放課後は、劇の練習。
蓮の配慮により、ナレーションが序盤のあらすじを説明し、人魚姫が声を失ったところから物語は始まる。
つまりは、俺は喋る必要がなく、王子様が話すのをニコニコ聞くシーンが多い。今も王子様の格好をした蓮の話をニコニコしながら聞いている。
練習なのに、毎日のようにウィッグと化粧もバッチリされ、水色のワンピースを着せられている。蓮も同様に王子様の格好だが、その他のクラスメイトは制服のまま。これは嫌がらせだろうか。嫌がらせに違いない。
そして、化学準備室での一件をまだ怒っているのか、演技でも無駄に密着していた蓮が、少しだけ離れている。その少しは、側から見れば分からないものかもしれないが、当事者だから分かる。
「なんて幸せなんだろう! 夢にも願わなかったことが叶ったんだ。君は僕の幸福を喜んでくれるね」
迫真の演技をする蓮は、本当に嬉しそうに言う。
そりゃ、蓮の幸福は喜びたいけれど、好きな相手が違う人に取られて、心から喜べる人はいない。いると言うなら、それは化け物か何かだ。
俺は黙って蓮を抱きしめた。
それはもう、ギュッと——。
「晴翔」
戸惑いながら小さく呼ぶ蓮の声で、ハッと我に返った。
「あれ、俺……」
周りを見れば、クラスメイトと廊下にいる他クラスの観客達が蹲って悶えている姿が目に映った。
「尊い……」
「このカップル、神だわ」
「行かないで、って気持ちが全面に出てて……良い」
ぶつぶつと呟く人達の声も耳には入らず、俺の顔は、みるみる真っ赤になっていく。
だって、こんなシーンではないから。というか、王子様と抱き合うシーンなんて一度もない。
今は、胸が潰れそうな思いで、儚げにその場を離れるシーン。一旦退場するはずだったのに、何で抱きしめて……穴があったら入りたい。
「晴翔、練習だから大丈夫だよ」
「う、うん……ごめん」
泣きそうな顔で見上げれば、蓮に目を逸らされた。普通にショックだ。
「やっぱ、さっきの怒ってる?」
「べ、別に……怒ってないよ」
やはり、目が合わない。
「は、晴翔。みんな見てるから」
「そうだけど……」
周りの奴らより、蓮に嫌われたら俺の人生終わりだ。蓮にだけは嫌われたくないから。
「嫌いにならないで」
懇願するように言えば、蓮は黙って俺の腕をそっと離した。
「え……」
蓮は、教室から静かに出て行った——。
初めての事で戸惑いが隠せない。
これは、完全に嫌われた?
嫌っていなかったら、『嫌いじゃないよ』とか言うはずだし、俺を一人でこんな場所に残したりしないはず。
本気で泣きそうになっていると、海斗がトンッと肩を叩いてきた。
「海斗君」
海斗も蓮同様に背が高いので、同じように見上げた。
「うわッ、威力ハンパな」
「威力?」
「そんなウルウルの瞳で上目遣いなんてされたら、誰でもああなるわ。アイツ悪ないわ。悪いんは人魚姫様やな」
何故か海斗の言葉に、周りの生徒ら全員がうんうんと頷いた。
「俺が……悪い?」
海斗を含め、そこにいる全員が再び首を縦に振った。
何故海斗以外も理由を知っているのか分からないが、俺が悪いなら謝罪しなければ。早く謝罪して、仲直りしなければ。
「俺、謝ってくる」
すぐに蓮を追いかけようと一歩踏み出せば、海斗が困ったように言った。
「いや、謝るもんでもないっちゅうか。むしろご褒美?」
「は? 俺が悪いんだよね?」
「そやろなとは思いよったけど、コイツやっぱ無自覚か」
「海斗君、何が言いたいの?」
「いや、アイツよう落とせたなって。十年くらい、生殺し状態やったんちゃうか」
「え……」
蓮が十年近く生殺し状態?
そんなに苦しんでいたのか?
俺と一緒にいるのが、本当は苦痛でしょうがなかった?
いや、でも、蓮から告白されたし。愛は重いような気がしたけど、気のせい?
