誰にも追い付かれない様に……とは、気分の問題であり、俺はクラスで誰よりも遅い。誰かが追いかけて来たら、すぐに捕まりそうだ。
だから、目立たぬよう路地裏に隠れ、抜け道から帰ることにした。この辺は、俺の縄張りと言っても過言ではない。
「あれ? ここ何処だろ……確か、こっちを右だったんだけどな」
前言撤回だ。縄張りは過言だった。
見知らぬ住宅街に出てしまった。
「引き返してみるか……って、こっちだったっけ? いや、もう一つ向こうの筋?」
皆、忘れているかもしれないが、俺は極度の方向音痴。何度も何度も歩いて慣らせば、家から学校までや家からスーパーまでは行ける。しかし、一つ道を変えて景色を変えてしまうと、そこはもう見知らぬ場所なのだ。
「蓮……」
いつもは蓮が見つけ出してくれる。
修学旅行の時は、海斗が助けてくれた。
しかし、今はそのどちらにも頼めない。
携帯の地図アプリで、自宅までの道のりを表示する。
「俺だって、だてに十七年方向音痴やってないんだからな」
誰に言うでもなく呟きながら、案内に沿って歩く。順調に歩を進めていると、着信が入った。
「何だ、山田か」
スマホが振動する度、蓮だと思ってドキリとしてしまう。
「はい、もしもし」
【晴翔、今何処?】
「えっと……ここ、何処だろ」
【海斗は? 晴翔一人?】
「うん。家帰るとこ」
【そっか。それなら良いや。晴翔、蓮から聞いたぜ。フッたんだって?】
「蓮、話したんだ」
【愛されすぎも大変だな】
「は?」
【じゃあな】
——プー、プー、プー。
電話が切れた。
モヤモヤだけが残る。
「愛されすぎって何だ?」
蓮は何を話したのだろうか。
『晴翔には、海斗がいるから』みたいなことだろうか。残念ながら、海斗にもフラれた俺は何も残っていない。
再び地図アプリを頼りに、進路通りに進んでいると、何となく見覚えのある場所に辿り着いた。
「あ、ここなら知ってるかも。確か……左の方が近道って蓮が」
また蓮のことを思い出し、首を横にブンブン振った。
三又に別れた道を左の方へと歩く。
地図アプリが大幅にルートを変えた時、バッテリー切れの表示が出た。
「たく、蓮がずっと電話してきたりメールしてくるから、充電すぐなくなっちゃうじゃん。まぁ、ここなら帰れるか」
スマホをポケットに収め、感覚で道を進んでいく——。
◇◇◇◇
三十分後。
完全に迷子になってしまった。
右も左も見知らぬ景色。今は使われていない廃病院が不気味に佇んでいる。我が家がこの周辺にないことだけは確かだ。
「どうしよ……」
迷いに迷った時は、動くなと言われている。ひとまず廃病院を背に、ボロボロのペンキが半分剥がれたベンチに座った。
——バサバサバサッ。
「うわッ!」
背後の木から、カラスが飛び立った。
こんな怖い所でじっとするのは嫌だが、何か目印になる所で待つよう言われている。
ただ、両親は仕事だし、いつも俺を探し出してくれる蓮を頼りたくはない……いや、頼りたくても頼れない。スマホが起動しないから。
両親が帰宅した時、俺がいなかったら流石に捜索してくれるだろう。しかし、後七時間はある。ここで七時間以上待てるだろうか……。
「せめて此処じゃない所が良いな」
辺りを見渡せば、古めかしい緑色の公衆電話が見えた。
一旦母親に迷子になったことだけでも伝えておこう。もしかしたら、帰り道を教えてくれて解決するかもしれない。
そう思って、公衆電話のある所まで歩いた。
財布から小さく折り畳まれた紙切れを取り出した。
そこには、二つの電話番号が書かれている。一つは母親の携帯電話、そして、二つ目は蓮だ。
「ん? これ、どうやって使うんだ?」
受話器をもって見るが、かけ方が分からない。
数字のボタンを押してみたり、受話器を耳に当ててみたりするが、うんともすんとも言わない。
「あ、もしかして、ここにお金入れてからとか?」
受話器を一旦置いて、十円と百円の表記があったので、そこに百円玉を入れてみる。
