※蓮視点です※

 僕は、幼馴染の佐倉 晴翔が好きだ。

 朝起きられないところも、雨の日には水たまりにはまるところ、木の上からおりられなくなった猫を助けて引っかかれるところ、それからそれから——。

 それに、声も喋り方も、顔も全部好きだ。

 晴翔は、普段から『陰キャ』だの『モブ』だの自信無げな発言をする。しかし、前髪を長くしているから皆知らないだけで、前髪を上げた時の晴翔の顔は、凄く可愛い。
 本人は、それがコンプレックスでもあるようだが、僕は普通に綺麗だと思う。顔を出さないのが勿体無いと思う。

 けれど、他の奴らに、晴翔の可愛さがバレたら困るので、それは僕だけの秘密だ。

 そんな晴翔を好きになったのは、いつからか。物心ついた頃から好きだった。結婚したいと思っていた。しかし、男同士では結婚出来ないことを知った。
 だから、僕は勉強した。体も鍛えて、何でも出来るようにした。

 何故って、晴翔と離れ離れになりたくないから。

 晴翔が弁護士になりたいと言えば弁護士に、警察官になりたいと言えば警察官。晴翔の行くところに僕はついて行く。何処へでもついていけるように努力した。

 本当は晴翔以外の人達と関わりたくなんてないけれど、協調性は内申点に響く。学校では、常にニコニコして過ごしている。

 ちなみに、晴翔といる時は、ニコニコというよりニヤニヤが止まらないので気を付けている。

 だから、今もニヤニヤが止まらない。

「蓮、何だか嬉しそうだな」
「そうかな? 授業も終わって自由だからかな」

 放課後の教室、晴翔と二人きりで嬉しくない訳がない。しかも、僕らは今から手を繋いだり、ハグをする予定。

 晴翔も、友人の三崎と山田の助言もあったことで覚悟を決めている。あの二人は、やたらと晴翔を誘って、僕との二人の時間を減らすので気に食わない。けれど、今回ばかりは良い仕事をしてくれた。

「やっぱ廊下側より、窓際の席の方がそれっぽいよね」
「そ、そうだな」

 ぎこちなく歩く晴翔が、可愛過ぎる。

 晴翔が窓際の一番後ろの席に座ったので、僕はその前の席で、後ろ向きに座った。

「晴翔、手出して」
「う、うん」

 ゆっくりと、晴翔は右手を机の上に置いた。僕は、それを優しく包むようにして、自身の手を晴翔の手の上に置いた。

「蓮って、手大きいんだな」
「晴翔は小さいね」

 手を重ねているだけなのに、ドキドキが止まらない。

「晴翔、こんなことに付き合ってくれてありがとう」
「う、うん」

 晴翔は、僕のことなんて好きじゃない。幼馴染としては好いてくれているが、晴翔は普通に女の子が好きだ。昨日も僕に告白してきた先輩女子のことを可愛いと言っていた。ああいうのがタイプらしい。

 それに、晴翔が好きな人に告白してみろなんて言うから、『付き合って』と告白したら、分かりやすいくらいに固まっていた。戸惑い過ぎて目が泳ぎまくっていた。

 気持ち悪いと言われる前に、嫌われる前に、『付き合うフリ』に変えた。それでこんなにも容易く晴翔に触れている訳だが……。

「何で付き合ってくれる気になったの? 晴翔、ゲイだって思われるの嫌なんじゃない?」
「嫌っていうか……普通に恥ずかしいのはあるかな。でも俺、蓮に迷惑かけっぱなしなのは自覚あるから……だから、蓮の役に立てたらなって」
「役にって……」

 僕のそばにいてくれるだけで良い。ずっと、生涯、一生一緒にいるだけで、僕は幸せなのに。その言葉を言うと嫌われるから、言えない。

「でも晴翔。いつも平穏、平穏って言ってるけど、流石にゲイってバレたら平穏じゃいられないかも」
「お前がお願いしてきたんだろ?」
「そうだけど……やめるなら今だよ」
「今更なんだよ。俺は、もう平穏は諦めたんだ。だから……」

 晴翔が俯いた。

「だから……何?」
「だから……」

 晴翔は、顔を上げて照れたように言った。

「だから、俺は、蓮の為なら何だってするよ」
「何でも?」
「あー、お金貸してとかは難しいかな。俺が出来る範囲のことで」

 『何でもする』そんなことを言われたら、僕は自制がきくだろうか。どんどん欲深くなってしまう。今だって、こんなのじゃ足りない。もっと晴翔が欲しい。

 僕は、晴翔の上に乗せていた手をそっと離し、今度は晴翔の指と指の間に、僕のそれを絡めた。

「こっちの方が恋人っぽいよね」
「そ、だな」
「晴翔、顔真っ赤だよ」
「蓮だって」

 フリと分かっていても、晴翔の顔を見ていると、僕のことが好きなんじゃないかと勘違いしてしまう。

「でもさ、遠目からだと、何してるか分かんなかったりしないかな?」

 晴翔は心配そうに聞いてくるが、そもそも誰も廊下を歩いていないので、何をしてても噂になんてならない。

 しかし、この機会を逃せば晴翔にこんなに密着出来ないかもしれない。

 え? 晴翔を起こす時は密着出来るって?

 あれは、晴翔は寝ぼけているのでちょっと違う。あれは一方通行。でも、今は——。

 僕が立ち上がると、晴翔も一緒に立った。

「ハグして良い?」

 聞けば、上目遣いをされながら小さく頷かれた。思わずギュッと抱きしめたかったが、僕は我慢しながら晴翔の手を引いて、一番後ろの空いたスペースに二人で立った。

「晴翔、後ろ向いて」
「う、後ろからなんだ」
「嫌?」
「い、嫌じゃない」

 晴翔が、ゆっくりと背を向けた。僕は、その背中をギュッと後ろから包み込んだ。

「晴翔、これヤバいかも……」
「う、うん……」

 後ろからの方が心臓の音が聞こえないかと思ったが、教室中に聞こえているのではと思うくらいに煩い。

「晴翔」
「蓮、今喋らないで」
「え?」
「と、吐息が……なんか、耳の辺りがゾワゾワって」 

 顔は見えないが、晴翔の耳が真っ赤になっている。可愛くて、ついフッと息をかけてみた。

「ひゃッ」

 晴翔が可愛い声を出して、体もビクッと跳ねた。

 ダメだ。可愛過ぎて自制が出来なくなりそうだ。

「晴翔、そろそろ帰ろっか」

 晴翔は、返事をせずにコクコクと首を縦に振った。

 体を離そうとしたら、安心したように晴翔が肩を撫で下ろしたので、僕の悪戯心に火がついた。

「晴翔」

 耳元で囁けば、晴翔はビクビクしながら声を振り絞るように応えた。

「な、なに?」
「今日さ、誰も通らなかったから、明日もしようね」
「え!? マジで!?」

 ——この恋は叶わない。

 でも、もしかしたら……もしかしたら、恋人のフリをすることで、意識してもらえたりしないだろうか。恋愛対象として見てくれないだろうか。

 そんな淡い期待を胸に、暫くは晴翔の善意を利用しようと思う。

「晴翔、好きだよ」