※晴翔視点に戻ります※
「新城先生。悩みを聞いてくれてありがとうございます」
「いや、こちらこそ。また聞いてくれ」
正直嫌だが、ここは笑って誤魔化そう。
「機会があれば」
「じゃ、文化祭楽しんでこい」
「はい」
何とか新城先生の誤解も解け、俺は再び賑わう人混みの中へと戻ってきた。
「晴翔!」
「わ、蓮!?」
心の準備も出来ぬまま、蓮に見つかってしまった。
「晴翔、さっきはごめん!」
「何で蓮が謝るんだ? 謝るのは俺の方なのに。それより、松田先輩は?」
「あっち探してくれてる」
「俺、迷惑かけっぱなしだな……」
「見つかったって、メールしとくね」
蓮は、文化祭中は禁止だと言われていたスマホを取り出した。
さっきまで新城先生がいた場所を振り返りながら、戻ってきませんようにと祈る。
連絡を取り終えた蓮は、ポケットにスマホを収め、いつものように笑顔を浮かべて言った。
「晴翔、次何処行きたい?」
「松田先輩は?」
「帰るって」
「そっか。蓮、俺たち…………」
「ん?」
「いや、俺、お腹すいたなぁ。さっきのじゃやっぱ足りないや」
もう少しだけ、せめて今日だけは恋人でいたい。
「模擬店行ってみよっか。たこ焼きにお好み焼き、ラーメンとかもあったよ」
「じゃあ、たこ焼きで」
「たこ焼きは、こっちかな。行こ」
「うん」
いつものように蓮の隣を歩く。
いつか、ここが松田先輩のものになるのかと思うと悲しくなるが、蓮が幸せならそれで良い。
「晴翔? どうかした?」
「ううん。早く行こうぜ」
——俺は無駄にはしゃいだ。
たこ焼きを食べた後は、バザーを見て回ったり、子供向けのゲームもした。軽音部の発表を見て、後は俺達の劇の出番に向けて準備をするのみ。
「あのさ、蓮。最後にクレープ食べたい」
「晴翔、まだ食べるの?」
「うん。最後に」
「良いけど、間に合うかな」
「大丈夫だって」
クレープ売り場までは、そう遠くない。蓮と一緒に走って売り場まで行き、列に並ぶ。
「わぁ、葉山君だ」
「佐倉君とラブラブだよね」
「目の保養」
文化祭中ずっとではあるが、周りの視線が痛い。けれど、これも今日までだと思うと、何だか切ない。
自分の番が回ってきたので、俺は三種類のクレープからイチゴのクレープを選んだ。
「これ、ひとつ下さい」
「わ、葉山先輩だ。た、只今!」
蓮を見て緊張した下級生が、丁寧にクレープを焼き始めた。ほんのり甘くて香ばしい匂いに、少し心を落ち着かせた。
出来上がったクレープは素人のそれだったが、文化祭なのでこんなものだろう。
「蓮、一緒に食べよ」
「え、二人で? シェア?」
「い、嫌だった?」
さっきもパンケーキやパフェでしたのに、クレープは嫌なのだろうか。いや、そもそもお腹が空いてない?
