3 side春斗③

「ナイスショー!」
「もう一本!」
 キュッキュッ、バシン――という音と一緒に大きな掛け声が体育館に響いていた。
 今日は、クラス対抗スポーツ大会。
 大会終盤となった今、この第一体育館では、男子バレーと女子バスケの決勝戦が行われていて館内は熱気に満ちていた。
「きゃー! こばくんアタック決めたー!」
「イケメンでスポーツできるとか、反則!」
 男子バレーの決勝戦では、なんと俺のクラスが勝ち残り、ふゆくんが大活躍中だった。
「うわー、冬璃えげつないな。あー俺もバレーやりたかったー!」
 俺の隣でそう悔しそうに叫んだのは、郁実くん。決勝の対戦相手のクラスだ。
 どうしてバレー部の郁実くんが試合に出ていないのかと言えば、「所属している部活と同じ競技には参加できない」というルールがあるから。実力に偏りが出てしまい、やる気が削がれるのを防ぐために数年前からそう決められたらしい。
 だから郁実くんは泣く泣くバスケを選んだんだとか。
 ちなみに運動音痴の俺は、ドッチボールを選んで早々に当てられて外野でボール拾いを頑張っていた。
「ふゆくん、すごい……!」
 素人の俺の目から見ても、ふゆくんの実力は圧倒的で、もはや独擅場(どくせんじょう)と言っていいくらいだ。相手のクラスもバスケ部や運動部の人が多いみたいだけど、ふゆくんがアタックを打ってしまうと手も足も出ない。あまりのスピードと威力に目で追うのがやっとみたいだった。
 バレーをしているふゆくんは生き生きとしていて、めちゃくちゃかっこよかった。見惚れるってこういうことなんだ、って思うくらい目を逸らせない。
 黄色い声をあげる女子と一緒になって叫びたくなるのをぐっと堪えて、俺は「かっこいい!」と何度も内心で叫んでいた。
「バレー続けないの、もったいないよな」
「本当、もったいない……。その理由も理由だから……なんか悔しいなぁ」
「あ、冬璃から理由聞いたんだ?」
「うん」
 バレーを続けない理由は、藤本くんとのことだけじゃないとは言ってたけど……、その後すぐにほかの話題に切り替えて、あまり話したくなさそうだったから、もしかしたらふゆくんは本当はバレーを続けたいんじゃないかな……。
 うん、絶対に、そう。だってあんなに楽しそうなんだもん。
「やっぱり春斗は、冬璃にとって特別なんだろうな。春斗の話ならあいつ、耳をかすかもな」
「そんなこと……ないよ」
 だって、話を逸らされたし、気の利いたこと一つ言えなかった。
 俺がふゆくんの力になれるなんて露ほども思わないけど……それでもなにかできることはしたいと思った俺は、「郁実くんにお願いがあるんだけど……」と、不思議そうにこちらを見下ろす彼に切り出した。


 試合は、点差をつけてうちのクラスが優勝。
 どれか一つでも学年で優勝できたらアイスを奢る、という担任と約束していたのもあり、優勝が決まった瞬間はクラスメイトがバレーのメンバーに駆け寄って大騒ぎだった。
「はー! こんな体動かしたの、めっちゃ久しぶり。体(なま)ったなぁ。全然動けなかったー」
 学校からの帰り道、そう言うふゆくんの顔は、言葉とは裏腹にとても清々しい表情をしていた。
 誰よりも速く動いて、誰よりも高く飛んでいて疲れただろうに。
 現役のふゆくんは一体どれだけすごかったんだろうか。
 中学のときにキャプテンまで務めたというのだから、相当だったんだろうけど。
「全然そんなことない。すごくかっこよかったよ」
 ふゆくんの嬉しそうな笑顔は、すごくきらきらしていて見ているだけで嬉しくなったし、このめちゃくちゃかっこいい人は、俺の幼なじみなんだぞって、みんなに言いふらして回りたいくらい素敵だった。
「マジ? はるにかっこいいって思ってもらえたなら頑張った甲斐あったなぁ。明日は筋肉痛で死んでると思うけど」
 へへへ、とふゆくんはちょっと照れくさそうに笑う。
 そんな彼が、前よりも注目を集めたことは言うまでもない。
 ただでさえ人気だったのに、もっと人気になっちゃうなぁ……。
 ――ああ、駄目だな。
 ふゆくんのことになると、なんでも知りたいし、独り占めしたいと思ってしまう。
 ふゆくんのことを考えるだけで、みぞおちの辺りがぎゅうって苦しくなる。
 バレーを続けたいっていう本当の気持ちを話してくれないのを寂しいと思うのは、我儘だろうか。
 ふゆくんのことならなんでも知りたいと思うのは、欲張りだろうか。
 ゴールデンウィークに映画を見に行ったのをきっかけに、ふゆくんとの距離がぐんと縮まったと思っただけに、余計に寂しさが増す。
 ゴールデンウィークには、テレビを一緒に観たり、小説をおすすめしたり、勉強したり、たくさんの時間を一緒に過ごした。そのおかげでふゆくんの好きなことや苦手なことなど、知らなかった新たな一面を見ることができて嬉しかった。
 知れば知るほど、好きになる。
 もっともっと、とどんどん欲しくなる。
 ()じゃなくて女のはるちゃん(・・・・・・・)に恋をしていたふゆくんの恋愛対象は確かめるまでもなく女性で、男の俺に望みなんかない。
 叶うことのない、不毛な恋だってわかっているのに、ふゆくんへの気持ちは薄まるどころかどんどん濃くなっていく。
 これ以上好きになりたくないのに。
 好きになっちゃ駄目なのに……。
 そう自分にストップをかけるほど、ふゆくんの優しさに触れるほど、気持ちは加速していくばかりだった。
 だから、この気持ちに整理なんてつけられないことを、俺はもう認めるしかなくて……。
 好きでいる分には誰にも迷惑をかけるわけじゃないから、いいよね……? と、半ば開き直ってそう結論づけた。
 いつかそのうち、気になる人がほかにできたり、ふゆくんへのこの気持ちが時間と共に友情に変わったりする日がくるだろう。
 今はまだ、ふゆくんのそばで同じ時間を共有していたいから、それまではこの気持ちは胸の中に(とど)めて大切にしたいと思った。

 ――なのに、内に秘めておこうと決めたその誓いは、あっけなく破られることになる。