結局、蓮が来る方が早かった。
店を出るタイミングを逃した俺は、再び聞き耳を立てた。
「松田先輩。僕どうしたら……」
「蓮君……」
「僕の何がいけなかったんですかね」
「…………とりあえず、何か食べる? 全然食べてないでしょ?」
見た目で分かるほど、蓮はゲッソリしているのだろうか。覗いたらバレるので覗けない。
「この際、二人でやけ食いしちゃう? ぼくも改めてフラれちゃってさ、もう何なんだーって感じなんだよね」
「松田先輩……食べましょう。この際、太っても良いです。むしろ、太ったからフラれたと思う方が諦めがつきます」
蓮は開き直ったように、タッチパネルを操作しているようだ。次から次へと注文ボタンの音が聞こえてくる。
「あ、蓮君。これも注文お願い」
「分かりました」
松田先輩も、一緒になって頼んでいるようだ。
「アイツら、何個注文してんねん。残したらタダじゃすまさへんで」
「海斗君……」
「何や? おれは残してへんで?」
「いや、何も言ってないって」
新城先生は、財布の中身を確認している。
「光希、お腹壊さないと良いが。それに、お金大丈夫かな……」
まるで保護者のような心配様だ。
一通り注文し終えたようで、タッチパネルの音は止まり、店内のBGMの方が大きく聞こえてくる。
「でもさ、何でフラれちゃったの? 理由は教えてくれたの?」
「晴翔の友人が言うには、僕の愛が異常らしいです」
「はは……まぁ、蓮君のは、今に始まったことじゃないよね」
まるで知った様な口振り。
俺よりも蓮のことを知っているようで、モヤッとする。
「でも、僕。松田先輩以外には打ち明けたことなかったんですよ。それなのに、何で晴翔は知っちゃったんだろう……」
「え、ぼくは言ってないよ。秘密は守る主義だから」
「ですよね」
二人だけの秘密。幼馴染で、常に一緒にいたのに、俺には内緒だなんて酷すぎる。
しかし、その秘密が俺にバレた? どういうことだろうか。俺は、知らない間に蓮の秘密を握ったのだろうか。
「なぁなぁ、晴翔。蓮の秘密って何なん?」
「さぁ……?」
「それにしても、光希がおれ以外の男と喋ってるとモヤモヤするのは何故だろう」
「え、先生。それ恋やないん?」
「恋!?」
声が大きすぎて、思わず新城先生の口を塞いでしまった。
「あれ? 司君?」
「松田先輩、どうしたんですか?」
「いや、司君の声が聞こえて」
「新城先生ですか?」
「はは……さっき帰っちゃったから聞こえる訳ないのにね」
「松田先輩……」
何とかバレなかったようだ。俺は新城先生の口元から手を離す。目で怒りを訴えられたので、同じく目で謝罪をしておいた。
「お待たせ致しました。注文の品をお持ちしました」
店員三名が並んで蓮の机に次々と料理を運んで行った。読み上げる品数は、十をはるかにこえている。
「「いただきます」」
気持ちの良いほどに聞こえてくる咀嚼音。皿が綺麗になって行くのが分かる。
「でもさ、蓮君。文化祭で会った時の晴翔君。蓮君のこと大好きって感じだったよ」
「そうですかね。晴翔、意外に演技上手いから」
「確かにね。あの劇で観た最後の涙は、本物だったね」
「え、先輩。先に帰ったんじゃないんですか?」
「可愛い後輩が出るんだよ。観て帰るに決まってるじゃん」
帰ると嘘を吐いてまで松田先輩は、蓮のことを……。
「はは……じゃあ、僕のダメダメな演技も観ちゃったんですね」
「蓮君も格好良かったよ。てかさ、蓮君高校入って更に人気者になったよね。ぼくなんかとご飯食べてて大丈夫?」
「中学ん時も言いましたけど、僕は松田先輩が良いんです」
『松田先輩が良い』そこだけ強調されたように聞こえ、胸がズキリと痛い。
「いつも蓮君は、ぼくが喜ぶ言葉を言ってくれるよね」
「たまたまですよ」
僕といる時より自然体で、楽しそう。そんな蓮の声をもう聞きたくなかった。
二人の恋を応援しようと思ったのに、このままでは悪役に成り下がってしまいそうだ。
「俺、海斗君と付き合う」
「晴翔?」
「海斗君は、俺のこと好きなんだよね? 俺のことだけ愛してくれるんだよね?」
「はぁ……」
海斗は、深い溜め息を吐いて、困惑した表情で頭を掻いた。
「おれ、今の晴翔とは付き合えへん」
「何で? だって海斗君が」
「晴翔、アイツのことしか見てへんやん。そんなにおれ、心広うないねん」
海斗にも見放され、俺はもうダメかもしれない。
「新城先生。退いて下さい」
「トイレか?」
「いえ、お金は学校で払いますから。宜しくお願いします」
「あ、ああ……佐倉、大丈夫か?」
新城先生が心配しながら退いた瞬間、俺は出口に向かって大股で歩いた。
「え、司君? 帰ったんじゃ……てか、今の晴翔君?」
「……晴翔!?」
蓮が追いかけてきた。
「蓮! 頼んだ物は全部食べなよ!」
強く言えば、蓮はその場で右往左往している。
「晴翔! そこで待ってて!」
待てと言われて待つほど、今の俺の心は穏やかではない。
店を出た瞬間、俺は誰にも追い付かれない様に走り出した——。