「クレープって、カップルっぽいじゃん?」
照れながら首を傾げて言えば、蓮は口元を片手で覆って上を向いた。
「嫌なら良いけど……」
「ううん。嬉しくて、泣きそう」
「何だよそれ」
校舎の隅の方に移動し、俺は蓮にチョコいちごクレープを“あーん”した。
女子みたいだからと周りには公言していないが、蓮は生クリームのような甘い物が大好物。さっきのパンケーキも生クリームにハチミツたっぷりだった。ちなみに俺は苺が好きだ。
「あ、蓮。食べ過ぎ! 苺ちょこっとしか入ってないのに」
「え、返そうか?」
「返せねーだろ」
もう、と文句を言っていると、蓮の顔が近付いて来た。
「え、は? もしかして口移し? ば、馬鹿! そういうのは、誰もいない所で」
ギュッと目を瞑れば、蓮は口の中の物をゴクリと飲み込んだ。そして、目の前でニコリと笑って言った。
「誰もいない所なら良いんだ。口移し」
「なッ」
俺の顔は、耳まで真っ赤になっていることだろう。
「蓮の意地悪」
何とも言えないこの気持ちを俺はクレープをパクッと食べて落ち着かせることにした。
二人で食べたら、クレープは、あっという間に無くなった。そのゴミを小さく折り畳む蓮の横で、俺は、写真部に撮ってもらった二人の写真を眺めながら、本題に入った。
「あのさ、蓮」
「ん?」
「俺さ、蓮と付き合えて幸せだったよ」
「僕もだよ」
満面の笑みで返されたので、蓮も本当に俺のことが好きなのではないかと勘違いしてしまう。所詮、松田先輩の代わりでしかないのに……。
「蓮、別れよっか」
「え……」
「俺、蓮に幸せになってもらいたいんだよね」
「だったら何で……? 何で急にそんなこと言うの? 僕、何かした?」
俺は首を横に振った。
「イチゴ食べちゃったから? やっぱり、心の狭い男は嫌? 海斗みたいな男が、晴翔は好きなの? 直すから。晴翔が嫌がることはしないから、そんなこと言わないでよ」
縋り付いてくる蓮に、笑顔で言った。
「劇、頑張ろうな」
「劇どころじゃないよ! そんなのどうだって良い!」
「俺がヒロインじゃ嫌?」
「そう言う問題じゃ……」
「俺は蓮と演じられて幸せだよ。ほら、行こう」
俺は涙を堪え、俯きながら歩く蓮と共に体育館裏に向かった——。
◇◇◇◇
遂に俺達のクラスの出し物の番。
蓮や海斗がいるおかげで、劇は大盛況。席も満員で、立っている者までいる。
そして、前に練習で俺が蓮に抱き付いてしまったシーン。
「なんて幸せなんだろう。夢にも願わなかったことが叶ったんだ。君は僕の幸福を喜んでくれるね」
声のトーンは低く、セリフも棒読み。
何だか、全然幸せそうじゃない王子様。
それでも、画が良いのでブーイングは起きない。
俺が俯き加減に立ち去ろうとするのに、蓮に肩を掴まれたまま動けない。
「蓮、そろそろ俺捌けないと」
小声で言うも、蓮は寂しそうな顔をするのみ。
「僕は、僕は……」
「蓮?」
ギュッと抱きしめられた。
「僕は、やっぱり君じゃなきゃ嫌だ。僕と一生一緒に生きていこう」
ドキリとした。
本心なのではないかと思った。
けれど、これはあくまでも劇。蓮が珍しく間違えただけだ。
「王子様。私は、王子様の幸せを願いますわ」
優しく微笑み、幕が一旦おりた。
「お前、いくら晴翔が好きやからって、劇くらいちゃんとせぇや。晴翔のおかげで助かったけどな」
海斗が、俺と蓮を引き剥がした。
「ほな、このままラストシーン行くで? もう、わやくちゃや」
