それから二週間が経つが、学校に行っても小学生の時のように顔を揶揄われることは無かった。そこは良かったのだが、別の悩みが出てきた。

「佐倉 晴翔! 好きだ!」
「いや、俺。彼氏いるんで……」
「そんなの関係ない! オレが上書きしてやるから安心しろ」

 そう、男子生徒から告白されるようになったのだ。

 山田も言っていたが、俺が蓮と付き合っていることで、ゲイだとバレている。尚且つ、この女の子みたいな造りの顔が、男心をくすぐるようだ。再び、前髪で顔を隠そうか悩み中だ。

 ——ドンッ。

 複数人の上級生から逃げていると、曲がり角で海斗とぶつかった。

「いてて……ごめん、海斗君」
「ええんや。これは運命の二人がすると言われる“曲がり角でドン”や。おれら、やっぱ運命なんやな」
「はは、何それ」

 苦笑していると、上級生らに追いつかれた。

「佐倉、もう逃がさんぞ!」
「ボクの気持ちを受け取ってくれ!」
「オレがお前を幸せにしてやるから!」

 追い詰められた俺を庇うようにして、海斗が立ちはだかった。

「晴翔、何やねんコイツら。ごっつ血走ってんな。いつもの彼氏は、どこ行ってん」
「蓮なら、先生に呼ばれて……」
「使いもんにならん彼氏やな」

 先生に呼ばれているのに、酷い言われようだと思っていると、上級生らが海斗を避けながら俺の元へ来ようとした。が、それは海斗によって防がれた。

 海斗は正拳やら回し蹴りをくり出し、次々と上級生らを倒していった。上級生らは、痛みで廊下に蹲る。

「海斗君、強ッ」
「どや。空手黒帯やで。惚れ直したか?」
「はは……」

 友達としては好きだが、そもそも惚れていないんだが。

「佐倉先輩!」
「うわ、今度は一年生だ」
「晴翔、モテモテやな。こっち()

 海斗が俺の手を取って走り出したので、俺も走った。

「海斗君、ごめんね」
「なんか、駆け落ちみたいでオモロいな」
「はは……それなら良いけど」
「お、こことかエエんちゃう?」

 そこは、いつぞやの化学準備室。蓮が五十嵐に告白されていたのを思い出す。

「チャイム鳴るまで、ここに隠れとこか」
「そうだね……って、海斗君?」

 化学準備室に入るなり、海斗が壁ドンして来た。そして、優しく頬を撫でられた。

 イケメンにこんなことをされたら、世の女子は、すぐさま目を瞑っていることだろう。

「ほんま、綺麗な顔してんな」
「そ、そうかな」

 無駄にドキドキしてしまう。

「あんな彼氏やめて、おれにしーひん?」
「それは……助けてもらって言いにくいけど、やっぱり俺は蓮が好きだから。ごめんなさい」
「合格やな」
「合格……?」
「すぐにおれに乗り換えるようじゃ、おれと付き合っても、すぐ誰かに取られるやん。せやから、合格」

 なるほど。俺は試されたのか。ここでYESと返事をしていれば、幻滅されていたことだろう。

「落とし甲斐あるなぁ。アイツの悔しがる顔が目に浮かぶわ」

 むしろ幻滅された方が良かったかもしれない。

 ニヤリと笑いながら、海斗は壁にもたれかかるようにして床に座った。俺もその隣にストンと座る。

「海斗君は、男の人が好きなの? 女の子にモテるのに」
「んー、別に男が好きっちゅう訳やないけど、晴翔の手が好きやな」
「手?」

 海斗に手を触られ、少しくすぐったい。

「おれ、修学旅行ん時には、晴翔の制服知っててん」

 転校先の高校の制服だ。知ってて当たり前だろう。

「もしかして、それで声かけてくれたの?」
「せやで。ま、違ってても声かけてるやろけどな。ほんであん時、手繋いだやろ? あん時にな、なんちゅうか守ってあげたいなって」
「そっか」

 そんなに小さいのかな? と、自身の手をぽぅッと眺めていると、海斗が焦ったように補足して言った。

「あ、けど、手だけやないで。ちゃんと顔も好きやし、全部好きや」
「あ、ありがとう」
「『ごめんなさい』やないってことは、もうOKと捉えてエエんやんな?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「てか、晴翔って、アイツの前とおれの前で話し方違うよな。どっちがほんまなん?」
「え? そうかな? どっちが本当……」

 意識したことが無かったが、言われてみれば違うかもしれない。

 多分、本来の自分は、海斗と喋っている今の方。けれど、女の子みたいだと揶揄われるようになって、蓮にもそう思われたくなくて、喋り方を変えてみた。

 ただ、蓮や友人の前以外では、緊張するのか元に戻ってしまう。だから、もういっそ蓮の前でも元に戻しても良いのかもしれない。

 しかし、今更なのだ。今更、蓮や友人の前で喋り方を元に戻す方が恥ずかしい。だから、今みたいな中途半端な喋り方になっている。

 俯き加減に考えていると、海斗が下から覗き込むようにして聞いてきた。

「おれって、晴翔ん中で、その他大勢枠?」
「え!? ち、違うよ! 海斗君とは、初対面だったから。だから、本来の喋り方に戻るっていうか。だけど、友達じゃない訳じゃなくて。今更、恥ずかしいし……」

 焦って言えば、海斗は苦笑しながら頭を撫でてきた。

「無理せんでエエよ。好きなように喋り」
「ごめんね」
「なんや、謝られるとアイツに負けた気になるな。ま、そろそろ教室戻ろか」

 海斗が立ち上がって手を差し出してきたので、俺はその手を取った。

 と、同時に——。

 ガンッ!

 大きな音を立てて扉が開いた。

 驚いた拍子に立ち損ねてしまった。前に転びそうになった俺を海斗がキャッチした。側から見れば、抱き合っているような構図。

「やっと見つけた」
「蓮……」

 何だか見られちゃいけない所を見られてしまった気がする。

 案の定、蓮は立腹だ。海斗の胸ぐらを掴んだ。

「ま、待って。蓮、誤解だから」
「誤解? こんな薄暗い部屋に二人きりで抱き合って、誤解しようがないよね?」

 同じ状況下で、蓮も五十嵐に抱きつかれていたのを掘り返しても良いだろうか。いや、火に油か。

「蓮、本当に何もな……」

 言いかけたところで、蓮がパッと海斗から手を離した。そして、ニコリと笑って言った。

「そろそろ授業始まるよ。教室戻らないと」

 突然の変わりように呆気に取られていると、蓮はいつものように俺の左手を取って歩き出した。海斗を一瞥してから、俺も足早に付いて行く。

「蓮」
「ん?」
「怒って……ないの?」

 振り返った蓮の顔は、いつも以上にニコニコしていた。

(絶対怒ってる!)