所に、立花さんがわけの分からないワードを口にするものだから余計に混乱する。目を白黒させる俺に、彼女は満面の笑顔で言った。
「私、同性愛に偏見ないし。むしろ好きっていうか……あ、私のことはどうでもよくて。とにかく、私は二人のこと応援してるから!」
立花さんは、キラキラと期待を込めたような眼差しでこちらを見上げる。その表情からは、嫌悪感や不快感といった感情は見出せない。それに、どこか嬉しそうではあるけれど、馬鹿にしたような、または騙そうとしているような雰囲気も微塵も感じられない。
立花さんのことはそんなに知らないけど……、彼女の真っ直ぐな瞳は信じても良いような気がしたんだ。
それに……、きっと俺自身も、ふゆくんへの気持ちを持て余していたのも事実で……。
誰かに聞いてほしいけど、話せる相手もいなかったし、このまま誰にも知られることなく俺の初恋は終わるものだと思っていた。
もしかしたら、誰かに言いたい、聞いてほしいと思うあまり、心のどこかでいっそのこと見つかってしまいたい、と願う自分がいたのかもしれない。
俺がふゆくんを好きって前提で言葉を連ねられ、もうごまかせないと悟った俺は、そんな気持ちもありつつ、逡巡したのち否定することを諦めた。
俺がふゆくんに片思い中であることと、ふゆくんに迷惑をかけたくないから誰にも言わないでもらえると嬉しい、と言うことを簡潔に伝えると立花さんは力強く頷いてくれた。
「……立花さんは、男が男を……なんて、気持ち悪いとか思わないの?」
「全然思わない。私、SNSで同性愛者のインフルエンサーフォローしてるんだけど、その人たちってお互いのことをめちゃくちゃ大切にしてて、本当に幸せそうで……、誰かを好きになるのに性別なんて関係ないんだなって思うし、見てる私まで幸せな気持ちになるんだからすごいよね。私もいつか、そんな風に愛せる相手に出会いたいなーって思いながら見てるんだ」
それに、と彼女は続ける。
「人を好きな気持ちって、綺麗なものだと私は思うから。冴木くんのその気持ちを、気持ち悪いなんて絶対に思わない」
「立花さん……ありがとう……」
彼女の優しくて温かな言葉と真っ直ぐで誠実な視線に胸が震える。
自分が、ふゆくんへの気持ちが恋愛感情だと認めることはイコール自分がマイノリティだと認めることだった。
自分の性的嗜好に戸惑いがなかったと言えばうそになる。
そうだと知って、ネットで検索したり図書館でこっそりそういう系の本を読んで調べたりもした。
いくらLGBTQ2+という言葉が広まって、性の多様性を認めようという風潮があっても、そう簡単に偏見や差別はなくならないし、日本ではやっぱり肩身が狭いのが現実で。
マイノリティに属する自分は、こそこそしながら生きていくんだろう、と思ってた。
だから、こうして同年代で自分を否定しない、容認してくれる人に出会えたことに、そこはかとない喜びが込み上げてくる。
「ありがとうなんて、感謝されるようなことなにもしてないよ。むしろ壁のくせに口出してごめんなさいだし、五体投地したいくらいいつも供給ありがとうございますだからこちらこそ感謝してるの!」
「……なんて?」
またしても聞き取れない単語が出てきて頭の中にはてなマークが生まれるも、「冴木くんは気にしなくていいの!」の一点張りで俺は頷くしかない。
「これからもそのままでいてくれれば最&高だから大丈夫」
にこにこと満足そうな彼女に、それ以上口を出すことは憚られた俺は、「さ、早くこれ終わらせて帰ろう!」と促されて再び作業に戻った。



