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「あー、暇だなー」
自宅のリビングで、雨が窓を打つ音を耳にしながら、俺は思ったことをそのまま口にした。
今年のゴールデンウィークは、祝日が土日に被ったせいで、平日の休みが二日ほどしかないけれど、4連休は嬉しい。慣れない環境で1か月頑張ってきた頭と体に、休日のゆったりとした時間が染みる。
「雨で出かけられないしね」
俺の独り言のようなボヤキに律儀に返事してくれたのは、言うまでもなく春斗だ。俺が寝転がっているソファの下、座布団の上にちょこんと体育座りをして一緒にテレビドラマを観ていた。
ソファに一緒に座ればいいのに、と誘ったけれど、「床のが落ち着くから」と動こうとしないので、遠慮なく横になってるというわけだ。
「郁実くんと遊ぶ約束は?」
「あぁ、あいつは部活馬鹿だから」
郁実は、高校でも中学から続けていたバレー部に入部したから、もちろんこの休日も部活だ。早速練習試合がある、と張り切っていた。
「ふゆくんは、バレー続けないの? この前も先輩に声掛けられてたよね?」
あまり触れられたくない話題に、「あー……」と頭をかく。この前、全校集会の帰りしなに中学時代のバレー部の先輩が俺に気づいて、「なんでバレー続けないんだよ、もったいない」と言ってきたとき、春斗も一緒にいたのを思い出した。
同じバレー部の郁実や五十嵐も、入部早々「なんで小林がいないんだ」と同中の先輩たちに詰め寄られたと苦情もきていた。
バレーが嫌いになったわけじゃないから、そうやって誘って貰えるのは、すごく嬉しくて光栄なことだとも思うけど……。
「なんか……あったの……?」
「うん、そう。あったんだよ……」
中学時代にあった出来事が……、あのときの苦い感情と一緒に蘇ってきた。
中学3年の夏、公式大会としては最後の試合は、グループ戦で第一試合に負けた俺たちが挑むのは、決勝には進めない順位決定戦だった。
第一試合もスタメンだった俺は、次の試合もスタメンに指名されたのだけど、相手の中学のチーム傾向から同じアタッカーの藤本の方が相性がいいと思う、とチェンジを願い出た。
中学最後の試合だし、俺は割とずっとスタメンだったから、最後くらい藤本に試合に出させたい思いもあっての提案だった。
「だけど、藤本の調子が悪かったのか、相手の調子がよかったのか、全然アタック決まらなくて点差が開いていって……結局活躍できない内に俺と交代になっちゃってさ……。試合はどうにか勝てたんだけど……」
藤本のプライドを傷つけてしまい、試合後に『恥かかせやがって! 俺をお前の引き立て役にすんな!』と罵られてしまった。
その後も、藤本は卒業するまで部活に顔を出すことはなくて……、そのまま別々の高校になりそれっきり。
「俺、キャプテンだったのに藤本のこと傷つけちゃったから……、部活続けるのはちょっと違うかなって思って」
「そ、そんな……。それは、ふゆくんのせいじゃないよね……」
「郁実も五十嵐も……ほかの部員もみんな『お前のせいじゃない』って言ってくれたよ」
「じゃ、じゃぁっ」
「――まー、俺がバレー辞めたのはそれだけじゃないし、高校ではゆっくりしたいなって思ってのことだからいいんだ、これで。悪い、こんな面白くもなんともない話聞かせて」
「そんなこと、」
「――もうこの話は終わり! あっ、俺この俳優好きなんだよな、はるは好きな俳優とか女優いる?」
パッとテレビに映った俳優に話を反らす。不自然になってしまったかなと思ったけど、春斗はそれ以上追及してくることはなかった。
ゴールデンウィークの二日目、とくにすることがないという春斗を誘って街に繰り出した。昨日、ドラマを一緒に見ていたときに流れたアクション映画の広告を見て、春斗が「面白そう」とつぶやいてたから一緒に観ようと誘ったのだ。
その場でチケットも押さえてしまえば、早く明日にならないかなとわくわくしてしまった。
着ていく服もその日の夜に選んで、映画が終わったらどこに行こうかな、なんてプランを頭の中で構築して……。今日が楽しみで仕方なかった。
――なんだこれ、まるで初デートに浮かれてる恋愛初心者みたいじゃないか?
いやいや、春斗は大事な幼なじみだから。一緒に遊びに行くなら楽しんでもらいたいし、俺だって楽しみたい。
これくらい、普通だよな……?
