※蓮視点です※

 化学準備室。黒い遮光カーテンで太陽の光は遮られ、薄暗い中に晴翔と二人で抱き合っている。

 二度目のキスをして、五十嵐との誤解も解け、互いに愛を確認したような形で今の状態に至るのだが……。

 僕は、ふと我に返って現状を遡る————。

『晴翔、ごめん。今のは誤解で、僕は晴翔しか愛してないから』『こんな男、僕は微塵も興味ないから。僕の恋人は晴翔だけだよ』

 五十嵐に背中から抱きつかれたところを晴翔に目撃され、思わず言った言葉。

 さっきは、恋人に浮気現場を目撃されたような気分になり、晴翔に嫌われたくない一心で弁解した。
 二股野郎みたいに思われて、別れるなんて言われたら困る。そう思って言ったのだが……そもそも、僕と晴翔は付き合ってなんていない。フリだ。それなのに、僕は『愛してる』なんて言ってしまった。好きな人に、普通に愛の告白をしてしまったのだ。

 それに対し、晴翔は怒った様子で言った。

『じゃあ、なんでこんな暗い部屋に二人っきりでいたんだ? 好きでもない相手なら二人になんてならないだろ?』
『それは呼び出されて……』
『そんなの信用出来ない。蓮は人気者だから、本当は俺以外にも相手が……』

 これは、完全に嫉妬と解釈……して良いんだよね? 好きでも無い相手にこんなこと言わないもんね?

 ——だから、今僕らは抱き合っている。

 この一週間(実質三日程度)だが、僕の過剰なスキンシップが、恋人のフリが、成功した。そう解釈して、良いんだよね?

「晴翔」

 晴翔を抱きしめている腕の力を緩め、僕は晴翔の両肩を持って見つめた。

 晴翔の方が十二センチメートル低いので、どうしても晴翔は上を向くようになる。つまり、上目遣いになって可愛さ増し増しだ。

 そんな可愛い晴翔と、愛を確かめ合うために再度キスしようと顔を近付けた。

「蓮、迫真の演技だったな!」
「え?」

 僕は、キスをするのを一旦やめた。

「演技……?」
「いつ何時(なんどき)も、恋人のフリを忘れない。さすが完璧主義の蓮だよな。俺、てっきり愛の告白されたかと思ったぜ」

 無邪気な笑顔を向けられ、一気に力が抜ける。僕は、その場にへたり込んだ。

「蓮? どうかした?」
「ううん。そう、上手くいく訳ないよね」
「……?」

 鈍い晴翔を振り向かせるのは、至難の技かもしれない。そう思った時、昼休憩の終わるチャイムが学校中に鳴り響いた。

「晴翔、教室戻ろっか」

 晴翔から離れ、僕はその手を握った。

「れ、蓮ッ! これから教室戻るのに」
「だって、僕ら恋人同士だし。“演技”した方が良いでしょ?」

 ニコリと微笑めば、晴翔に目を逸らされた。

「そ、そうだな」

◇◇◇◇

 そして、授業も終わって今は放課後。

「なぁ、蓮」

 カバンに教科書やらを詰めていたら、晴翔が話しかけてきた。

「え!? 何々!?」

 僕はテンション高めに返事をした。

 だって、高校に入学してから今まで、晴翔から学校で話しかけられることなんて無かったから。僕といると目立つからと、いつも避けられていた。家に帰れば我が家に遊びに来るので、嫌われてはいないのだと思うけど。

 先に言っておくが、僕だって目立ちたい訳じゃ無い。目立っている自覚もない。ただ、話しかけられたから話し返しているだけ。そんなの誰でもするでしょ。

 おっと、そんなことはどうでも良い。今は晴翔だ。

「晴翔、どうしたの? 帰り、どっか寄りたいとこある?」
「あー、そうじゃなくって……」

 晴翔は、歯切れの悪い言い方をして、目を泳がせた。
 その時だった。廊下から一人の男子生徒が晴翔に声をかけてきた。

「佐倉君、待ってるからね!」

 それに対し、晴翔は困ったような笑顔で小さく手を振った。

「はは……どうしよ」
「晴翔、もしかして……」

 晴翔が、頭をガバッと下げてきた。

「頼む、蓮! なんか断りきれなくて……バスケ部の助っ人。代わってくんないかな?」
「晴翔、苦手なのちゃんと伝えないと」
「だって……」

 僕らが付き合っていると噂になってから、何故か晴翔まで様々な部活の勧誘が来た。

 多分、これは僕のせい。

 だから……というか、晴翔の頼みならどんな頼みでも即OKだ。けれど、最近僕は欲深い。

「修学旅行、自由時間は二人で過ごしてくれる?」

 そう、もうすぐ二泊三日の修学旅行。我が校では、二年生の十月末の予定だ。

 基本は班行動だが、観光名所によっては自由行動が許される場所もある。晴翔は三崎と山田と行動すると言っていた。もちろん、僕は許可がなくとも図々しく晴翔についていく気だ。しかし、出来る事なら二人が良い。

 俯いたまま晴翔は困惑したように言った。

「でも、三崎達と約束してるし……」
「じゃあ、助っ人は晴翔がやる?」
「うッ……」  
「そんなに僕と二人は嫌?」
「嫌なわけない!」

 冗談混じりに言ったのに、ガバッと顔を上げて前のめり気味に言われたので、ビクッとした。隣の席にいた女子もびっくりしてカバンを落としそうになっていた。

「ごめん……嫌じゃないけど、約束してるから」

 そんな風に言われたら、勘違いしそうになる。それに、これ以上晴翔を困らせる訳にはいかない。

 僕は、立ち上がって言った。

「冗談だよ。これから体育館行けば良いの?」
「うん」
「じゃあ、終わるまで見ててくれる?」
「もちろん! 全力で応援する! 心の中で」
「はは……晴翔」

 可愛過ぎる。

 流石に人が多過ぎるので抱きしめられないが、帰ったら絶対抱きしめよう。

「それと、二人では難しいけど……雑魚寝みたいな感じらしいからさ、隣で寝よ」
「え……?」
「いや、寝てくれないかな? 蓮がいないと起きられない」

 絶対抱きしめよう。
 
 嫌がっても抱きしめよう。