俺だけが舞台に残り、再び幕が上がった。
「こうして、人魚姫は王子様の幸せを願って泡に……」
ナレーションを遮るように、海斗が現れた。
「可哀想に……あんなにあの王子様の事を想っていたのに、あの王子は他の女と結婚なんて」
海斗と見つめ合う。
「僕は、あなたに一目惚れしました。どうか僕と結婚して下さい」
俺が頷けば、キスしたフリをして幕が閉じる。そのはずだが、俺は涙を抑えきれなくなってしまった。
「晴翔……?」
「ごめッ」
「たく、さっきから何やねん」
優しく抱きしめられた。顔が見えないように配慮してくれ、俺は海斗の胸で泣いた。
拍手と共に、幕は閉じた——。
「新城先生。悩みを聞いてくれてありがとうございます」
「いや、こちらこそ。また聞いてくれ」
正直嫌だが、ここは笑って誤魔化そう。
「機会があれば」
「じゃ、文化祭楽しんでこい」
「はい」
何とか新城先生の誤解も解け、俺は再び賑わう人混みの中へと戻ってきた。
「晴翔!」
「わ、蓮!?」
心の準備も出来ぬまま、蓮に見つかってしまった。
「晴翔、さっきはごめん!」
「何で蓮が謝るんだ? 謝るのは俺の方なのに。それより、松田先輩は?」
「あっち探してくれてる」
「俺、迷惑かけっぱなしだな……」
「見つかったって、メールしとくね」
蓮は、文化祭中は禁止だと言われていたスマホを取り出した。
さっきまで新城先生がいた場所を振り返りながら、戻ってきませんようにと祈る。
連絡を取り終えた蓮は、ポケットにスマホを収め、いつものように笑顔を浮かべて言った。
「晴翔、次何処行きたい?」
「松田先輩は?」
「帰るって」
「そっか。蓮、俺たち…………」
「ん?」
「いや、俺、お腹すいたなぁ。さっきのじゃやっぱ足りないや」
もう少しだけ、せめて今日だけは恋人でいたい。
「模擬店行ってみよっか。たこ焼きにお好み焼き、ラーメンとかもあったよ」
「じゃあ、たこ焼きで」
「たこ焼きは、こっちかな。行こ」
「うん」
いつものように蓮の隣を歩く。
いつか、ここが松田先輩のものになるのかと思うと悲しくなるが、蓮が幸せならそれで良い。
「晴翔? どうかした?」
「ううん。早く行こうぜ」
——俺は無駄にはしゃいだ。
たこ焼きを食べた後は、バザーを見て回ったり、子供向けのゲームもした。軽音部の発表を見て、後は俺達の劇の出番に向けて準備をするのみ。
「あのさ、蓮。最後にクレープ食べたい」
「晴翔、まだ食べるの?」
「うん。最後に」
「良いけど、間に合うかな」
「大丈夫だって」
クレープ売り場までは、そう遠くない。蓮と一緒に走って売り場まで行き、列に並ぶ。
「わぁ、葉山君だ」
「佐倉君とラブラブだよね」
「目の保養」
文化祭中ずっとではあるが、周りの視線が痛い。けれど、これも今日までだと思うと、何だか切ない。
自分の番が回ってきたので、俺は三種類のクレープからイチゴのクレープを選んだ。
「これ、ひとつ下さい」
「わ、葉山先輩だ。た、只今!」
蓮を見て緊張した下級生が、丁寧にクレープを焼き始めた。ほんのり甘くて香ばしい匂いに、少し心を落ち着かせた。
出来上がったクレープは素人のそれだったが、文化祭なのでこんなものだろう。
「蓮、一緒に食べよ」
「え、二人で? シェア?」
「い、嫌だった?」
さっきもパンケーキやパフェでしたのに、クレープは嫌なのだろうか。いや、そもそもお腹が空いてない?
