三組のお化け屋敷にて。

「やっぱ高校生が作るもんだから、怖くないな」

 と言いながらも、蓮の腕にしっかりと絡みつく。蓮は上機嫌だ。

「晴翔。今日一日、ここにいたいね」
「はは……さすがにそれは勘弁してくれ」

 ダンボールで出来た落武者がライトアップされ、そこを通り過ぎた辺りから、部屋の中は更に暗くなっていく——。

「ヒャッ!」
「晴翔!? 大丈夫!?」
「なんか、なんか……冷たいのが」

 顔にニュルッと何かが当たったのだ。
 蓮にしがみつく腕の力が、更に強くなる。

「晴翔。これ、コンニャクだよ」
「はは……だよな。だと思ったぜ」

 危うく失禁するところだった。
 自分から入りたいと言った手前、引き返せない。後どのくらいのしかけがあるのだろうか。

「わッ!」
「晴翔!? 今度は何?」
「足、足が……むにゅッて。むにゅッてした」

 俺は目をギュッと瞑って上を向き、蓮が足元を見てくれた。

「あー、これ多分、前の人にしかけたコンニャクだよ。落ちたらそのままにして、新しいの吊るしてるんだよ」
「なるほど」

 正体が分かれば、なんてことない。

「よし、さっさと行こうぜ。ギャッ」

 前言撤回だ。正体が分かっても、暗がりの中で踏めば気色が悪い。

「蓮は、良くそんな平然と進めるよな」
「まぁ、所詮、学生が作ったものだから」
「作った人が可哀想だろ。泣くぞ」
「さっき晴翔も言ってたじゃん」
「言ってないし」

 いや、言った。言ったけれど、それは強がりだ。正直凄く怖い。だから、馬鹿にする言動は改めることにした。

 三組のお化け屋敷の作成者に、心の中で拍手を送っていると、蓮が閃いたように言った。

「じゃあさ、晴翔。抱っこしたげようか」
「は?」
「抱っこしたら、足元は大丈夫だよ」
「確かに……って、抱っこなんてされたら、足元は大丈夫だけど、心臓が大丈夫じゃない」
「心臓? 目も瞑ってたら見なくてすむから、驚くことも減るよ」
「いや……そっちの心臓の心配じゃなくて」

 蓮に抱っこされたら、ドキドキが止まらなくなる。それこそ、お化けどころではなくなってしまう。

「もう、蓮が手を離さなかったら大丈夫だから」

 照れを隠しながら、絡めていた手を蓮の腕から手に変える。
 引っ張り気味に先を歩くと、白い布がふわふわ浮いているのが見えた。

「今度は騙されないから。どうせ上に何かいるんだろ」

 そう思って、下を向きながら歩く。上さえ見なけりゃ大丈夫。上さえ見なけりゃ……俺の悪い癖が出た。見るなと言われると見たくなる悪い癖。

 チラッと上を見れば、口裂け女が上の方に浮いていた。実際は浮いていないのだろうが、浮いて見える。
 口裂け女と目がバッチリ合い、それがニヤッと笑って言った。

「わたしって、き、れ、い?」
「ギャーーー!!!」
「晴翔!!」

 俺は、一目散に逃げ出した。

「首が、首が、首が変な方に向いてるんだけど、ありえない方に向いてたんだけど! 蓮! 蓮!?」

 恐怖のあまり、蓮の手を離してしまっていたようだ。俺の心の支えが……。

 しかし、戻る勇気はない。そのまま突っ走って出口に向かうことにした。

 ドンッ!!

 何かにぶつかり、尻餅をついた。

「わッ、またお化け!? もう勘弁して!」

 懇願するように言えば、優しく声をかけられた。

「ごめんね。大丈夫?」

 お化けではなかったようだ。安堵する。
 しかし、暗くて顔は見えない。声の感じからして多分男だろうということしか分からない。目を凝らしてみても、ぼんやりだ。それは、向こうも同じなようだ。

 声の主に手を差し伸べられたので、それを掴む。

「すみません。ありがとうございます」
「お化け屋敷。怖いよね。分かる分かる」

 相当怯えていたのがバレている。
 羞恥でいっぱいだが、この暗がりで表情が見えないので助かった。
 正体を明かさず、早々にここから退散してしまおう。そう思った矢先、背後から声がした。

「晴翔! 何処? 晴翔!」

 蓮だ。
 よりにもよって、大声で名前を叫んでいる。

「はるとって、君のこと?」
「はは……まさか」
「ぼくにも昔、晴翔っていう後輩が……」
「晴翔。やっと見つけた。突然走りださないでよ」
「はは……ごめん」

 蓮は、暗くても俺だと認識出来るようだ。俺も何故か蓮は認識出来る。
 もしや、愛の力?
 なんて、しょうもないことを考えながら、自然と三人ですぐ近くの出口に向かって歩く。

「晴翔、この人は?」

 蓮が小声で聞いてきた。

「うん。さっきぶつかっちゃって」
「そっか。晴翔がすみませんでした」

 まるで保護者のように蓮が謝罪した。
 何だか情けない。

「ううん、大丈夫。それよりさ、君。蓮君だよね?」
「あ、はい。僕のこと知っているんですか?」
「ぼくのこと、忘れちゃった?」
「え?」

 蓮が出口のカーテンを開けた瞬間、光が差し込み、彼の顔が見えた。

「松田先輩」
「蓮。松田先輩って、誰……ギャッ!」

 最後の最後に、またもやコンニャクがしかけられていた。
 驚いた拍子に、すっ転びそうになった俺を二人が両側から支えてくれた。
 二人の感動の再会を台無しにした感じになってしまった。

「ごめん……なさい」

 ——そして、まだまだ文化祭は続く。