店を出るタイミングを逃した俺は、再び聞き耳を立てた。
「松田先輩。僕どうしたら……」
「蓮君……」
「僕の何がいけなかったんですかね」
「…………とりあえず、何か食べる? 全然食べてないでしょ?」
見た目で分かるほど、蓮はゲッソリしているのだろうか。覗いたらバレるので覗けない。
「この際、二人でやけ食いしちゃう? ぼくも改めてフラれちゃってさ、もう何なんだーって感じなんだよね」
「松田先輩……食べましょう。この際、太っても良いです。むしろ、太ったからフラれたと思う方が諦めがつきます」
蓮は開き直ったように、タッチパネルを操作しているようだ。次から次へと注文ボタンの音が聞こえてくる。
「あ、蓮君。これも注文お願い」
「分かりました」
松田先輩も、一緒になって頼んでいるようだ。
「アイツら、何個注文してんねん。残したらタダじゃすまさへんで」
「海斗君……」
「何や? おれは残してへんで?」
「いや、何も言ってないって」
新城先生は、財布の中身を確認している。
「光希、お腹壊さないと良いが。それに、お金大丈夫かな……」
まるで保護者のような心配様だ。
一通り注文し終えたようで、タッチパネルの音は止まり、店内のBGMの方が大きく聞こえてくる。
「でもさ、何でフラれちゃったの? 理由は教えてくれたの?」
「晴翔の友人が言うには、僕の愛が異常らしいです」
「はは……まぁ、蓮君のは、今に始まったことじゃないよね」
まるで知った様な口振り。
俺よりも蓮のことを知っているようで、モヤッとする。
「でも、僕。松田先輩以外には打ち明けたことなかったんですよ。それなのに、何で晴翔は知っちゃったんだろう……」
「え、ぼくは言ってないよ。秘密は守る主義だから」
「ですよね」
二人だけの秘密。幼馴染で、常に一緒にいたのに、俺には内緒だなんて酷すぎる。
しかし、その秘密が俺にバレた? どういうことだろうか。俺は、知らない間に蓮の秘密を握ったのだろうか。
「なぁなぁ、晴翔。蓮の秘密って何なん?」
「さぁ……?」
「それにしても、光希がおれ以外の男と喋ってるとモヤモヤするのは何故だろう」
「え、先生。それ恋やないん?」
「恋!?」
声が大きすぎて、思わず新城先生の口を塞いでしまった。
「あれ? 司君?」
「松田先輩、どうしたんですか?」
「いや、司君の声が聞こえて」
「新城先生ですか?」
「はは……さっき帰っちゃったから聞こえる訳ないのにね」
「松田先輩……」
何とかバレなかったようだ。俺は新城先生の口元から手を離す。目で怒りを訴えられたので、同じく目で謝罪をしておいた。
「お待たせ致しました。注文の品をお持ちしました」
店員三名が並んで蓮の机に次々と料理を運んで行った。読み上げる品数は、十をはるかにこえている。
「「いただきます」」
気持ちの良いほどに聞こえてくる咀嚼音。皿が綺麗になって行くのが分かる。
「でもさ、蓮君。文化祭で会った時の晴翔君。蓮君のこと大好きって感じだったよ」
「そうですかね。晴翔、意外に演技上手いから」
「確かにね。あの劇で観た最後の涙は、本物だったね」
「え、先輩。先に帰ったんじゃないんですか?」
「可愛い後輩が出るんだよ。観て帰るに決まってるじゃん」
帰ると嘘を吐いてまで松田先輩は、蓮のことを……。
「はは……じゃあ、僕のダメダメな演技も観ちゃったんですね」
「蓮君も格好良かったよ。てかさ、蓮君高校入って更に人気者になったよね。ぼくなんかとご飯食べてて大丈夫?」
「中学ん時も言いましたけど、僕は松田先輩が良いんです」
『松田先輩が良い』そこだけ強調されたように聞こえ、胸がズキリと痛い。
「いつも蓮君は、ぼくが喜ぶ言葉を言ってくれるよね」
「たまたまですよ」
僕といる時より自然体で、楽しそう。そんな蓮の声をもう聞きたくなかった。
二人の恋を応援しようと思ったのに、このままでは悪役に成り下がってしまいそうだ。
「俺、海斗君と付き合う」
「晴翔?」
「海斗君は、俺のこと好きなんだよね? 俺のことだけ愛してくれるんだよね?」
「はぁ……」
海斗は、深い溜め息を吐いて、困惑した表情で頭を掻いた。
「おれ、今の晴翔とは付き合えへん」
「何で? だって海斗君が」
「晴翔、アイツのことしか見てへんやん。そんなにおれ、心広うないねん」
海斗にも見放され、俺はもうダメかもしれない。
「新城先生。退いて下さい」
「トイレか?」
「いえ、お金は学校で払いますから。宜しくお願いします」
「あ、ああ……佐倉、大丈夫か?」
新城先生が心配しながら退いた瞬間、俺は出口に向かって大股で歩いた。
「え、司君? 帰ったんじゃ……てか、今の晴翔君?」
「……晴翔!?」
蓮が追いかけてきた。
「蓮! 頼んだ物は全部食べなよ!」
強く言えば、蓮はその場で右往左往している。
「晴翔! そこで待ってて!」
待てと言われて待つほど、今の俺の心は穏やかではない。
店を出た瞬間、俺は誰にも追い付かれない様に走り出した——。