カランッと百円玉が出てきた。
それから数分間公衆電話と格闘し、何とか発信出来た。
「あ、母さん? 俺だけど、家に帰れなくなっちゃってさ」
【もう、また? それより何で公衆電話? スマホは?】
「充電切れちゃって。今、廃病院の近くなんだけど、分かる? えっと……原田病院ってとこ」
【あんた、そんなとこまで行っちゃったの!? 電話してくれて正解だわ。そこから絶対動かないのよ。出来るだけ早く帰る様にするから。絶対よ!】
「いや、帰り方教えてくれたら……」
ブザー音と共に、母さんの声が聞こえなくなった。どうやら百円分話してしまったようだ。
財布の中を見れば、五十円玉や五百円玉はあるのに、十円玉か百円玉は見当たらない。辺りには、コンビニはおろか自販機もない。
諦めて、絶対動くなと言われた廃病院の前で待つことに————。
先程座ったベンチに再び腰をかけ、薄手のジャケットのファスナーを上まであげた。
今は十二月始め。秋から冬に移り変わる時期。日が照っている場所は暖かいが、ここは陰が多く肌寒い。廃病院の近くだからか、余計に寒い。
木々のざわめきが亡霊の声に聞こえ、両耳を塞ぎ、目をギュッと瞑る。
「せめて、違う場所で待ちたかった……」
ここで、どのくらい待てば良いのだろうか。動かなければ、母が最短で迎えに来てくれる。しかし、怖いものは怖いのだ。
泣きそうになっていると、ポケットの中でチリンと音が鳴った。ポケットには、家の鍵が入っている。それを取り出すと、更に涙が出そうになった。
「蓮……」
蓮が修学旅行で買ってくれたお土産。蓮の青い鳥と対になっている赤い鳥が、何だか寂しそうに見える。
それを手の中に収め、御守り代わりに握りしめた。
——それから待つこと数十分。
後ろから何かに包まれた。
一瞬、お化けかと思ってビクッとしたが、それはすぐに安心感へと変わった。
この温もり、この匂い……俺は知っている。
「蓮…………何で?」
「逃げても追っかけるって言ったでしょ? もう離さないから」
だから、目立たぬよう路地裏に隠れ、抜け道から帰ることにした。この辺は、俺の縄張りと言っても過言ではない。
「あれ? ここ何処だろ……確か、こっちを右だったんだけどな」
前言撤回だ。縄張りは過言だった。
見知らぬ住宅街に出てしまった。
「引き返してみるか……って、こっちだったっけ? いや、もう一つ向こうの筋?」
皆、忘れているかもしれないが、俺は極度の方向音痴。何度も何度も歩いて慣らせば、家から学校までや家からスーパーまでは行ける。しかし、一つ道を変えて景色を変えてしまうと、そこはもう見知らぬ場所なのだ。
「蓮……」
いつもは蓮が見つけ出してくれる。
修学旅行の時は、海斗が助けてくれた。
しかし、今はそのどちらにも頼めない。
携帯の地図アプリで、自宅までの道のりを表示する。
「俺だって、だてに十七年方向音痴やってないんだからな」
誰に言うでもなく呟きながら、案内に沿って歩く。順調に歩を進めていると、着信が入った。
「何だ、山田か」
スマホが振動する度、蓮だと思ってドキリとしてしまう。
「はい、もしもし」
【晴翔、今何処?】
「えっと……ここ、何処だろ」
【海斗は? 晴翔一人?】
「うん。家帰るとこ」
【そっか。それなら良いや。晴翔、蓮から聞いたぜ。フッたんだって?】
「蓮、話したんだ」
【愛されすぎも大変だな】
「は?」
【じゃあな】
——プー、プー、プー。
電話が切れた。
モヤモヤだけが残る。
「愛されすぎって何だ?」
蓮は何を話したのだろうか。
『晴翔には、海斗がいるから』みたいなことだろうか。残念ながら、海斗にもフラれた俺は何も残っていない。
再び地図アプリを頼りに、進路通りに進んでいると、何となく見覚えのある場所に辿り着いた。
「あ、ここなら知ってるかも。確か……左の方が近道って蓮が」
また蓮のことを思い出し、首を横にブンブン振った。
三又に別れた道を左の方へと歩く。