「――どれにする? ふゆくん?」
「ん? あ、あぁ、えっと、じゃぁライスとサラダのセットで」
映画の後、少し駅ビルをぶらぶらしてからファミレスに足を運んだ。春斗がタブレット端末で注文してくれている最中に、考えに耽ってしまっていた俺は慌てて返事をする。
今日の春斗はTシャツにストレートパンツを合わせて、薄いグリーンのオーバーサイズカーディガンを羽織ったナチュラルテイストの装いをしていた。
少し大きめのシルエットが、春斗の可愛さを際立たせていて控えめに言ってもめちゃくちゃ似合ってる。
しかも少し伸びてきた前髪が鬱陶しいからと、斜めに流してピンで留めてるのも最高に可愛い。つるんとしたおでこを見せた春斗は、可愛いのに色っぽいというか……。
「ふゆくん、疲れてる?」
ちょっと上目遣いで見られると、普段とのギャップが俺の胸を抉ってきてヤバい。俺のが背が高いから自然とそうなるだけで、春斗に他意がないってわかっててもやめてくれ……って悲鳴をあげそうになる。
「え? いんや、全然」
なんで?と聞くと、春斗はちょっとためらいがちに口を開いた。
「俺……家族以外の人と映画館きたの初めてで……」
「うん、それで?」
「観終わったあと、興奮してめちゃくちゃふゆくんに語っちゃったなって……」
「……」
「俺の話、長々と聞かされて疲れちゃったよね……? ふゆくん優しくてちゃんと聞いてくれるから、つい喋り過ぎちゃったって反省してます」
しゅん、と俯く春斗の頭に、伏せられた犬耳が見えた気がして面白い。
確かに映画の後、駅ビルをぶらぶらしてる間、春斗は楽しそうに映画の感想を伝えてくれた。めっちゃ喋るじゃんって思ったけど、目をキラキラさせて必死に話す姿はもう「可愛い」以外の形容詞が浮かんで来ないくらい可愛かったし……。
俺も映画は面白かったし、こうして春斗と一緒に感想を言い合える時間がすごく楽しいから、春斗が申し訳ないと思う要素はミジンコほども存在してない。
相変わらず気遣い屋の春斗には、好感度が上がる一方だった。
「反省する必要なんて全然ない! 春斗といっぱい話せて俺もすげー楽しいもん」
「本当に?」
「うん。はるのこともっと知りたいから全然話し足りない。もっと話そ」
「あ、ありがとう、ふゆくん。俺も、もっと話せたら嬉しい」
春斗の頭には、今度はぴんと立ち上がった犬耳が見えた。俺の言葉にぱあっと顔をほころばせて嬉しそうに喜びを露わにする春斗を見て、その頭をわしわしと撫でたい衝動に駆られる。
もしここが外じゃなくて、春斗が手の届くところにいたらその頭を撫でてしまっていたかもしれない。
春斗との距離を物理的に隔てるテーブルが恨めしかった。
一緒にいる時間が増えるにつれて、色んな表情をみせてくれるのが嬉しくて。
もっと色んな所に春斗と一緒に行きたいし、そんな時間がこれからも増えるんだと想像したら嬉しさでいっぱいになった。
「あー、暇だなー」
自宅のリビングで、雨が窓を打つ音を耳にしながら、俺は思ったことをそのまま口にした。
今年のゴールデンウィークは、祝日が土日に被ったせいで、平日の休みが二日ほどしかないけれど、4連休は嬉しい。慣れない環境で1か月頑張ってきた頭と体に、休日のゆったりとした時間が染みる。
「雨で出かけられないしね」
俺の独り言のようなボヤキに律儀に返事してくれたのは、言うまでもなく春斗だ。俺が寝転がっているソファの下、座布団の上にちょこんと体育座りをして一緒にテレビドラマを観ていた。
ソファに一緒に座ればいいのに、と誘ったけれど、「床のが落ち着くから」と動こうとしないので、遠慮なく横になってるというわけだ。
「郁実くんと遊ぶ約束は?」
「あぁ、あいつは部活馬鹿だから」
郁実は、高校でも中学から続けていたバレー部に入部したから、もちろんこの休日も部活だ。早速練習試合がある、と張り切っていた。
「ふゆくんは、バレー続けないの? この前も先輩に声掛けられてたよね?」
あまり触れられたくない話題に、「あー……」と頭をかく。この前、全校集会の帰りしなに中学時代のバレー部の先輩が俺に気づいて、「なんでバレー続けないんだよ、もったいない」と言ってきたとき、春斗も一緒にいたのを思い出した。
同じバレー部の郁実や五十嵐も、入部早々「なんで小林がいないんだ」と同中の先輩たちに詰め寄られたと苦情もきていた。
バレーが嫌いになったわけじゃないから、そうやって誘って貰えるのは、すごく嬉しくて光栄なことだとも思うけど……。
「なんか……あったの……?」
「うん、そう。あったんだよ……」
中学時代にあった出来事が……、あのときの苦い感情と一緒に蘇ってきた。
中学3年の夏、公式大会としては最後の試合は、グループ戦で第一試合に負けた俺たちが挑むのは、決勝には進めない順位決定戦だった。
第一試合もスタメンだった俺は、次の試合もスタメンに指名されたのだけど、相手の中学のチーム傾向から同じアタッカーの藤本の方が相性がいいと思う、とチェンジを願い出た。