「クレープって、カップルっぽいじゃん?」
照れながら首を傾げて言えば、蓮は口元を片手で覆って上を向いた。
「嫌なら良いけど……」
「ううん。嬉しくて、泣きそう」
「何だよそれ」
校舎の隅の方に移動し、俺は蓮にチョコいちごクレープを“あーん”した。
女子みたいだからと周りには公言していないが、蓮は生クリームのような甘い物が大好物。さっきのパンケーキも生クリームにハチミツたっぷりだった。ちなみに俺は苺が好きだ。
「あ、蓮。食べ過ぎ! 苺ちょこっとしか入ってないのに」
「え、返そうか?」
「返せねーだろ」
もう、と文句を言っていると、蓮の顔が近付いて来た。
「え、は? もしかして口移し? ば、馬鹿! そういうのは、誰もいない所で」
ギュッと目を瞑れば、蓮は口の中の物をゴクリと飲み込んだ。そして、目の前でニコリと笑って言った。
「誰もいない所なら良いんだ。口移し」
「なッ」
俺の顔は、耳まで真っ赤になっていることだろう。
「蓮の意地悪」
何とも言えないこの気持ちを俺はクレープをパクッと食べて落ち着かせることにした。
二人で食べたら、クレープは、あっという間に無くなった。そのゴミを小さく折り畳む蓮の横で、俺は、写真部に撮ってもらった二人の写真を眺めながら、本題に入った。
「あのさ、蓮」
「ん?」
「俺さ、蓮と付き合えて幸せだったよ」
「僕もだよ」
満面の笑みで返されたので、蓮も本当に俺のことが好きなのではないかと勘違いしてしまう。所詮、松田先輩の代わりでしかないのに……。
「蓮、別れよっか」
「え……」
「俺、蓮に幸せになってもらいたいんだよね」
「だったら何で……? 何で急にそんなこと言うの? 僕、何かした?」
俺は首を横に振った。
「イチゴ食べちゃったから? やっぱり、心の狭い男は嫌? 海斗みたいな男が、晴翔は好きなの? 直すから。晴翔が嫌がることはしないから、そんなこと言わないでよ」
縋り付いてくる蓮に、笑顔で言った。
「劇、頑張ろうな」
「劇どころじゃないよ! そんなのどうだって良い!」
「俺がヒロインじゃ嫌?」
「そう言う問題じゃ……」
「俺は蓮と演じられて幸せだよ。ほら、行こう」
俺は涙を堪え、俯きながら歩く蓮と共に体育館裏に向かった——。
◇◇◇◇
遂に俺達のクラスの出し物の番。
蓮や海斗がいるおかげで、劇は大盛況。席も満員で、立っている者までいる。
そして、前に練習で俺が蓮に抱き付いてしまったシーン。
「なんて幸せなんだろう。夢にも願わなかったことが叶ったんだ。君は僕の幸福を喜んでくれるね」
声のトーンは低く、セリフも棒読み。
何だか、全然幸せそうじゃない王子様。
それでも、画が良いのでブーイングは起きない。
俺が俯き加減に立ち去ろうとするのに、蓮に肩を掴まれたまま動けない。
「蓮、そろそろ俺捌けないと」
小声で言うも、蓮は寂しそうな顔をするのみ。
「僕は、僕は……」
「蓮?」
ギュッと抱きしめられた。
「僕は、やっぱり君じゃなきゃ嫌だ。僕と一生一緒に生きていこう」
ドキリとした。
本心なのではないかと思った。
けれど、これはあくまでも劇。蓮が珍しく間違えただけだ。
「王子様。私は、王子様の幸せを願いますわ」
優しく微笑み、幕が一旦おりた。
「お前、いくら晴翔が好きやからって、劇くらいちゃんとせぇや。晴翔のおかげで助かったけどな」
海斗が、俺と蓮を引き剥がした。
「ほな、このままラストシーン行くで? もう、わやくちゃや」
俺だけが舞台に残り、再び幕が上がった。
「こうして、人魚姫は王子様の幸せを願って泡に……」
ナレーションを遮るように、海斗が現れた。
「可哀想に……あんなにあの王子様の事を想っていたのに、あの王子は他の女と結婚なんて」
海斗と見つめ合う。
「僕は、あなたに一目惚れしました。どうか僕と結婚して下さい」
俺が頷けば、キスしたフリをして幕が閉じる。そのはずだが、俺は涙を抑えきれなくなってしまった。
「晴翔……?」
「ごめッ」
「たく、さっきから何やねん」
優しく抱きしめられた。顔が見えないように配慮してくれ、俺は海斗の胸で泣いた。
拍手と共に、幕は閉じた——。



