廃病院の前だなんて背景が何とも悪いが、俺と蓮の周りだけキラキラフワフワしている……ように見える。

 蓮の顔を見るのが怖くて、蓮に後ろから抱きしめられたまま聞いた。

「蓮、どうして俺の居場所……」
「僕ってさ、晴翔がどこにいても探し出せる特殊能力があるんだよね」
「え!? マジで!?」

 驚きのあまり後ろを振り向けば、蓮の方が驚いた顔をした。そして、すぐに笑って訂正した。

「ごめん、冗談。おばさんがどうしても仕事ですぐに動けないからって、母さんに連絡来て、それで分かった」

 なるほど。だから、こんなにも早く発見されたのか。

「でも、蓮は何でそんなに俺のこと…………一回付き合ったからって、負い目みたいに感じなくて良いんだぞ? 松田先輩が好きなら、俺に遠慮せず」
「晴翔。それ以上言ったら怒るよ」
「蓮、でも俺……」
「でもじゃない。新城先生とアイツから話は聞いたよ」
「え!? 俺が海斗君に告ってフラれたこと?」

 自意識過剰過ぎて情けない……。
 笑って誤魔化そうと顔だけ後ろを振り向けば、蓮の顔が引き攣っていた。

「晴翔? 今、何て?」
「海斗君に上書きしてもらおうなんて考えちゃって……俺、バカだよな。ハハハ」

 笑ってみるが、蓮の引き攣った笑顔は変わらない。

「蓮……怒ってる?」
「怒ってないよ」
「絶対怒ってんじゃん」

 蓮の抱きしめる腕の力が強くなったのが分かった。

「怒ってるよ。悪い?」
「あ、開き直った」
「晴翔」
「ごめんなさい」

 蓮は俺から離れ、手を繋いできた。

「帰る前に付き合って」
「何処へ?」
「初心に返ろう」
「初心……? 家じゃなくて?」
「うん。初心」

◇◇◇◇

 そして、蓮に連れられてきた先は——。

「秘密基地?」

 小学生の頃から、よく二人で来ていた河川敷の橋の下。

「もしかして、俺を川に沈めようと」
「バカ晴翔」
「バカって言うな」

 蓮は、川の流れる様を眺めながら語り始めた。

「僕が初めて晴翔に告白したの覚えてる?」
「うん。旅館で……」

 あの時は、互いに求め合ったなぁ。と、しみじみ思っていると、蓮が溜め息混じりに苦笑した。

「違うよ」
「違う?」
「僕が初めて告白したのは、ここだよ」
「え、ここ!?」

 必死に記憶を遡る。

 もしかして小学生の時? それとも中学生?

「蓮、ヒントちょうだい」
「クイズじゃないんだから」
「だって、モヤモヤするじゃん」
「ふふ、あれは二カ月前だっかな。晴翔が告白しちゃえば良いのにって言うから、言ったんだよ」
「二カ月前……」

 二カ月前と言えば、俺と蓮が“付き合うフリ”を始めた頃だ。

『蓮なら大丈夫だろ。告白しちゃえば?』

 それに対し、蓮はこう応えた。

『じゃあさ、晴翔。僕と付き合ってよ』

 ——されている。告白。

 あの時、俺も蓮と両想いなのかもって勘違いして……。

「あの時はさ、晴翔に嫌われると思って咄嗟に“フリ”に変えたんだよ」
「嫌うわけないだろ」
「あの時は、晴翔の気持ち知らなかったから」
「でもさ、あれは蓮の本当に好きな相手に告白したらって意味で……だから、松田先輩に」
「晴翔。そもそもそれが勘違い」
「勘違い……?」

 キョトンとしていると、蓮はポケットから財布を取り出した。その中から、数枚の小さな写真を手渡された。

「これって……俺?」

 幼き日の俺の姿が、そこにあった。二枚目も、三枚目も、そして四枚目も……これらの写真を見るだけで、俺の成長過程が分かりそうだ。

「僕が好きなのは、今も昔も晴翔だけだよ。僕は、晴翔しか見てない」
「え……」

 嬉しかった。泣き叫びたい程に嬉しかった。反面、混乱した。嬉しさより戸惑いの方が優った。

「でも、俺には話せない秘密があって……それを松田先輩に相談してて……」
「恋愛相談を当の本人に出来る訳ないじゃん」
「確かに……それは、もう告白だな。いや、でも、松田先輩と話す時の方が、俺と話す時より自然体で楽しそうだし」
「晴翔といると、格好悪いところ見せらんないから、緊張するんだよ」
「緊張って……今更」