中学最後の試合だし、俺は割とずっとスタメンだったから、最後くらい藤本に試合に出させたい思いもあっての提案だった。
「だけど、藤本の調子が悪かったのか、相手の調子がよかったのか、全然アタック決まらなくて点差が開いていって……結局活躍できない内に俺と交代になっちゃってさ……。試合はどうにか勝てたんだけど……」
藤本のプライドを傷つけてしまい、試合後に『恥かかせやがって! 俺をお前の引き立て役にすんな!』と罵られてしまった。
その後も、藤本は卒業するまで部活に顔を出すことはなくて……、そのまま別々の高校になりそれっきり。
「俺、キャプテンだったのに藤本のこと傷つけちゃったから……、部活続けるのはちょっと違うかなって思って」
「そ、そんな……。それは、ふゆくんのせいじゃないよね……」
「郁実も五十嵐も……ほかの部員もみんな『お前のせいじゃない』って言ってくれたよ」
「じゃ、じゃぁっ」
「――まー、俺がバレー辞めたのはそれだけじゃないし、高校ではゆっくりしたいなって思ってのことだからいいんだ、これで。悪い、こんな面白くもなんともない話聞かせて」
「そんなこと、」
「――もうこの話は終わり! あっ、俺この俳優好きなんだよな、はるは好きな俳優とか女優いる?」
パッとテレビに映った俳優に話を反らす。不自然になってしまったかなと思ったけど、春斗はそれ以上追及してくることはなかった。
ゴールデンウィークの二日目、とくにすることがないという春斗を誘って街に繰り出した。昨日、ドラマを一緒に見ていたときに流れたアクション映画の広告を見て、春斗が「面白そう」とつぶやいてたから一緒に観ようと誘ったのだ。
その場でチケットも押さえてしまえば、早く明日にならないかなとわくわくしてしまった。
着ていく服もその日の夜に選んで、映画が終わったらどこに行こうかな、なんてプランを頭の中で構築して……。今日が楽しみで仕方なかった。
――なんだこれ、まるで初デートに浮かれてる恋愛初心者みたいじゃないか?
いやいや、春斗は大事な幼なじみだから。一緒に遊びに行くなら楽しんでもらいたいし、俺だって楽しみたい。
これくらい、普通だよな……?
「――どれにする? ふゆくん?」
「ん? あ、あぁ、えっと、じゃぁライスとサラダのセットで」
映画の後、少し駅ビルをぶらぶらしてからファミレスに足を運んだ。春斗がタブレット端末で注文してくれている最中に、考えに耽ってしまっていた俺は慌てて返事をする。
今日の春斗はTシャツにストレートパンツを合わせて、薄いグリーンのオーバーサイズカーディガンを羽織ったナチュラルテイストの装いをしていた。
少し大きめのシルエットが、春斗の可愛さを際立たせていて控えめに言ってもめちゃくちゃ似合ってる。
しかも少し伸びてきた前髪が鬱陶しいからと、斜めに流してピンで留めてるのも最高に可愛い。つるんとしたおでこを見せた春斗は、可愛いのに色っぽいというか……。
「ふゆくん、疲れてる?」
ちょっと上目遣いで見られると、普段とのギャップが俺の胸を抉ってきてヤバい。俺のが背が高いから自然とそうなるだけで、春斗に他意がないってわかっててもやめてくれ……って悲鳴をあげそうになる。
「え? いんや、全然」
なんで?と聞くと、春斗はちょっとためらいがちに口を開いた。
「俺……家族以外の人と映画館きたの初めてで……」
「うん、それで?」
「観終わったあと、興奮してめちゃくちゃふゆくんに語っちゃったなって……」
「……」
「俺の話、長々と聞かされて疲れちゃったよね……? ふゆくん優しくてちゃんと聞いてくれるから、つい喋り過ぎちゃったって反省してます」
しゅん、と俯く春斗の頭に、伏せられた犬耳が見えた気がして面白い。
確かに映画の後、駅ビルをぶらぶらしてる間、春斗は楽しそうに映画の感想を伝えてくれた。めっちゃ喋るじゃんって思ったけど、目をキラキラさせて必死に話す姿はもう「可愛い」以外の形容詞が浮かんで来ないくらい可愛かったし……。
俺も映画は面白かったし、こうして春斗と一緒に感想を言い合える時間がすごく楽しいから、春斗が申し訳ないと思う要素はミジンコほども存在してない。
相変わらず気遣い屋の春斗には、好感度が上がる一方だった。
「反省する必要なんて全然ない! 春斗といっぱい話せて俺もすげー楽しいもん」
「本当に?」
「うん。はるのこともっと知りたいから全然話し足りない。もっと話そ」
「あ、ありがとう、ふゆくん。俺も、もっと話せたら嬉しい」
春斗の頭には、今度はぴんと立ち上がった犬耳が見えた。俺の言葉にぱあっと顔をほころばせて嬉しそうに喜びを露わにする春斗を見て、その頭をわしわしと撫でたい衝動に駆られる。
もしここが外じゃなくて、春斗が手の届くところにいたらその頭を撫でてしまっていたかもしれない。
春斗との距離を物理的に隔てるテーブルが恨めしかった。
一緒にいる時間が増えるにつれて、色んな表情をみせてくれるのが嬉しくて。
もっと色んな所に春斗と一緒に行きたいし、そんな時間がこれからも増えるんだと想像したら嬉しさでいっぱいになった。



