河川敷の橋の下。ここが俺達の秘密基地。
 小学二年生の時に見つけてから、良くここで漫画を読んだりゲームをしたりして過ごしていた。

 互いの家でも良いのだけど、親の目を盗んで悪いことしている気分になるので、俺はこの場所が好きだ。

「晴翔、懐かしいね。高校受験で勉強ばっかになってから、パッタリ来なくなったよね」
「だな」

 懐かしんでいる蓮に同調しながらも、俺は蓮の背中が心配でしょうがない。

「蓮、脱いで」
「大丈夫だって」
「早く」

 車が通る音が橋の下に響き渡る中、俺は蓮のブレザーを脱がせた。

 すると、蓮は観念したのか、シャツのボタンを一つひとつ外し始めた。

「はは、なんか晴翔に見られてると思うと照れるね」
「馬鹿。裸なんていっつも見てるだろ」

 とは言いつつも、蓮の綺麗な肌が露わになり、ドキリとしてしまう。

 蓮の後ろに回り、俺はその背中を見た。

「わッ、痛そう。蓮、こんなん我慢すんなよ」
「そんなに酷い?」
「うん、これアザになるやつ」

 蓮の背中は、ボールが当たったところだけ赤く腫れていた。

「とにかく冷やすか。待ってろ」

 俺はハンカチを取り出し、川で濡らした。それを軽く絞ってから蓮の背中に当てる。

「冷たッ」

 蓮の背中がビクッとしたが、俺は有無を言わさず背中にハンカチを押し当てた。

「蓮、ごめん……俺を庇って」
「それは良いんだけど、なんか晴翔に格好悪いとこ見せちゃったよね」
「…………蓮は、いつだって格好良いよ」

 ポツリと言った言葉は、聞こえていないのか、それ以上蓮は喋らなくなった。

 暫く沈黙が続き、俺は先程からずっと気になっていることを聞いてみた。

「なぁ、さっきの先輩と付き合うの?」
「さっきの?」

 蓮は何の話だろう? と、首を傾げていたが、すぐに思い出したようだ。

「付き合わないよ」
「マジで? 可愛いかったのに勿体無い」

 と言いつつも、内心ホッとしている自分がいる。それを悟られまいと、平然と続けた。

「蓮はさ、何で誰とも付き合わないの? 毎日のように告白されてんのに」
「だって……」

 蓮は、一拍置いてから言った。

「僕、好きな人いるから」
「え……」

 衝撃的すぎて、ハンカチをハラリと落としてしまった。

「好きな人って、俺の知ってる人?」
「うん」
「告白とかしたのか? 蓮なら即OKもらえんだろ。もしかして、もう……」

 俺はハンカチを拾い、曇った表情が見えないように再び川でハンカチを濡らした。軽く水気を絞っていると、蓮は困った顔で言った。

「告白なんて出来ないよ。嫌われたくないもん」
「蓮なら大丈夫だろ。告白しちゃえば?」

 思ってもないことを言って後悔する。

「じゃあさ、晴翔。僕と付き合ってよ」
「え……?」

 蓮の背中にハンカチを当てた俺は、蓮の言葉の意味が理解できず、固まった。

(もしかして、蓮が好きなのって俺だったり……? てことは、蓮とは両想い? いやいやいや、俺は男だ。蓮はノンケのはずだ。それに、蓮と俺じゃ釣り合わなさ過ぎる。自惚れも良いとこだ。きっと買い物に付き合ってとか、そういうオチだ。うん)

 黙って固まっていたら、蓮が言った。

「なんてね。誰かと付き合ってるって言った方が、断る口実に良いでしょ?」
「あー、なるほど。そういう意味か」

 一瞬でも俺のことが好きなのかもと思った自分が恥ずかしい。

「だからさ、ダメ? 付き合うフリするの」
「えー」

 フリじゃなくて本気で付き合いたい……なんて言えたらどれだけ良いか。

「痛たたたた」

 蓮が大袈裟に背中を痛がった。そして、わざとらしく言った。

「これ、もしかしたら骨までいってたりして。痛たたた……」
「蓮、何が……」
「晴翔が僕のお願い聞いてくれたら治りそうなんだけど」
「何だよそれ」

 呆れながらも、蓮の赤くなった背中を見ながら、俺は思った。

(これは、本来なら俺の顔面に当たっていたもの。他にも日常的に世話になりっぱなし。恩を返すのは、初めて蓮にお願い事をされた今では……?)

「分かったよ。付き合うよ」
「……え?」

 蓮が後ろを振り返って俺を見た。至近距離で見つめ合い、若干照れる。極め付けに顔が良すぎるので、俺は目を逸らしながら言った。

「その背中、俺のせいでもあるし。付き合うフリ、しよ」
「良いの?」
「てか、俺で良いの? ゲイだと思われるよ」
「その方が好都合だよ。女の子寄ってこないもん。好きな人のことだけ考えられる」
「確かに」

 平穏な高校ライフは遠のくが、蓮と女子達との仲介はしなくて済む。それに、俺と付き合ってると聞けば、蓮の本命の相手も流石に自分から告白してこないだろう。
 つまりは、俺が蓮と付き合っている間は、俺らの邪魔は誰も出来ない。

(なんだ。良いことばっかじゃん)

「じゃ、俺ら今日から恋人同士ってことで」

 ——こうして俺は、初恋の相手と付き合えることになった。あくまでも、フリだけど。