あれから一週間。

 恥ずかしながら、蓮と連日放課後の教室に残った。それが功を奏したのか、三日目にしてようやく、女子生徒の一人が俺らのやり取りを目撃。噂は一気に広まった。

 蓮がゲイ(のフリ)だと知られた訳だが、引かれるどころか、むしろ祝福された。二人で歩いていたら、妙な妄想が繰り広げられているのが分かるくらい、皆に二ヘラ顔を向けられる。

 他の女に取られるくらいなら、男に取られた方がマシだと、女子らは口々に言っていた。

 俺としては大分恥ずかしいが、これで蓮の悩みが一つ解決するなら安いものだ。それに、これで蓮に告白してくる女子に一々嫉妬しなくてすむ。

 ただ、蓮と付き合っていると噂が広まってから、俺の周りの環境が変わった。

「なぁ、佐倉。この問題教えてくんねー?」
「えっと、どれ?」
「佐倉、修学旅行のスケジュールだけど、こんなんでどうかな?」
「うーん……」

 何故か、俺に話しかけてくる生徒が多くなったのだ。しかも、質問内容は難易度が高いものばかり。ほぼ答えられない。クラス中……いや、学校中に頭が悪いのがバレるのも時間の問題だ。

 どうやら、あの『完璧な葉山蓮』が選んだ男だから、相当デキる男だと思われているようなのだ。

 我が校は、学年順位は勿論、クラス順位は他者には公言されない。陰キャの俺は、今まで幼馴染だから蓮と一緒にいるだけで、大した男ではないと思われていた。こっちで正解なのだけど、言っても誰も信じてくれない。

「もう、佐倉って謙遜しすぎ。もっと発言して良いのに」
「いや……」
「そうだよ。言ってくれたらさ、ぼく学級委員譲ったのに」
「あー、俺まとめるの苦手だから」
「ほんと、謙遜しちゃって」

 蓮の彼氏になるには、ハードルの高い男しかなれないことが分かった。俺には荷が重い。

「ねぇ、オレらにもこれ教えてよ。晴翔君」
「えっと、俺で分かれば……って、三崎に山田かよ」

 一気に力が抜けた。

 三崎と山田は、今回の件を唯一知っている二人。しかも、俺が何をやらしてもダメダメな男だとも知っている。同じモブ枠だけど、妙にホッとする。

「はは、大変だな。人気者の彼氏になんのも」

 三崎が言えば、山田も廊下を指差して言った。

「てかさ、その肝心な彼氏だけど、さっき化学準備室で告られてたぞ」
「え!?」

 俺は思わず廊下に出た。そして、近くの階段を上がって、すぐ曲がったところにある部屋、化学準備室まで走った——。

(あれ?)
 
 中をそっと覗けば……そこには、隣のクラスの男子生徒の五十嵐(いがらし)君がいた。五十嵐君は、小柄で人懐っこく、よく蓮に話しかけていたので覚えている。

(なんだ、告られてないじゃん。ま、蓮が女子に告られていても、俺と付き合ってるって通すんだろうけど)

 安堵しながら教室に戻ろうとすれば、準備室の扉の隙間から二人の話し声が聞こえてきた。

「どうしてもダメ? ボク、お尻は自信あるんだけど」

(お尻?)

「僕は、晴翔しか興味ないから」
「一回ヤッたら、葉山君だってボクを選んでくれると思うんだけど」
「だからさ、何回も言ってるけど……」
「あ、もしかして逆だった? タチじゃなくてネコの方? そっちは自信ないけど……葉山君の為なら頑張るよ!」

 縋るように言う五十嵐君に、蓮が若干苛立ち始めた。

「君、良い加減にしてくれないかな」
「ボク、前から葉山君が好きだったんだ! 葉山君がゲイだって知ってたら、ボクだってもっと早くに告白してたよ!」

 それを聞いてやっと理解した。蓮は男に告白されているのだと。

 最近、やたらと蓮が男に呼び出されていると思ったら、こんなことになっていたのか。告白される相手が女から男に変わっただけで、蓮の状況は変わっていなかったようだ。むしろ悪化している。

 何故なら、男の方が女よりも積極的だから。

 話は終わったとばかりに、蓮が五十嵐君に背を向けた。刹那、五十嵐君は、蓮の背中に抱きついた。

「ちょッ、やめてよ。僕、晴翔にしか興味ないって言ってるよね!」
「あんな地味な子、葉山君には似合わないよ!」

 蓮が俺以外の男と抱き合ってる姿を見て、胸がざわつく。一方的に好意を向けられているだけなのは分かっているが、それでも嫉妬せずにはいられない。

 俺は扉に手をかけた。

 ガラガラガラ——ッと扉を開ければ、二人の視線がこちらを向いた。

「あー、えっと……」

 思わず入ってしまったが、どう切り出して良いか分からない。

 シンと静まり返った空気を一番に壊したのは蓮だった。

「晴翔、これは違うから! 誤解しないで」

 誤解はしていないが、いつも余裕な蓮が随分と焦っていることに、驚きは隠せない。

 蓮は必死に五十嵐君……もう呼び捨てで良いや。俺の敵だから。
 話は逸れたが、五十嵐君から逃げようとする蓮は、後ろから抱きつかれているので、中々逃げられないようだ。

「葉山君、ボクと付き合って!」
「君、しつこいよ!」

 暴力を振るえば間違いないだろうが、蓮は優しいからそんなこと——。

 ドンッ。

 蓮が、縋り付く五十嵐の顔面に肘鉄を食らわした。

「うぅ……」

 相当痛かったようだ。五十嵐は顔を押さえて蹲った。

「すげー」

 感心していると、蓮が駆け寄ってきた。

「晴翔、ごめん。今のは誤解で、僕は晴翔しか愛してないから」
「あ、愛って……」

 サラリと言う蓮の言葉に、顔が赤くなる。

「言葉だけじゃ分かって貰えないかな」

 蓮が俺の頬に、そっと手を当ててきた。

「なッ、蓮!?」

 蓮からのスキンシップは、例の女子生徒に目撃されて以来だ。戸惑いを隠せない。

「こんな男、僕は微塵も興味ないから。僕の恋人は晴翔だけだよ」

 それを聞いて、ハッと気が付いた。

 恋人のフリは、継続してしないと意味がない。蓮のセリフが演技なのが悲しいが、俺も恋人の浮気現場を目撃した彼氏として、少しは怒った方が良いのかもしれない。

 俺はムスッとしながら言った。

「じゃあ、なんでこんな暗い部屋に二人っきりでいたんだ? 好きでもない相手なら、二人になんてならないだろ?」
「それは呼び出されて……」

(おー、なんかそれっぽいかも)

「そんなの信用出来ない。蓮は人気者だから、本当は俺以外にも相手が……んんッ」

 蓮に口を塞がれた。もちろん口で。
 二回目のキスは、一回目と違って強引だった。

「僕は、晴翔としかこんなことしない。信じて……」

 迫真の演技すぎて、俺はもう言葉が出ない。

「……うん」

 頷けば、蓮にギュッと抱きしめられた。

「チッ、見せつけちゃって。ボク、諦めないから!」

 五十嵐は、化学準備室から出て行った——。