地図アプリが大幅にルートを変えた時、バッテリー切れの表示が出た。
「たく、蓮がずっと電話してきたりメールしてくるから、充電すぐなくなっちゃうじゃん。まぁ、ここなら帰れるか」
スマホをポケットに収め、感覚で道を進んでいく——。
◇◇◇◇
三十分後。
完全に迷子になってしまった。
右も左も見知らぬ景色。今は使われていない廃病院が不気味に佇んでいる。我が家がこの周辺にないことだけは確かだ。
「どうしよ……」
迷いに迷った時は、動くなと言われている。ひとまず廃病院を背に、ボロボロのペンキが半分剥がれたベンチに座った。
——バサバサバサッ。
「うわッ!」
背後の木から、カラスが飛び立った。
こんな怖い所でじっとするのは嫌だが、何か目印になる所で待つよう言われている。
ただ、両親は仕事だし、いつも俺を探し出してくれる蓮を頼りたくはない……いや、頼りたくても頼れない。スマホが起動しないから。
両親が帰宅した時、俺がいなかったら流石に捜索してくれるだろう。しかし、後七時間はある。ここで七時間以上待てるだろうか……。
「せめて此処じゃない所が良いな」
辺りを見渡せば、古めかしい緑色の公衆電話が見えた。
一旦母親に迷子になったことだけでも伝えておこう。もしかしたら、帰り道を教えてくれて解決するかもしれない。
そう思って、公衆電話のある所まで歩いた。
財布から小さく折り畳まれた紙切れを取り出した。
そこには、二つの電話番号が書かれている。一つは母親の携帯電話、そして、二つ目は蓮だ。
「ん? これ、どうやって使うんだ?」
受話器をもって見るが、かけ方が分からない。
数字のボタンを押してみたり、受話器を耳に当ててみたりするが、うんともすんとも言わない。
「あ、もしかして、ここにお金入れてからとか?」
受話器を一旦置いて、十円と百円の表記があったので、そこに百円玉を入れてみる。
カランッと百円玉が出てきた。
それから数分間公衆電話と格闘し、何とか発信出来た。
「あ、母さん? 俺だけど、家に帰れなくなっちゃってさ」
【もう、また? それより何で公衆電話? スマホは?】
「充電切れちゃって。今、廃病院の近くなんだけど、分かる? えっと……原田病院ってとこ」
【あんた、そんなとこまで行っちゃったの!? 電話してくれて正解だわ。そこから絶対動かないのよ。出来るだけ早く帰る様にするから。絶対よ!】
「いや、帰り方教えてくれたら……」
ブザー音と共に、母さんの声が聞こえなくなった。どうやら百円分話してしまったようだ。
財布の中を見れば、五十円玉や五百円玉はあるのに、十円玉か百円玉は見当たらない。辺りには、コンビニはおろか自販機もない。
諦めて、絶対動くなと言われた廃病院の前で待つことに————。
先程座ったベンチに再び腰をかけ、薄手のジャケットのファスナーを上まであげた。
今は十二月始め。秋から冬に移り変わる時期。日が照っている場所は暖かいが、ここは陰が多く肌寒い。廃病院の近くだからか、余計に寒い。
木々のざわめきが亡霊の声に聞こえ、両耳を塞ぎ、目をギュッと瞑る。
「せめて、違う場所で待ちたかった……」
ここで、どのくらい待てば良いのだろうか。動かなければ、母が最短で迎えに来てくれる。しかし、怖いものは怖いのだ。
泣きそうになっていると、ポケットの中でチリンと音が鳴った。ポケットには、家の鍵が入っている。それを取り出すと、更に涙が出そうになった。
「蓮……」
蓮が修学旅行で買ってくれたお土産。蓮の青い鳥と対になっている赤い鳥が、何だか寂しそうに見える。
それを手の中に収め、御守り代わりに握りしめた。
——それから待つこと数十分。
後ろから何かに包まれた。
一瞬、お化けかと思ってビクッとしたが、それはすぐに安心感へと変わった。
この温もり、この匂い……俺は知っている。
「蓮…………何で?」
「逃げても追っかけるって言ったでしょ? もう離さないから」



