※蓮視点です※

 思わず逃げてしまった。
 晴翔が可愛すぎて、理性が負けそうになったから。

 それにしても、あれは反則だと思う。

『嫌いにならないで』

 そんなのなる訳ない。日に日に好きが増してどうしようもなくて困っている。むしろ、嫌いになれたらどれだけ楽か——。

 晴翔と海斗が化学準備室にいたのも、多分理由があったから。晴翔は僕を裏切らない。

 それは分かっているのだが、海斗は完全に晴翔を狙っている。しかも、海斗は見た目も良いしノリも良い。それに方言男子は好かれる。だから、嫉妬してしまう。

 そして何より、名前が似ている。

 晴翔と海斗、漢字は違えど兄弟みたいではないか。羨ましい。羨ましすぎる。

 けれど、“嫉妬してばかりだと嫌われる”。

 海斗に言われた言葉だが、僕自身そう思う。だから、海斗を殴りたい気持ちをグッと抑えて、一日を乗り切ろうとした。

 それなのに、劇の練習の途中で抱きしめられて……晴翔の気持ちが伝わってきた。僕が好きなんだなって、改めて実感して安心出来た。

 二人きりならチュッとして、そのまま押し倒すレベルだが、流石に人が多すぎる。

 思わず逃げてきたが、晴翔のことだから、また勘違いして悪い方に考えていそうだ。早く戻ってフォローしないと。

 でも、まだ顔が見れそうにない。もう少し、もう少しだけ休憩してから。
 深呼吸して気分を落ち着かせてみる。しかし、すぐには難しい。胸のドキドキが未だ収まらない。

 壁にもたれ掛かってドキドキを鎮めていると、中庭の方で声がした。ちなみに、僕は二階の渡り廊下。

「ねぇ、君。どこのクラスの子?」
「可愛いね」
「もしかして違う高校?」
「えっと……」

 晴翔の声だ。

 すぐに分かった僕は、下を覗き見た。

「髪切ってから、ただでさえ狙われてるのに。あんな格好で……」

 王子様の格好をした僕が言う事ではないが。
 とにかく、可愛らしい女の子の姿の晴翔が男子生徒三名に絡まれている。

「あの……俺、こんな格好してますけど、二年の佐倉です」

 うわ、よりによって正体バラしちゃったよ。

「佐倉……?」
「聞いたことあるな」
「あ、あれじゃね? 葉山と付き合ってるってゲイの」
「マジ? 普通に女の子じゃん」
「これならオレもイけるかも」
「だよな」
「あの……その葉山君、探してて。見ませんでした?」

 男子らは顔を見合わせてニヤリと笑った。

「あ、ボク見たよ」
「オレもオレも」
「本当ですか!?」

 パァッと明るく笑う晴翔を誘導するように、男子三人が晴翔を囲いながら歩き出した。

「あ、場所だけ教えて貰ったら自分で」
「良いから良いから」
「親切な先輩が案内してあげる」

 これは非常にまずい。

 晴翔の顔が見られないとか言っている場合ではない。僕は、二階から飛び降りた。

「晴翔」
「あ、蓮! って、今上から降りて来なかった?」
「王子様が助けに来てあげたよ」
「助けに?」

 キョトンとする晴翔。やはり状況を理解していなかったようだ。

「先輩方、道案内ありがとうございました」

 嫌味たっぷりに言えば、男子生徒らはバツが悪そうに笑い、その場から離れた。

「はは、困ったことがあったらいつでも言えよ」
「じゃあな」

 晴翔は、それに笑顔で振り返したので、すぐさま手を下にさげさせた。

「良い先輩達もいるもんだな」

 まだ言ってる。知らない方が幸せなのだろうか。

「昼間なんて、めっちゃデカい先輩三人に追いかけ回されて尻狙われたんだけど、海斗君が蹴散らしてくれたんだぜ」
「いや、今のもだよ」
「へ?」
「てか、もしかして休憩時間にアイツと二人でいたのって」
「うん。あそこに隠れて、時間潰しとこうって」
「なんだ」

 僕は一気に脱力した。

 その場にへたり込んでいると、晴翔が言った。

「でも、中で告白された」
「は?」

 『誤解なんかじゃないじゃないか!』と、叫びたかったが、ひとまず我慢。余裕のない男は嫌われる。

「それで、晴翔は何て返事したの?」
「ごめんなさい。って、蓮が好きだからって断った」
「ギュッてして良い?」
「ん? ごめん、聞こえなかった」
「いや、何でもない。中で抱き合ってたのは?」

 告白されて断ったのに抱き合う理由。無理矢理というより、晴翔が海斗にって感じだった。

 断ったのは嘘で、本当は……なんてことは晴翔に限ってないと思いたい。

「あれは……」

 晴翔は言葉を詰まらせた。

 何故? やはり、やましいことがあるから? 嫌な予感が的中?

 不安でいっぱいになっていると、晴翔は目を合わせずに小さな声で、且つ早口で言った。

「蓮がいきなり入ってきたから、びっくりして転んだ」
「え?」
「だから、蓮が入ってきたことにびっくりして、転びそうになったの。それを海斗君がキャッチしてくれただけ。どんくさくて悪かったな」

 照れる晴翔が可愛すぎる。

「蓮がいけないんだぞ。俺のそばにずっといないから」

 責任転嫁にも程がある。

 けれど、晴翔なら許せる。むしろ、僕が悪いんじゃないかと思ってしまう。

「ごめん。なんか僕、最近格好悪いところばっか見せてるよね」

 情けないと思って俯けば、晴翔も僕の横にしゃがんだ。そして、頭を撫で撫でしてくれた。

「あのさ、蓮」
「何?」
「顔上げて」
「嫌だ。みっともない顔してるもん」
「は? お前、今、世の中の男全員を敵に回したからな! 分かってんのか!」

 十年近く、その綺麗な顔を隠してきた男にだけは、言われたくない。

「良いから、顔あげろって」
「んッ」

 上げた瞬間、キスされた。

 晴翔からは、二度目。告白してOKをもらった時依頼だ。

 いつも僕からだったので、それも不安材料の一つだった。

「海斗君がさ、チューしたら大丈夫って」
「またアイツか」
「嫌だった?」

 海斗のアドバイスというのは嫌だが、晴翔からのキスは嬉しい。

「ううん。最高」
「なら良かった。着替えて帰ろうぜ」
「そのままで良いのに」
「嫌だよ。気色悪い」

 ——海斗は嫌いだけど、今日一日は足を向けて寝られそうにない。感謝の気持ちは、絶対言わないけれど。

 そして、良いやつなのか、悪いやつなのか……分からなくなってきた。