ぐるぐると悪い方向に考えていると、海斗が背中をポンッと叩いてくれた。
「また勘違いしよるやろ。とにかく会ってチューでもしてき」
「え、チュー?」
「それだけじゃ、すまんかもしれんけどな」
何故か海斗の言葉に、周りの生徒らが再び蹲って悶え始めた。妙な妄想が繰り広げられているのかもしれない。
「でも、海斗君。何でそんな親切にしてくれるの? 俺と蓮が別れた方が嬉しいんでしょ?」
「そりゃな。せやけど、友達が困ってんのに放っておけんやろ」
「友達……」
その響きに喜びを感じる。
「それに、おれは晴翔を正々堂々落としたんねん。覚悟しぃや」
ウィンクしながらズキュンと指鉄砲を撃たれたので、俺は思わず避けた。
「うわ、避けんなや! てか、晴翔の動き遅すぎて、もう撃たれとるわ。アホ」
「だって、一応避けとかないと、本当に好きになりそうだから」
「それやそれ! そういうとこやって。まだ脈あるんかなとか思ってまうやろ。さっさと行かんか、アホ」
「そんなアホアホ言わなくて良いのに……」
何だかモヤモヤした気持ちで、俺は蓮を探しに行った——。
蓮の配慮により、ナレーションが序盤のあらすじを説明し、人魚姫が声を失ったところから物語は始まる。
つまりは、俺は喋る必要がなく、王子様が話すのをニコニコ聞くシーンが多い。今も王子様の格好をした蓮の話をニコニコしながら聞いている。
練習なのに、毎日のようにウィッグと化粧もバッチリされ、水色のワンピースを着せられている。蓮も同様に王子様の格好だが、その他のクラスメイトは制服のまま。これは嫌がらせだろうか。嫌がらせに違いない。
そして、化学準備室での一件をまだ怒っているのか、演技でも無駄に密着していた蓮が、少しだけ離れている。その少しは、側から見れば分からないものかもしれないが、当事者だから分かる。
「なんて幸せなんだろう! 夢にも願わなかったことが叶ったんだ。君は僕の幸福を喜んでくれるね」
迫真の演技をする蓮は、本当に嬉しそうに言う。
そりゃ、蓮の幸福は喜びたいけれど、好きな相手が違う人に取られて、心から喜べる人はいない。いると言うなら、それは化け物か何かだ。
俺は黙って蓮を抱きしめた。
それはもう、ギュッと——。
「晴翔」
戸惑いながら小さく呼ぶ蓮の声で、ハッと我に返った。
「あれ、俺……」
周りを見れば、クラスメイトと廊下にいる他クラスの観客達が蹲って悶えている姿が目に映った。
「尊い……」
「このカップル、神だわ」
「行かないで、って気持ちが全面に出てて……良い」
ぶつぶつと呟く人達の声も耳には入らず、俺の顔は、みるみる真っ赤になっていく。
だって、こんなシーンではないから。というか、王子様と抱き合うシーンなんて一度もない。
今は、胸が潰れそうな思いで、儚げにその場を離れるシーン。一旦退場するはずだったのに、何で抱きしめて……穴があったら入りたい。
「晴翔、練習だから大丈夫だよ」
「う、うん……ごめん」
泣きそうな顔で見上げれば、蓮に目を逸らされた。普通にショックだ。
「やっぱ、さっきの怒ってる?」
「べ、別に……怒ってないよ」
やはり、目が合わない。
「は、晴翔。みんな見てるから」
「そうだけど……」
周りの奴らより、蓮に嫌われたら俺の人生終わりだ。蓮にだけは嫌われたくないから。
「嫌いにならないで」
懇願するように言えば、蓮は黙って俺の腕をそっと離した。
「え……」
蓮は、教室から静かに出て行った——。
初めての事で戸惑いが隠せない。
これは、完全に嫌われた?
嫌っていなかったら、『嫌いじゃないよ』とか言うはずだし、俺を一人でこんな場所に残したりしないはず。
本気で泣きそうになっていると、海斗がトンッと肩を叩いてきた。
「海斗君」
海斗も蓮同様に背が高いので、同じように見上げた。
「うわッ、威力ハンパな」
「威力?」
「そんなウルウルの瞳で上目遣いなんてされたら、誰でもああなるわ。アイツ悪ないわ。悪いんは人魚姫様やな」
何故か海斗の言葉に、周りの生徒ら全員がうんうんと頷いた。
「俺が……悪い?」
海斗を含め、そこにいる全員が再び首を縦に振った。
何故海斗以外も理由を知っているのか分からないが、俺が悪いなら謝罪しなければ。早く謝罪して、仲直りしなければ。
「俺、謝ってくる」
すぐに蓮を追いかけようと一歩踏み出せば、海斗が困ったように言った。
「いや、謝るもんでもないっちゅうか。むしろご褒美?」
「は? 俺が悪いんだよね?」
「そやろなとは思いよったけど、コイツやっぱ無自覚か」
「海斗君、何が言いたいの?」
「いや、アイツよう落とせたなって。十年くらい、生殺し状態やったんちゃうか」
「え……」
蓮が十年近く生殺し状態?
そんなに苦しんでいたのか?
俺と一緒にいるのが、本当は苦痛でしょうがなかった?
いや、でも、蓮から告白されたし。愛は重いような気がしたけど、気のせい?
ぐるぐると悪い方向に考えていると、海斗が背中をポンッと叩いてくれた。
「また勘違いしよるやろ。とにかく会ってチューでもしてき」
「え、チュー?」
「それだけじゃ、すまんかもしれんけどな」
何故か海斗の言葉に、周りの生徒らが再び蹲って悶え始めた。妙な妄想が繰り広げられているのかもしれない。
「でも、海斗君。何でそんな親切にしてくれるの? 俺と蓮が別れた方が嬉しいんでしょ?」
「そりゃな。せやけど、友達が困ってんのに放っておけんやろ」
「友達……」
その響きに喜びを感じる。
「それに、おれは晴翔を正々堂々落としたんねん。覚悟しぃや」
ウィンクしながらズキュンと指鉄砲を撃たれたので、俺は思わず避けた。
「うわ、避けんなや! てか、晴翔の動き遅すぎて、もう撃たれとるわ。アホ」
「だって、一応避けとかないと、本当に好きになりそうだから」
「それやそれ! そういうとこやって。まだ脈あるんかなとか思ってまうやろ。さっさと行かんか、アホ」
「そんなアホアホ言わなくて良いのに……」
何だかモヤモヤした気持ちで、俺は蓮を探しに行った——。