 何となく分かる。俺も蓮の前では失敗しない様にと思う。いつも失敗しているが……。

「だけど、蓮だけ松田先輩の素顔知ってたし……それにそれに、松田先輩は、蓮を見る度に照れた様に笑うんだ。蓮はその気じゃなくても、松田先輩は……」

 段々と何を言っているか分からなくなってきた。
 優しく微笑む蓮は、俺を真っ直ぐに見てブレない。

「素顔を見たのは偶然。お互い恋愛相談してたし、僕を見る度に新城先生を思い出してたんじゃない? 松田先輩は、カケラも僕に恋愛感情はないよ」
「そんなはず……」
「まぁ、百歩譲って松田先輩が僕を好きだとしても、僕は晴翔にしか興味ないから」
「蓮……じゃあ、俺……諦めなくて良いの?」
「当たり前じゃん」

 俺は蓮に抱きついた。
 蓮も俺を受け止め、優しく頭を撫でてきた。

「もう、晴翔のバカ」
「だって……」

 俺は、照れながら自分の気持ちを伝えた。

「俺さ、前から……ううん、産まれた時からずっと蓮が好きなんだ。引くよね?」
「え、僕を好きになったのって、恋人のフリを始めてからじゃ……?」
「だからさ、蓮。俺の隣に、ずっといて下さい。いや、いてもらわなきゃ困るかも」

 元々早かった蓮の鼓動が、更に速くなった。俺も負けてないけれど。むしろ勝っている。蓮に勝てるところがあるというのなら、これだと自信を持って言えそうだ。

 改めての告白。OKが貰えるのは分かっているが、ドキドキしてしまう。

「結婚出来なくても、蓮とずっと一生一緒が良い」

 素直な気持ちを伝えれば、蓮は困ったように笑って言った。

「ずるいよ、晴翔。それ、全部僕が言おうとしたやつ」
「……?」
「僕なんて、産まれる前から晴翔が好きだったよ」
「え、まさか前世の記憶が……」
「ある訳ないじゃん。晴翔よりも、僕の方が好きが大きいから。それを伝えたかっただけ」

 妙なところでマウントを取らないで欲しい。厨二病みたいで恥ずかしいではないか。

「でもさ、晴翔がヤキモチ焼いてくれるなんて嬉しいな。随分と捻くれた結末になりそうだったけど」
「悪かったな……それより、『好きだった』って、過去形じゃん。もう、好きじゃなくなったのかよ」

 ムスッとしながら、蓮の胸に顔を埋めた。

「晴翔、好きだよ。愛してる」
「良かった……」

 言葉で聞くだけで安堵する。
 いや、言葉で聞かなければ安心できない。互いの事を分かっている様でも、言葉にしなければ誤解が生じる。今回ので身に染みるほど分かった。

「で? 晴翔。原海斗に告白したの? アイツのこと好きなの?」
「え、いや……別に」
「晴翔は、誰でも良いの? 僕じゃなくても良いんだ?」
「だから、それは蓮を忘れようと……」
「忘れられたら困るんだけど。アイツがOK出してたら大変なことになってたよ? 後戻り出来なかったかも。分かる?」

 責め立てられ、逃げたい気持ちでいっぱいだ。しかし、強く抱きしめられて逃げ出せない。

「蓮……もうすぐクリスマスだけど、何が欲しい?」
「晴翔。話逸らさないで」
「だって、俺。蓮と二人で過ごしたくって。クリスマスも、お正月も、蓮の誕生日も、それからそれから……喧嘩より、恋人っぽいこといっぱいしたい。ダメ?」

 そう言うと、蓮の顔が穏やかになった。

「そうだね。クリスマスの前に学期末試験あるけどね」
「そうだった……」

 一気に現実に戻される。

「晴翔、一緒に試験勉強する?」
「する」
「お揃いの部屋着着てする?」
「良いよ」
「え……!?」

 上を見上げれば、蓮が口をポカンと開けている。

「晴翔、どうしちゃったの?」
「何が」
「今まで、僕に頼りたくないって勉強一人でやってたじゃん。それに、おばさんが買ってきたお揃いの部屋着。絶対着てくれなかったのに」

 俺は、顔を見られない様に再び顔を蓮の胸に埋めた。

「恋人っぽいこと……したいから」
「晴翔」
「それに、部屋着はたまに着てた。蓮が着てる日にこっそり」
「晴翔。可愛すぎるんだけど」
「可愛いって言うなよ」
「じゃあ、チュッてして良い?」
「……良いよ」

 顔を上げて目を瞑った。
 そして、蓮の唇が重なるのを待った。

 ……ん? 中々来ない。

 片目を開ければ、顔を真っ赤にさせて斜め上を向いていた。

「蓮?」
「ごめん、夢みたいで」
「夢なら困るよ。せっかく蓮を諦めなくて良いって分かったのに」
「確かに」

 連の唇が俺のそれに触れた。
 
「晴翔、愛してる」
「俺も」
「晴翔が思ってるよりもずっとだよ。聞いたら逃げたくなるかも」
「逃げないよ」
「本当に? 約束だよ?」
「逃げても追いかけてくんだろ?」
「当たり前じゃん。僕からは逃げられないよ」

 この先どんなことがあっても、蓮となら上手くやれる気がする。だって、今までもずっと一緒だったのだから。


                おしまい。